藍色、進軍を染める
「やっぱり来るのね」
「そりゃあ、納得はされないだろ」
とくにあの白黒は。と、死神は言う。そんな様子を見ながら一つ、何度目かも忘れた溜め息を吐く。
普段なら『その唇から出る溜め息は色気が出るねぇ』とか言いながらケラケラ笑うんだろう。時々思い出したように言うそんな冗談は、とても面白い。
でも今日は、今日ばかりはそんなおふざけも出てはくれない。
「分かってた事だけどね」
「分かってたなら、溜め息の理由にはならないと思うんだけど?」
「違うのよ」
論点はそこではない。と宵闇は言う。そう言って眉を潜める彼女を見て、やはり一人で考えを詰めているのだろうと容易に察しつつも、力になれない自分にイライラする。
自分達の中で『考える』と言う一点では突飛しているルーミアが悩む事に、私が答えを出せる訳が無い。私達が考え付くような事は、もうとっくに考えているだろう、と。
真剣な彼女に対して、ふざける事など出来るわけがない。
「予測していたのに、止められなかった自分が歯痒い」
「……それは、この状況の事かい?」
「きっと解決策はあった。でも、そうする事が出来なかった」
だって。
「……家族を尊重したいのは誰だって同じの筈よ」
「そうだね。私もそう思うさ」
満月の輝く花畑。雲も無く、雨など一滴足りと降らないのに。
周りの蓮華よりも大きく咲く、二つの花。共に、皆で誓った家族の証。
「……だから、後は流れに任せるのさ」
「流れなんて私達にはもう、無いけどね」
「あるさ。それを今から迎えに行くんだよ」
ニカリと笑って、迷う宵闇に言う。
「『異変』の時は、いつだってそうだ。凝り固まって空回りする頭を溶かしてくれる奴はいつも、こんなイイ頃合いに頼まなくても来るんだから」
それっきり、ふわりと浮かんで行ってしまった。
取り残されたルーミアは、ポツリと言葉を溢す。
「……これも『異変』と言えるのかしら」
その答えは誰も教えてはくれないが。
「……貴女は、一体どれ程の確率で知れるの?」
振り向いて呟いたその先に、ぺたりと座り続ける最愛の家族が居る。自分でさえ分からない答えを、運任せで出せる彼女が。
いつも何かを見詰めていた瞳は今、虚空を写していた。
此方を見ている筈なのに、どこか遠い。夜空の先の、星の先の、宇宙を見ているように、果てしなく遠い。
「……どうか、待っていて」
彼女もまた、立ち上がり、空に浮かぶ。
お姫様を救う英雄にはなれなくて。暗い部屋の中から、外に出してあげたいのに。
その資格は彼女には訪れなかった。
故に。
「貴女に相応しい存在を連れてきてあげる」
彼女は決意する。きっとこの子を救う、勇者を見付けてきてやると。
見付からなければ、作ってでも連れてきてやる。絶対に。絶対に。
ただ、愛しき家族の為に。
そうして彼女が去り、少しばかりの時間が経つ。
「あれがお節介と言う行動」
満点の星空。蓮華の力に縛られた満月が照らす、花畑の一角。
月の光を受け、瞳から漏れ出す藍の光が、光源も無い一面の藍に淡い輝きを放つ。
「虚しいとは思わない?」
いつしか光は蛍火のように、小さな群れとなってゆらゆらと漂っていた。
月と蛍火の二つの光源が、彼女の周辺を明るく照らす。
「最早この身は眠りを待つのみ。今の貴女はここで終わり、時を経て次代の貴女がまた始まる」
照らされた彼女の隣には、大きな鏡があった。
「貴女は確かに豊姫を救った。家族もまた、救った。月の騒動の時、私の問い掛けに貴女は正解を出した」
鏡は藍色を映す。正面を見据えて真っ直ぐ立ち、座り込む自分の隣に浮かぶ。
「過去を知らぬまま、貴女は確かに家族も親友も救ったの」
返事は帰ってこない。しかし鏡は、言葉をただ並べていく。
「でも、貴女は『貴女』を救えなかった」
…………虚空を見る瞳が、揺らいだ。
前だけを見ていたその目が、確かに鏡を見るために動いた。
「過去を知らずに無く事を運んだ結果は、確かに『めでたしめでたし』とはなった。でもその後、貴女は『貴女の物語』の幕の下ろし方を知らないまま、ずるずると引きずってしまった」
鏡は言葉を止めない。ただ、数珠繋ぎに溢れさせるだけ。
「何なら、今から教えても良い。貴女がどうすべきだったのか。私が、『私達』が、『藍色』の終わり方を」
「いらない」
そんな言葉の滝を。
「……む?」
「いらない」
無理矢理に止める。
