藍色、姉妹を染める
「だりゃああああっ!」
空からの強襲、その勢いのまま三人への突撃を繰り出すのは、彼女らの家族、フランドール=スカーレット。実の姉達に燃え盛る槍を振るうその瞳に、一切の容赦は無い。
それはある種の信頼でもある。この程度で終わるわけが無いと言う、相手への信頼。絶対に避け、防ぎ、退けるに決まっているんだ!
フランのその予想は、見事に当たる。
「奇術「幻惑ミスディレクション」!」
咲夜は大量のナイフをばら蒔き、視界から消えた。凄まじい量のナイフがフランに突撃してくるが、一度槍を振るえば炎がフランの前面を覆い、それに触れたナイフは砕けて消えた。
フランの破壊の力を存分に発揮するこの槍は、武器や道具を破損させる炎を撒き散らす。これを持っている限りは咲夜のナイフは当たらない。
尚、人体と衣服に破壊効果を発揮しないのは、事故を防ぐための措置である。勝利のためには不利な裁定ではあるが、フランは即答でもって受け入れた。彼女も、誤って相手を殺害するのは本意ではない。
「神槍「スピア・ザ・グングニル」!」
奇術により居なくなった咲夜の後ろに居たのは、最愛のライバル足り得る姉、レミリア。
一切の減速をせずに突撃を続ける妹に対して彼女は、慣れ親しんだ槍を生み出しフランの槍に真正面からぶつかる。
「フラァァァン!」
「はああああっ!」
突っ込むフランと、待ち構えるレミリアの、お互いの渾身の突きが炸裂。槍の先同士が衝突し、始めから全快のパワーでもって相手を押し返しにかかる!
「うぎぎぎ……」
「さっ……すが……! 私の、妹ね!」
吸血鬼と言う最高のポテンシャルを持つ者同士の、全力全快の攻撃。パワーは互角、しかし……
グングニルが、欠ける。
「残念ね、私の方が上手だよ!」
武具を破壊する炎。それはレミリアの槍だろうが破壊してしまう。そのスピードもかなり早く、瞬く間にガリガリと音を鳴らして削れていく!
「攻撃力なら……ねっ!」
しかし、これしきの事は想定済みである。突いていた槍を急に引いた!
「わわわっ!」
フランの槍の勢いを使って体を回し、柄をフランに向けて突く。突然の転化に対応出来ず。
「でやぁっ!」
がら空きの脇に刺突が入った。
……が、持ち手が短いせいか威力は無い。せいぜいがフランの体を押す程度に終わる。
未だ推進力止まぬフランの体は、レミリアから弾かれるように飛ぶ。その先には……
「咲夜」
「参ります!」
賢者の石を展開したパチュリーを背に、スペルカードを構える咲夜。咲夜の掛け声と共に放たれた弾幕は、まさに壁と例えられる密度でフランを飲み込んだ。
物質ではない弾幕はロンギヌスの炎を貫通する。そしてそれには、咲夜のスペルカードの内、ナイフその物ではない物も含まれる。
「傷魂「スカーレッドソウル」!」
剣閃、剣閃、剣閃! 時を加速させ、一心不乱にナイフを振りかぶる咲夜から放たれる、刃の群れが、フランの身体に傷を入れる。
色とりどりの弾幕が赤い刃を隠し、防御と回避を難しくする。更に賢者の石の弾幕自体もまた、無視できる威力ではない!
「お、おおおお!?」
驚きと、鋭い痛みと共に、期待を上回った歓喜がフランにもたらされる。この三人は見事、初撃を躱し、いなし、あまつさえ反撃すらしてみせたのだ。
やっぱり、皆は凄い!
「大罪「カタディオプトリック」!」
でも、自分の方がもっと凄いんだ!
