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東方藍蓮花  作者: 空椿
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藍色、探求を染める

 無心となって素振りを続ける庭師に、主が口を開く。


「ねぇ妖夢」

「何でしょう」


 柄にもなく早口の庭師。


「今日は豆腐のお味噌汁が飲みたいわ」

「分かりました」


 そう言って、視線も向けず、素振りも止めない。


「ねぇ妖夢」

「何でしょう」


 何度聞こうが、やはり早口。


「今日はご飯は少な目が良いかしら」

「そのようにしておきます」


 その目線はやはり、幽々子に向かない。

 先程魔理沙が訪ねてきてからの数時間、妖夢はひたすらに素振りを繰り返していた。

 何も変化が無いと言えばそうではなく、時々そこに相手が居るかのように太刀筋を変化させる事もある。


「ねぇ妖夢ぅ」

「何でしょう」


「休憩したらどうかしら。そんなに動いても仕方無いでしょう?」

「納得の行く答えが出ていませんので」


 その手は、やはり止まらなかった。







 『真実は斬って知る』

 魂魄妖夢の行動理念であり、偉大な師かつ祖父の言葉である。

 全ての物事をも剣で語り、その先を見極める言葉。幼き頃の妖夢はその言葉を深く深く受け止め、以来辻斬りと言われようともその刃で全てを斬り続けた。


 しかし、なのだが。

 一体全体、今回の件……藍色の話は、何を斬ればその先を知れるのだろうか。

 辻斬り紛いではあるが、常識はずれではない。まさか恩人を斬る等と言う事を、妖夢はしない。むしろ幽々子に剣術の切っ掛けをくれた藍色なら、幽々子の次の次の次くらいに守るに値する人物。必要があるかはさておき。


 妖夢は頭の中で何度も繰り返す。藍色を斬る事は万に一つでも出来ない。では、この向ける先の無い刃は何処に向かうのだろうか? 迷う。迷う。迷い悩んだ挙げ句に彼女が選んだのは、一心不乱の素振りであった。

 刀を振り続けた身体が、何かを斬らねばならぬとばかりに空を斬り続ける。その行為によって得られる物など、何一つとして無い事はとうに分かっていると言うのに。


「よ」

「何でしょう」


 最早、最初の一文字で返答が届く。発言を被せられた幽々子はと言えば、実に困った顔で次の言葉を出した。


「……おやつが食べたいわ」

「どうぞ」


 言った側から幽々子の目の前に、半霊が皿を頭(?)に乗せて飛んできた。皿に乗っているのは饅頭である。今日は恐らくこし餡だろう。

 どうやら、そろそろ言い出す頃と思って既に用意されていたらしい。思い返してみれば、確かに普段くっついている半霊は居なかった……ような? 普段気にしてない故に、幽々子は思い出せない。


 もう何回空を斬る音が耳に届いたのか、振っている本人すら既に思い出せない。桜の木に聞こうが、聞き飽きたと答えてしまうだろう。

 ならばせめてあの刃が、我々の幹に届かぬ事を祈るばかりだと答えるかもしれない。


「……妖夢」


 少し真剣な声を妖夢に送る。流石に、これすら即答で返す事は無かった。


「……何でしょう?」


「休憩なさい。ここに座って、私とお饅頭を食べて」


 そして最後は命令と言う形で素振りは止まったが、それでも結局、妖夢は悩みを斬る事が出来なかった。実に渋々と言う気分で、二振りの刀を鞘に戻し縁側に座る。

 自分で作ったお饅頭を手に取り、一口。柔らかさと甘さが、運動で火照った身体を落ち着かせてくれる。


 しかし、悩みの抜けない頭は全く落ち着いてはくれない。妖夢は再び迷いを強く自覚し、結局手が止まるのであった。


「……全く、もう」


 そんな庭師の様子を始終見詰めている幽々子の顔も、酷く悩ましい物である。どうやら、この庭師の状態の要因は自分の言葉にもあるらしく、それを撤回すべきかと考えているらしい。

 別れの言葉も何も無い藍色に物申す。大体そんな感じの魔理沙が妖夢を誘った時、上司最優先の妖夢は幽々子に指示を求めた。この時点では妖夢はあまり深くは考えていなかったようだ。