「それは『私』の終わりじゃない」
「……そう」
鏡が割れる。ヒビを生み、音を鳴らし、少しずつ。
「……やっぱり、貴女は『貴女』なのね」
そして、砕けた。破片は砂のように崩れ、風にさらわれて消えてしまう。
「終わり方に拘らず、過去の自分も他人と割り切って己の道を歩む」
「なら、最後まで歩けば良い。覚束無い足取りで、倒れそうな身体で、最後に貴女が終わるまで」
「結末を見届けてあげる。貴女の終わり方を」
……残ったのは、藍色ただ一人。その目は再び虚空を見詰め、
「…………うん」
何の根拠も無い、返事を返した。
「何だ何だ、珍しく大所帯じゃないか」
「えらく遅いわね」
「かなり遅いわ」
「だいぶ遅いなァ」
「やかましい」
「こらこら、喧嘩してる場合じゃ無いだろう?」
空を飛ぶ道中、魔理沙とナズーリンは霊夢達三人に出会った……が出会い頭に言いたい放題。遅れてやって来た魔理沙に対して酷い言い草である。
「どうしたお前ら? 月の光の下でピクニックでもしてるのか?」
「これがピクニックに見えるのか? それなら実に節穴かつ、めでてェ目をしてやがるな」
「こら」
「あでッ」
喧嘩するな、と言わんばかりの本による殴打。幻月的にはちょっかいのつもりだが、余計な手間を嫌うアリスは制裁を実行したのだった。
「行き先は貴女達と同じだと思うけど?」
つまりは蒼天の花園、藍色一行の居ると言う確信のある場所だ。
結局、藍色が居る事を裏付ける証拠は無かったが、霊夢が「多分居る」と言ってしまえばまず間違いない。巫女の勘は伊達じゃない。
「ほー、あれだけ私に『やめとけ』と言っときながら」
「いつも貴女とセットみたいに思われるのが嫌なだけよ」
あそこで肯定したらまた引っ張られるじゃない。
そう言いつつ顔を背けるアリスを、ナズーリンは遠慮も無く凝視。その後……
「……へぇ~」
ニヤニヤ笑った。
何だこいつ、素直じゃないな。とでも思っているのだろう。
確かに、アリスと魔理沙は何だかんだで一緒に居る事が多い。成り行きややむを得ない事情もあるが、それを踏まえても度々同じ場所に居たりするのだから。
「仲良しなのは良いけど、少なくとも一緒に行動はしないわよ?」
好きに弄れて段々機嫌が上向きになってきた魔理沙に、霊夢が水を指す。
「何でだよ。手を繋いで仲良しこよしは嫌なのか?」
「手を繋ぐ意味なんて無いじゃないの。違うわよ」
「すると、仲良しこよしを否定はしないんだね」
「うっさい」
残念ながら、弱冠顔が赤いのはバレバレである。
「あんた達と一緒だと、まず間違いなくルーミアとか小傘が出てくるじゃない。あんまり人数集まってたら二人か三人くらいで当たってくるに決まってるわ」
「あー」
「あんな規格外共を同時に相手とかやってられるもんですか。だからあんた達はあっちから行きなさい」
指差した方向を魔理沙は一度見て、すぐに顔を戻す。
「そうやってルーミアとかフラン辺りを押し付けるつもりか? そうは行かん」
「チッ」
「あ、舌打ちしたな!? こうなりゃ意地でも着いてってやる!」
「ああもう、やめなさいって二人共」
やいのやいのと大騒ぎを始めた霊夢と魔理沙。何だかんだ小突き合う間柄だが、しかし険悪ではない。
噛み付き合う、よりはじゃれあっていると言う表現が正しいだろう。
「……喧しいね。でも悪くない」
そんな魔理沙の背中をニヤニヤ見詰めるナズーリン。いやはや、仲良き事はなんとやら。
「あァ? ロマンチストに目覚めたのかお前」
そんなナズーリンに近寄る幻月。彼女もまた隠す気も無いニヤニヤ笑顔、どうも弄れる話題を見付けてご満悦らしい。
「君が人情に目覚めたと肯定するなら、私も認めておこうかな」
「人情なんぞ知らねェよ」
「君がさっさと認めれば円満解決だよ」
「こっちもやめなさい」
そして、ナズーリンと幻月の方も小突き合いを始める。魔理沙の箒を中心に、面倒な状態が発生してしまっている……
尚、それを何とか仲裁しようと懸命に手を回すアリスの苦労を労る存在は、ここに居ない。
「素直に諦めろよ霊夢!」
「テメェも素直じゃねェなァ」
「ちょっとは素直に従いなさいよ!」
「素直になれば楽になるのにな」
「……帰りたいわ」
結局、根底は同じである。アリスを除いて。
そんな苦労人気質な人物は、彼女だけではなく……
「奇跡起こして~! ねぇ起こしてみてよぉ~!」