槍を即座に放棄。両手を前に出し、青い大弾を速射砲のように撃ちまくる。
面の密度こそ圧倒的な弾幕群は、点の破壊力の前にあっさりと穴を開けられ、青の暴力は二人に迫る。
「避けるわよ」
「はいっ」
しかし、突破される事は始めから分かっていた事とばかりに、危なげなく撤退。やや離れた位置でレミリアと合流し、フランに向き直る。
結果として出来上がったのは、無傷の紅魔館メンバーと、傷を再生させてこちらも無傷なフラン。
これで一段落。お互いはふっと息を吐いて、改めて家族に向き直った。
「久し振りなのかな」
「そうですね。たまには帰ってきても良かったのですよ? お嬢様が寂しそうにしております」
「ちょ、咲夜?」
冗談半分、事実半分。メイドのカミングアウトに主人は困惑している。
「居心地が良くて、ついつい帰り忘れちゃったの。ごめんね」
「理解出来ない事では無いわよ。レミィは姉として心配なだけで、気にはしてない」
「パチェ……」
此方は事実満面。家族や親友に暴かれたレミリアは、いよいよ顔が真っ赤になってきた。
「あはは、お姉様可愛い」
「かわっ……!? もう!」
「大丈夫だよ。こっちの皆はお人好しだから、家族の悩み事は全員で解決するの。だから不満も問題も後悔も無いの」
まるで聖母が如き笑み。吸血鬼にこの表現はマズいかもしれないが、思わず後光が見えそうな程にやんわりと笑っていた。
「妹様」
「なぁに?」
「今、幸せですか?」
微笑みを浮かべた咲夜が、フランに問いを送る。
咲夜も家族の一員としてフランの事を想っていた。家族の幸せを願うのは当然であり、そうでないなら幸せにしてあげたい。
そんな気持ちの籠った質問に、フランは即座に答えてみせた。
「うん! とっても幸せ!」
「嘘ですね」
それをまた、即座に断じた。
「え?」
「笑顔の作り方が違うんです。以前ならもっと純粋に、子供のように笑っていました」
想っていた。だからこそ、フランの事をよく見ている。咲夜には、フランの空元気はバレバレに思えただろう。
「今は……そうですね。人生のなん足るかを経験して、辛い事を圧し殺せる人の笑顔をしています」
例えるなら……人里の守護者、慧音の笑顔に近い。
人の醜い所や爪痕を残した事件の事を知り、それでもこの世界は眩しい。そんな、暗い所を知った者の顔。
今のフランはそれに似ていた。
「以前の妹様に同じ質問をしたなら、きっと喜色満面。花が咲いている幻覚すら見えてくるはずです」
「そ、そこまで違う?」
思わず、姉とその友人に顔を向けてみると……
「レミィの笑顔に近くなったわね」
「……そうかしら?」
「貴女は最初から世の中の辛さを知ってたでしょう。今の二人、そっくりよ」
疑問への答えを見せたパチュリーに、フランよりもレミリアの方が驚いている。まさか自分が引き合いに出されるとは思ってなかったようだ。
そして、答えを返されたフランは……
「……皆みたいには出来ないなぁ」
先程とは一転して、泣きそうな顔になった。
「やはり、藍色の事ですか?」
「うん、お別れの事。これで良いのかなって今でも思う」
藍色の身内からの言葉で、不透明だった真実が明るくなる。
フランが此処に居る事、そして彼女の言葉で、藍色がこの花畑に居る事が。ここで眠りにつくつもりの事が確実になった。
「藍色は、やっぱり此処で眠るのですね」
「違うの咲夜。藍色は、自分からは眠るとは言ってないよ。むしろ、もっと冒険する気の方があったかも」
「え?」
「でも豊姫と仲直りしてから、ずっと寝惚けてるみたいにフラフラで、こっちの声もあまり聞こえてなかったの。勝手に出歩いて壁にぶつかるくらい」
フラン自身も信じられない物を見たと、その時の自分の気持ちを吐露する。
「藍色は私達が寝てる時もずっと起きてて、その時だけは絶対に立ち止まって見ててくれた。自分本意だけど、私達の事はずっと意識を向けてくれたの」