 幽々子もまた、自らの本当の意味での死とは程遠い存在。故に魔理沙への返答は「いいえ」であり、妖夢にもそう言わせた。この時点では幽々子もまた深く考えていなかった。


 ただ、どう見ても様子のおかしい庭師を見つめてみれば、自分の考えが浅かった事が分かってくる。知人の事を何も考えていなかった、身近な者の心を見ていなかった……のだろう、と。

 ただ気付いてみれば客観的な分、妖夢本人よりも彼女の事が分かる。妖夢の考えている事は案外、顔や行動に出やすいタイプなのでそこを察するのは幽々子でなくとも容易であろう。


「……私はね?」


 問題を持ってきたのは魔理沙であるが、自分が拗れさせてしまった事を自覚する。で、あれば。それを正してから悩ませるべきだろうと幽々子は考えた。そこで彼女は妖夢に向けて、そう長くはない言葉を向けた。


「あの子の事は大切よ」


「……そうなのですか?」


 やっと即答を止めた。と思いつつも眼差しは妖夢を見詰めない。枯れた大きな桜を視界一杯に収めながら、次の考えを浮かべる。


「何だかんだあの子の話題は面白くて、退屈しなかったもの。それにあの子はここにもよく来てくれたじゃない」


「その度に何かしらありましたけどね」


「そうね。あの子はトラブルの塊だもの」


 紫との相互理解が無かった頃は、紫達も藍色一行のように人数を集めて追い掛け回していた。その舞台に時々白玉楼は選ばれており、その時も一悶着あったのは記憶に新しい。

 蛇足であるが、この時紫が集めた人員との交流は現在でも続いているらしく、地底や魔界等を繋ぐ貴重なパイプだと紫は密かに喜んでいた。その時の嬉々とした顔を幽々子は覚えている。


「……でも、来てくれて嬉しかったわ」


「そうですね。少なくとも、退屈はしませんでした」


「そう言う事を考えれば、確かにずっと居て欲しいと思ったかも」


 思わず幽々子の方を見る妖夢。幽々子は先と違って、どこか遠くを見詰めているようにも見えた。


「……だから、眠ってしまうと聞いて悲しくなったのは事実かも」


 だったら、と言いかけた妖夢に待ったをかける。


「だけど妖夢は、眠ろうと布団に入る人を無理には起こさないじゃない?」


 まあ、その程度なら。


「藍色も、大きな目で見ればそうやって眠ろうとしている。それを起こしたくない……その程度の気持ちよ」


 次に起きた時、自分は必ずその時代にいるのだから。生物としてではなく、本質的な死を失った幽々子の明確な答えを、妖夢は重く受け止めた。


「妖夢」


「……はい?」


 首だけ回して、妖夢を見詰める。


「貴女は命令すれば、その通りに動くのね?」


「勿論です。幽々子様の手となり足となり、果たされた責務をしっかりとこなしてみせます」


「よろしい。では、そんな妖夢ちゃんに命令を出します」


 ……こう言うとき、決まって厄介な事を言われると妖夢は強く強く記憶に刻んでいる。大抵は無茶振りだったり、おふざけであったり……

 しかし、今日の幽々子はやけに落ち着いていた。普段にこやかで楽しげな顔は今、落ち着いた柔らかい笑みが浮かんでいる。


「悩みなさい、迷いなさい。そして自分でそれを断ち切り、自分で答えを出しなさい」


 続けて。


「もう貴女は、私が言わなくても行動できるはずよ」


 そうして目を細め、また前を見詰める。


「……幽々子様、それは」


「早いわねぇ……」


 言葉を遮るように、幽々子は一人呟いた。


「まだ妖忌の隣で泣きじゃくっていたあの子が……」


 …………顔が熱くなる感覚がする。そんな事あっただろうか? いや、あったんだろう。あの目は本気で昔を懐かしむ時の目だ。


「幽々子様、それは……その、えっと」


「うふふ」


 取り乱す妖夢の反応を、幽々子は楽しんでいる節がある。

 いつもそうだ。しかし、悪い気はあまりしない。嫌がった事も何度もあるが、それも次の瞬間にはどうでもよくなってしまう。何故ならば、


「行ってらっしゃい。そして、その答えを行動で示しなさいな」


 総じて最後は背中を押してくれるのだから。


「……はい、行って参ります」


 だから、守ると誓ったのだ。


「あ、妖夢?」


「……はい?」


「とりあえず、今日はいなり寿司が食べたいわ」


「……はい」


 その主に出鼻を挫かれるとは、やはり如何なものか。先程はお味噌汁と言っていなかっただろうか?