「こら、人様に迷惑をかけるな!」
「良いでしょう! まずはこの貴女の拳銃を……」
「おい! それは見たこと無い道具だけど、危険物ってのはよく分かるよ!?」
「ね~ぇ~!」
「レッツロシアンルーレットです! この引き金をぉ~?」
「お前も乗せられるなよ!?」
「まぁまぁ、八ツ目鰻でも食べて落ち着きましょう?」
「い……胃がッ……!」
……妖夢に、この一団の纏め役は荷が重い。
「耐えろ……耐えろ魂魄妖夢……! この程度、幽々子様に剣術指南をする難易度と比べればッ……!」
「妖夢妖夢~! ろしあんる~れっとって何?」
「おおっとこいしさん! それは私から説明をしましょう!」
「お前本当に苦労人に容赦無いな!?」
妹紅や椛も何とか場を取り持とうとしてはいるが、如何せん自由すぎる面子に振り回されている。
元々協調行動の苦手な妖怪達の一団だ。それを纏めるには圧倒的な力で統率する以外に道は無い。
……中に神が一人居るのは、さておき。
「み、皆さん! そろそろ花園も近いですし、気を引き閉めて」
「ねーねー妖夢! ろしあんる~れっとって」
「まぁまぁ八ツ目鰻どうぞ」
「皆様もこの奇跡を見て、是非とも我が……」
「ああ、もう! いい加減にして下さ~い!」
「…………無理、あれは無理」
結局、妹紅は対処を諦め逃げていた。
「自由気ままが揃うとああなるんだな……」
椛もちゃっかり逃げていた。
二人揃って妖夢を見ながら、しかし安堵の溜め息を一つ。
あれが自分じゃなくてよかった、と。
「……にしても、少し見ない内に雰囲気が変わったわね」
「……私の事か?」
「以前は敬語だったと思うけど」
「あぁ」
そう言えばそうだった、と言える程度には今の口調で馴染んでいた。
別に隠す事でもないので、これが素である事を言っておく。
「敬語は上司の居る手前とか、仕事や任務の最中に使っている」
「成程。前に会った時は確か……」
「哨戒任務中だったな」
軽く手を叩いて納得の動作。
妹紅は妹紅で興奮すると荒々しい口調になったりするので、二人とも二面性がある事で共通している。
そんな話題を妹紅が溢してみれば、椛は小さく笑った。
「何だ、私に似てるな」
「ちょっとだけね」
そこからは小さな話題をやり取りする仲となった。人里の菓子が美味い、天狗の新聞の種類が多すぎる、慧音が怖い。
そこから更なる共通点を見付け、また笑い合う。少しの時間だが、この二人の距離は確実に縮まっただろう。実に平和な時間。
「ねーねー妖夢~!」
「妖夢さん妖夢さん!」
「ちょっと妖夢ー?」
「たーすーけーてー!」
……あっちとは大違いである。
「そろそろ助けるか」
「そうね」
救援を求める声を聞き、いい加減バックレるのはやめようと決める。会話もそこそこに、二人は喧騒の中に戻った……
「ん……」
「どうしましたか、パチュリー様」
「いえ、随分騒がしくしてるみたいね……と」
彼女だけが感じる何かがあるのだろう。恐らく魔法に関係がある事なので、レミリアと咲夜には感じる事は出来ない。
どうも、咲夜とは別のグループが幾つか存在しているらしく、仲が良いのか悪いのか騒がしくしているようだ。
「霊夢や魔理沙ですか?」
「多分そう。他にも団体があるみたいね」
「いつもの異変と比べれば大盤振る舞いだな」
これからやる事を考えれば人数は多い方が嬉しい。居れば居るほど、それだけ目的に辿り着ける確率は上がる。
「まぁ、精々大暴れして、目を逸らして貰おうか」
凄く見も蓋も無い事を、笑いながら言うレミリア。今宵の彼女は少し気分が良いらしい。
蓮華畑に入ってしまえば関係無いが、今日は満月だ。月が主役の夜、そして妖怪の夜。咲夜には直接恩恵は無いものの、上機嫌な主に釣られて高揚を得る。
「……そろそろ蓮華畑が近いわよ」
全くいつも通りのパチュリーが、状況把握を一手に引き受けるつもりでいた。今回は後方支援に徹する予定なので、こういう細やかな事は彼女に任されている。
「パチュリー様」
「何かしら」
「一つ、お聞きします」
だからこそ、答えが返ってくると思ったのか。咲夜は出発前から気になっていた質問を投げた。
「……我々は、無事にあの子の元まで辿り着けますか?」
「ああ、そんな事?」
相も変わらずの仏頂面で、しかしある程度は丁寧に答えてくれた。