旅の最中、藍色は眠らないが他の皆は普通に睡眠を取る。大妖怪クラスの集団に喧嘩を売る者はついぞ現れなかったものの、無防備に近いその時だけは藍色は出歩かなかった。
自分の興味を優先する性質で、何か見付ければすぐに飛んでいくような藍色だが、その時だけは絶対に離れずに皆を見ている事を、ボンヤリとフランは覚えている。
「……そんな藍色が、これから眠ってしまう。いつもあった繋がりが、視線が無くなってしまうのが、怖いって思った」
フランも、何も考えなかった訳ではない。藍色を眠らせずにすむ方法は、家族達の能力を突き詰めれば幾つも見付けられた。が……
「それでも、そんな事して無理矢理眠らせないのは、藍色が藍色じゃなくなるみたいで嫌だった。考え付いたけど、やりたくなかった」
それを考え付いた家族達は、その手段を使う事をやめた。
藍色も、それらを提示しても何も答えない。使うべきかと問えど、否も応も答えずただ見詰め返すのみ。
悩んだ末に一行は、その手段を使わない事を決めた。藍色が望んでいるのか不明瞭な手段を、使う事をしないと。
「私は決めたの。今度は私達が見守るって」
眠る時、藍色が見守ってくれたかつてとは逆だ。
今度は私が、フランが藍色を守るんだって。
「フラン……貴女は、決心したのね」
「うん」
フランはいつの間にか、満天の星空の下で日傘を差し、それを目を細めながら見ていた。
七色の羽をモチーフに、小さな装飾のされた洋傘。レミリアの物に近い形をしていて、フランがはしゃいでも日差しを通さない大きな傘。
「お姉様達は藍色の所に行くんだって、最初から分かってた」
だから攻撃を仕掛けた。再会を喜びながら、その実力を信じながら。
「行かせない」
フランは、言わないまま曖昧だった目的を明確に告げた。
「藍色の眠りは、私が守るの。お姉様達の目的が何だろうと、絶対に通さない」
傘を閉じて、一度大きく振るう。そうすれば、バサリと音がなると同時、それは普段から持っている時計の針を模した杖となった。
「時を止めても絶対に追い掛けてやるから」
「やっぱり、貴女に勝って押し通るしか無いのね」
「そうよ」
「予想はしてたわよ」
パチュリーが賢者の石を再度展開する。レミリアはグングニルをもう一度出してみせる。
「逃げるなんて不粋な事はしないわよ。全力でかかって来なさい」
「……うん。全部出しきって、勝つから」
「ああ、やる前に一つ」
やや大袈裟に言ったレミリアに、首を傾げて疑問を露にするフラン。
「フラン。多分、一つ誤解してると思うから言っておく」
そう言うや、レミリアは咲夜の背中を叩いて押す。
「貴女を倒すのは私やパチェじゃなく、この十六夜咲夜よ」
「咲夜が?」
「そう。私とパチェは、咲夜が全力を発揮する為のサポートに過ぎない。咲夜が貴女と戦い、咲夜が貴女にナイフを突き付け、咲夜が貴女に勝利するの」
「……ふ~ん」
フランは咲夜を見詰める。咲夜も、真顔でその視線を受け止めた。
「咲夜は、私に勝てるの?」
「やって見なければ分かりません。しかしながら」
軽く腕を振る。次の瞬間、その手には数本の銀のナイフが握られている。
「今、私は初めて、お嬢様の命ではなく自分の意志で貴女と戦います」
……フランは笑った。
「そう、分かった」
お互いに、覚悟をもってここに居る事を理解した。その上で、お互いは相手を全力で打ち倒すと心に決める。
「……妹様」
「フランって呼んでよ、咲夜」
「……フラン様」
「うん。なぁに?」
「絶対に勝ちます」
「私は負けないよ?」
「いいえ、絶対に通ります」
「なら、絶対に通さない」
まるで儀式のような会話の投げ合い。
それは、一切の妥協を省いた純粋な勝利への欲。
ナイフを構える。杖を構える。
「傷魂」
「大罪」
火蓋は、切って落とされた!