 ……それもいつもの事かと、買い物籠を引っ張り出して人里に赴く事にしたのだった。







 門を出た妖夢を待っていたかのように、門にもたれ掛かる人物を妖夢は発見する。


「おや、貴女は……」


「力添えを頼もうかと思っていたのですが、どうやら杞憂だったらしいようで」


 犬走椛だ。一時白玉楼に迷い混んできたこいしを通じて、この二人には小さな縁がある。

 やや堅苦しい言葉遣い。もしかしたら今回は、プライベートで伸び伸びとしている訳では無いのかもしれない。


「力添え……ですか? 幽々子様に」


「いや、どちらかと言えば貴女にですね」


 はて?


「私は昨日、文様に命令を受けましてね」


「命令ですか? また無茶ぶりだったりして」


「はは、よくお分かりで」


 妖夢も椛も、何かしら無茶な命令をされるという事が一致している。類は友を呼んだか、この二人の相性は中々良いらしい。

 成る程、上司からの命令であればプライベートと言うわけにも行かないだろう。その口調の意味を妖夢は理解した。


「何と困った事に、藍色を起こして来いと言われてしまったのですよ」


 ……しみじみしていた所に、この発言。今まさに自分も行動しようとしていた所だったのだが。


「いやはや、困った上司です。無茶ぶりにも程がありますよ」


「はは、全くですね」


 そうは言いつつも笑顔を出せる椛は、こう言う事に慣れているからだろう。


「私は正直、彼女の家族達から猛反発を受けると予想してまして。それで荒事に対応できる方を探していたわけです」


「そこで私と言う事ですか」


「“見た”所、かなり思い悩んでいると分かったので」


 目を指差しながら言う椛。


「……便利ですねぇ~」


「でしょう? これは私に、あの人に少なからず恩がある事を示しています」


「だよねー」


「私は上手いこと行かなかったんですけどね……」


 藍色が唱えた『能力の応用』は、実に大きな影響を幻想郷に与えた。椛は勿論、その隣にくっついているこいしも恩恵を受けている。

 妖夢も、それを聞いてからはアレコレと様々な事を試してみた物だ。しかし、頭が固いせいか結果は芳しくなかった。


「……ここはやはり、本家本元にお尋ねすべきでしょうか」


「それは良い。何かと理由をつければ、勝手に動いても文句は言われません」


「そうですね! よし、よし!」


 不透明だった目的に意味を入れ、それを目指して気合いを入れる。妖夢の迷いが、ちょーっとだけ晴れた……気がした。

 まぁ、気がしただけでも充分だと妖夢本人は考えた。何事も気の持ちよう、思い込みは力にもなるのだから。


「そうと決まれば、準備ですね」


「準備する物があるの?」


「ありますよ。刀こそ常備していますが、靴や服装も大事です」


「……服装?」


 こてんと首を傾げるこいし。


「これも気の持ち方ですよ。身嗜みを整える事で、より一層気合いが入り、集中するのです」


「……成る程、参考になります。そうなれば、私も由緒ある天狗装束にでも着替えますかね」


「あ、わたしもわたしも~!」


「あはは、こいしさんは天狗では無いので……は……」


 間。


「こいしさん!? いつから!?」


「あ、気付いた」


 驚きのあまり後退りつつ、やっとこいしに目を向ける。いつの間にやら居たこいしの格好は前から殆ど変わっていないが、何やら腰には『ガンベルト』なる物が備わっており、そこには拳銃が二挺備わっている。