「今あいつらは仲良く絡み合ってるけど、団体としては私達含めて大体五つ。藍色一行は目的の藍色を除いて四人。こう考えれば、大体二割で辿り着けるわよ?」
「二割……」
あまり大きくはない数字だ。ただ、絶望的ではない。
「まぁ大丈夫よ。仮に誰かと当たろうが、ルーミア以外は単独なら勝てなくもない相手だから」
「じゃあルーミアが来たらどうする?」
レミリアの問いに、パチュリーは直ぐ様答えた。
「どうしましょうか」
……いや、答えにはなっていないか。
「私は対策が思い付かないわ。勝てるビジョンが無いもの」
「パチェでも無理なの?」
「あれは常に本気じゃない。でも、相手に対して油断はしていない。それはつまり、もて余す程の余力を相手への対処に回せるって事よ」
ただの油断で手を抜くなら、いくらでも隙は突ける。窮鼠猫を噛む、弱者が強者を倒す機会など、知力と運の限りを尽くせば可能な事だ。絶望的ではあるが、希望はある。
しかし、油断をせずに手を抜く強者は違う。相手の死中に活の一手をも、有り余る余裕から更に力を引き出して対処出来る。
相手の知力の限り、幸運の極みをも踏み潰す余力を常に持ち合わせている相手。パチュリーの思うルーミアとはそう言う存在だ。
「身近に例えるならレミィ。貴女が氷精を『一回休み』にさせず、でも負ける事の無いよう全力で相手取る状況と同じよ」
「あー……ん?」
余裕よりも油断の方が馴染み深いレミリアにはピンと来ない。
「……あぁ」
「何よ、咲夜は分かるの?」
「漠然となら……」
主人に嘘をつく訳にもいかない。自分の思う真実を告げた所、案の定レミリアは不貞腐れた。上機嫌も真っ逆さまである。
「……あの、パチュリー様」
「ん?」
「お嬢様もルーミアさんも強者と言う点で共通してるのに、何故ルーミアさんに油断が無いと思うのか……教えて下さい」
「私も気になるから言いなさい」
「はいはい、全く」
とは言いつつも、ちゃんと答えてくれるらしい。
「最初から強者として生きてきたレミィとは違って、ルーミアは封印されて弱かった時期があったわよね?」
「そうだな」
「そんな淘汰される側が、自分より強い相手に勝つ為に。窮鼠が猫を噛み殺す為に磨いた武器がある」
「……それは一体?」
「洞察力」
片手で自分の目を指差しながら、ハッキリ宣言した。
「相手の動きを瞬きせずに見詰め、僅かな隙を見逃さない洞察力は窮鼠の立場こそ真に培える物。追い詰める猫の立場じゃ手に入らないのよ」
「それが、お嬢様に無い物ですか?」
「そうよ。弱い者の力と強い者の力を兼ね備えてるルーミアだから、私はどう頭を捻っても勝てないと思うのよ」
言い切ったのか、一度ふうと息を吐いて前を見据えるパチュリー。眼下は既に藍一色の花畑、満月は空の上で不動を貫いていた。
「まぁ、誰が来ようが逃げる気は無いけどな? ルーミアだろうが噛み付く心意気で進むぞ」
「……ま、今回は心配無いけど」
「は?」
さっき「どうしましょう」とか言っていたような……?
「……何で? 勝てないんでしょ?」
「『相手がルーミアなら』ね」
そこまで言われて、レミリアと咲夜は前をよく見てみる。
すると夜の黒の中に、星とは違う不自然な輝きが見える事に気付いた。
「……成程」
その輝きが何なのか……いや、誰なのか。見てしまえばすぐに分かった。
「咲夜。先に行っておくけど……」
パチュリーが魔導書を開き、臨戦態勢を整えつつ言う。
「今日のメインは貴女よ。貴女が前に出て、貴女が決着をつける。私とレミィはあくまでそれを手伝うだけよ」
「心得ております」
「普段と逆だな。この私が隙を作って、咲夜がそれを突く。やり方は分かるな?」
「何も問題ありません」
この日の為の準備は抜かり無い。合わないスペルカードも全部作り直したし、ナイフも普段の三倍は用意した。
紅魔館の地下の訓練所で死合いも何度も繰り返した。
例え誰が来ても変わらない。突破して、その先の藍色の元に行く。その為に最大限を整えた。
「……誰が来ようが。何が来ようが」
だから、突破する障害が……
「罪槍ォ!」
「……奇術ッ!」
例え、家族であろうと!
「「ロンギヌス」!」
「「幻惑ミスディレクション」!」
STAGE1 創壊の洋傘
~二つの家族に囲まれて~
新年、明けました。2016年も東方藍蓮花を宜しくお願いします。
新年からやっと大詰めに入れました。
行く末がどうなるのか、どうか見届けて頂けると有難いです。