「「スカーレッドソウル」!」
「「過去に進む時計」!」
先程と同じ剣閃を放ちながら、咲夜は同時に発動されたフランのスペルカードに対して、出来うる限りの警戒をする。
フランの強力な『程度の能力』を使われたスペルカードは、例外無く此方に甚大な被害を与える。それは『死合い』と言う、相手の殺害を是としないルールの中でも容易に命が消し飛ぶレベルだ。
無論、妖怪に寄り添って生きてきたとしても、何処までも人間な咲夜などまさに紙切れのように消し飛ばされるだろう。
……そう思っていたが、現実は咲夜の予想とは少しズレていった。
「ふふん。驚いたでしょ?」
自信ありげにふんぞり返るフランの正面には、逆方向に針を回す大きな時計がある。
それは飛来した斬撃を全て受け止め、尚も傷一つ無くそこに浮かんでいた。ようするに……
「盾ね」
「……盾!? あの子が!?」
パチュリーが答えを出し、それにレミリアが驚く。求めていた反応を貰えたらしいフランは、まさに御満悦と言える笑顔をしている。
「それだけじゃない!」
フランが叫ぶと同時、霧散した剣閃型の弾幕が、時計の前で再構築される。壊れる直前と同じ形にされたそれは、次の瞬間真っ直ぐ咲夜の元へ戻る!
「おっと」
これを自分の時を加速させて難なく回避。更に、未だに鎮座する時計に向けてナイフを数本投げてみる。
パチュリーも後方から数発、弾幕をぶつけてみた。
それらは時計に当たるとやはり砕け、時を巻き戻すように再構築され、そのまま此方に射出される。既に予想していた二人は難なく回避する。
「厄介ね」
「ええ、とても」
パチュリーはフランがこのタイミングで使った盾に対して考察する。その理由は恐らく三つ。
まず、自分に遠距離攻撃に対する手段がある事の主張。
次に、破壊効果を見せ付ける事で迂闊に近付かれる事を防ぐ為。
そして……予め見せる事で、咲夜が盾に突っ込むと言う事故を防ぐ、フランの優しさ。
「咲夜」
「あの時計に気を付けろ、ですね?」
「ええ、最大限ね」
三人で軽く頷き、咲夜とレミリアが左右に分かれてフランに接近する。
右からナイフ、左から紅い弾幕。挟み撃ちに近い形でそれらが迫る中、フランは上機嫌だ。
「禁忌「レーヴァテイン」!」
持っていた杖が姿を変え、最早愛用と言って差し支えない炎の剣が現れる。名を変えずに何度もチューンアップをしてあるそれは、フランに合わせて異常な攻撃力を誇るだろう。
フランは迫り来る二つの波に視線を送り……左手側からやってくる銀のナイフに背を向け、レミリアを見据える!
「うりゃああああっ!」
紅い弾幕にはレーヴァテインを振り回して対処。では、咲夜のナイフは? その答えは、咲夜に返ってくるナイフ達が教えてくれる。
宣言も無しに現れた時計が、咲夜のナイフを受け止めたのだ。
「チッ! 出し入れ自由か!」
「イエ~ス! 御姉様大正解!」
凌いでみせたフランはレミリアに背を向け、咲夜に向けて急加速。レーヴァテインを振りかぶり、持ちうる全力で振り抜いた!
「魔術「インビジトリック」!」
だが、見えている攻撃は咲夜に通用しない。当たる直前に時は止まり、動き出した時にはフランの周辺に大量のナイフが設置されていた。
全方位、逃げ道は無い。何ともボーッとした瞳でそれを見詰めていたフランだが、動き出したナイフを見て急に笑顔を花開かせた。
そして、用意したスペルカードは……白紙。
遠目からそれを見たレミリアがぎょっとする。アイツ、まさか!
「大罪「カゴメカゴメ」!」
ナイフが迫る中、フランは新たなスペルカードを作ってみせた。
四角形に、壁のようにフランを囲んだ緑の弾幕は、ナイフを一切フランに届ける事無く弾いた。
更に驚いたのは、防ぎきったと同時にフラン自身がその壁を破壊して現れた事だ。作ったスペルカードを自ら打ち破る。奇々怪々な行動だが、咲夜達を動揺させるには充分だろう!
「でぇい!」
「くっ!?」
時が止まる。
咲夜の十八番にして必殺の、時を止めると言う動作。これがあるからこそ、見える攻撃、避けられない攻撃を難なく攻略してみせるのが、十六夜咲夜と言う存在を表す言葉になるだろう。
だが……
「危なかった……です、ね」
ゴキリと音をならし肩をはめる。どうやらフランの攻撃は、攻略の難しい咲夜の右肩に当ててみせたらしい。
当たった瞬間に時が止まった故に、フランの腕は振り抜かれなかった為肩が外れた程度で済んだ。
「……本当に強い方」
チラリとフランを見る。無邪気な子供のような、しかし真剣さの滲み出る顔で腕を振り抜こうとしている。
続いてレミリアを見、パチュリーを見。
次の作戦を立て、フランの正面にナイフを設置して時を進めた。
「ッとわぁ!?」
素っ頓狂な悲鳴と共に、首を傾けてナイフを回避。そんな危機すらも楽しそうなフランは、ぐるりと回転して咲夜を捉える。
その目の前には、更にナイフ。
「わわっ」
避けた目の前にナイフ。それを弾いた瞬間目の前にナイフ。いっそ執拗とも取れる程、フランに用意されるナイフ、ナイフ、ナイフのフルコース。
たまらずフランは回避行動に移るが、その行き先にもナイフ。逃げ道を無くすそれではなく、行動を妨害する手段を咲夜は用いたようだ。
フランは考える。打開策足り得る要素が今はフランには少ない。よしんばナイフを攻略しても、後が続かない一時凌ぎでしかない。
それに今、時を何度も止めている咲夜は余裕を持っている。多分狙ってもすぐに対処されると予想した。
「あはは! 良いよ良いよ、何でもやってみてよ!」
逃げ惑うフラン。ナイフに対しては依然として回避のみを繰り返し、出方を伺っている。
多分、仕掛けるのはレミリアかパチュリーだ。そう思って、魔法の準備をするパチュリーと、戦意剥き出しのレミリアを何度も視界に捉え、その動きを見極めんとする。
誤算だったのは、今が既に仕掛けた後であった事。
「うぐァッ!?」
直後、雨の如く降り注ぐ槍がフランを強襲した。
自分の周囲のナイフと、遠くのパチュリーとレミリアの二人に警戒心を回すあまり、別の方向からやって来た攻撃に対して無防備だった。
これは、レミリアの『ゲイボルク』だ。そう判断すると同時に、フランは緑の壁に包まれた。先程のカゴメカゴメだ。これで一安心。
「ギャッ!?」
……ではなかった。
槍の雨の中、それらを抜けて咲夜がナイフをしっかりと設置していたらしい。
壁の中に取り込んでしまった数本のナイフは、フランの左足に突き刺さった!
「あ、あああッ……この!」
燃えるような痛みを振り払ってナイフを抜き去る。銀に触れて焼けた手を一瞥し、しかし更なる対処を迫られる。
緑の壁が、縮みだしたのだ。
「大罪「ラブ・ア・ラビリンス」!」
フランの対応は早かった。全方位に向けて過剰なまでに大量な弾幕を撒き散らし、緑の壁もゲイボルクも全てをぶち壊した。
カゴメカゴメは本来、緑の壁で相手を囲み、徐々に縮めて相手を無力化する攻撃的なスペルカードの予定だった。
最初に防御的な要素で使ったのは咲夜達の意表を突く為で、時間制限はあれど連発が利くのも隠していた要素だったのだが……
「水金符「シルバリオゴスペル」」
銀の剣と呼べそうな塊が、真下の地面から鉄砲水に押されて飛来してくる。弾幕に合わせて器用に弾道を変えながら、的確にフランの元へ!
「大罪「過去に進む時計」!」
「火符「アグニシャイン」」
時計で防いだそれに次いで、来るは炎の弾幕。炎故に実体が無く、これもまたフランに迫る。
「大罪「カタディオプトリック」!」
「月木符「サテライトハヤブサ」」
対処すれば次、フランに一直線に迫る黄色の弾幕。
「ッ禁忌「レーヴァテイン」!」
「水木土符「ブルーローズガーデン」」
茨の鞭が迫り、空を流れる川が檻となり、岩の弾丸が穿たんと迫る!
「大罪「カゴメカゴメ」ェ!」
スペルカードを何枚も、何度も重ねて対処……しかし、虚しい健闘だろう。
先程から牽制程度で済ませていたパチュリーは、その余力を観察に回していた。そして、今が畳み掛けるべきだと判断し、自身もスペルカードを何度もぶつけている。
そして、それらは全て『お膳立て』である。
「レミィ」
「ええ! 神槍「スピア・ザ・グングニル」!」
防御をせざるを得なかったフランの、防御の合間を狙って全力の投擲。緑の壁は容易く貫かれ、フランへの道を切り開いた。
「あっ!」
そしてこれも、お膳立て。あくまでこの二人は、最初から最後まで。十六夜咲夜の補助でしかない。
パチュリーの示した川と言うか道から、咲夜が飛び出した!
「罪槍「ロンギヌス」!」
「幻世「ウィアー・ザ・ワールド」!」
だが、どう足掻こうが咲夜の攻撃はナイフか、その延長でしかない。ナイフ程度なら、ロンギヌス一本で大半を防げてしまう物だ。
そう思って、フランも仕掛けられる前にロンギヌスを出した。何枚ものスペルカードを重ねたフランの手元はもう一杯だ。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
……しかし、グングニルが防ぎきれるのは『ナイフ程度』なら、だ。
目の前……いや、全方位を覆う刃は『剣』。ナイフの何倍も大きな存在が所狭しと並んでいる。
「……あは」
ナイフよりも質量の多い剣の群、破壊しきれる訳がない。
フランの乾いた笑いを合図に、銀の剣は動き出した。一切の情け容赦無く、油断も隙も無く。
小さな悲鳴を掻き消して、剣は一つの球となった。
「上手く使ってくれたわね」
「助かりました」
咲夜が使ったのは、先のパチュリーのスペルカード「シルバリオゴスペル」の剣だ。
フランへの攻撃に使ったのは少数で、大半は咲夜が回収して使ったらしい。
「レミィもしっかり当ててくれたわね」
「あの弾幕の壁をすり抜けて狙うのは骨が折れたわよ」
「流石ですお嬢様」
お互いの健闘を称えつつ、その目線は未だに剣塊に注がれている。
フランは最初から、人間相手の咲夜に対しても全力を注いでいた。触れたら間違いなく殺してしまうような一撃を、全く加減無く繰り出し続けていた。
それは咲夜への殺意などではなく、むしろ信頼だ。
咲夜なら絶対に避ける。絶対に対処すると言う確信に近い気持ちがあるから、本気を出せる。そう思って一切の遠慮を排した攻撃を続けていた。
だから、三人も遠慮を捨てた。全力で、全霊で。いっそ仕留めにかかる位が丁度良い。
「……静かね」
「お嬢様」
「手は出せないわ。カウンターを狙ってるとしたら致命的過ぎる」
敵が味方を、味方が敵を信頼している。
まだだ。まだ終わらない。この程度では無い。
「禁忌「フォーオブアカインド」!」
弾けるように、剣塊が爆発する!
「チッ!」
「日金符「アダマンファランクス」」
橙の賢者の石が膨張するように広がり、それを止める。
「皆凄いね! 強い、とっても強い!」
正しく満面の笑みだろう、フランが、四人。何れもボロボロなのは、傷を受けてから分身したからだろう。
最初からやらなかった理由は、家族が大切だから。壊してしまわないように、割れ物を扱うような気持ちで。フランが以前から最も悩む事でもあった。
その枷はもう要らない。自分の全力をぶつけても、皆は壊れない。そしてフランは、それを解き放った。
「でも、私の方がもっと凄いんだ!」
「はい、貴女様は凄いです。藍色の所に行ってから、それが尚際立っているように」
気を引き締めろ。刃を研ぎ澄ませ。
「……ですが、私も凄いですよ」
前哨戦は終わった。
例えば、終わるまでに数分かかるスペルカードを、何枚も何枚も重ねて使って。それで相手の攻撃に全て対処出来るか?
恐らく出来ない。全てを制御しきって相手取るには、頭が間に合わない。