 妖夢は銃など理解出来ないが、持ち手の辺りの『に』と言う文字に丸印と言う組合せのロゴマークから多分、にとり製ではないかと推測した。でも『み』に丸印は何だろう? 妖夢はその製作者と親しくなかった。


「『便利ですね』の辺りから居ましたよ」


「おお、中々前から……」


「仕方無いですよ。気配の無い存在に気付けただけでも凄いです」


 剣術をたしなむ者として、相手の気配に敏感な妖夢ではあるものの、流石に気配無きこいしには通じない。

 妖夢本人もそれに頼っている節がある。まだ未熟と呼ばれる部分がここであろう。


「椛さんは何で気付いてるんですか?」


「目を離さないようにしていますので」


「いやん」


「そこまで隈無く見てないからな」


「ははは」


 世間話も一通り終わって、さてと妖夢は動き出した。


「では、お買い物をしてきましょう」


「おや、すぐに身支度を整えるのでは?」


「事を急いても結果は産まれません。今回は特に、万全の状態で、最高の環境で挑むべきです」


 そもそも、お買い物を申し付けられたばかりであるし。


「幽々子様は今回の件は黙って見ているつもりのようですし、その身の回りを整えてから私も出発しますよ」


「……そうですか。でも、やっぱり聞きたくなりますね」


「はい?」


「友を思うのは貴女の主人も一緒の筈です。だからこそ」


 腕を組んで、既に閉じられた門の先に居る幽々子を見る。


「進言くらいすれば良いと思うのですが?」


 その問いにだけは、迷い無く。


「言いません」


 その言葉に、椛は少しだけ驚いた顔をする。

 何せその心にだけは、一点の曇りも無いのだ。迷うばかりで晴れぬ心の中にあった小さな『誠』が、顔を出してきたかのように。


「しかし私らしく、斬って伝えます」


 今だ分からぬ己の心を、斬る。斬って、得た何かだけを主人に届ける。

 真実は斬って知る。祖父の言ったそれが、妖夢の信じる全てであった。


 それを聞いた椛は、笑う。


「貴女らしくて良いでしょう」


 では、と言って背を向け、空を飛ぶ。


「お待ちしてますよ」







 剣士の心を目ではなく、肌でしっかりと感じた椛は期待を膨らませる。彼女とならば、私の上司の無茶ぶりも何とか……


 いや、違う。

 きっと文は動きたくても動けないのだ。天狗社会は上下の関係が厳しい。恐らく文は上から、藍色の件で動くなとでも言われたのだろう。恐らくその上は、紫にでも声を掛けられたのだろう。


 つまり、椛は託されたのだ。

 文は藍色と特に仲が良かった。それでも動けぬ歯痒い思いを、自分に。

 きっと、知らぬ間に私室の机に置いてあった『あのスペルカード』は、そんな思いが込められていたのだろう。なまじ目で様々な物が見えるだけに、その意図が剣士と出会うまで分からなかった。


 託す。恐らく幽々子もまた、形は違えど部下に全てを任せたのだ。

 そして妖夢は未熟なりに、それを受け止めて突き進むと決めたのだろう。それは上司の言葉を、想いを理解して。


 ……なんだ。


「『私もまだまだ未熟じゃないか』」


「……流石覚妖怪、か?」


「顔に書いてあるもん」


「む」


 隣を並んで飛ぶこいしに、その心を言い当てられた。どうも第三の眼無しで見抜かれたらしい。その眼はやはり閉じられているのだから。

 ふと考えたら、こいしは最近相手の心を言い当てる事が増えた。他人の心を知りたくないから目を閉じたと言うのに、今は進んで人の考えを汲み取ろうとしている。

 これもまた、変化だろうか。


「あのね」


「ん?」


「多分文さんは椛に期待してるよ」


 今もそうだ。この場に居ないあの人の気持ちを考えている。

 何が影響を与えているのだろうか。その疑問にちらつくのは、やはり藍染の『アイツ』である。


「……ああ、そうなんだろうな」


「なら……えーっと、あれだよ」


 そうして悩んだ末に。


「『真実は斬って知る』?」


 ……無意識だろうか?

 あの剣士の信念の言葉を言った。


「こいし、多分使い方を間違ってる」


「あれー?」


「……でも、それも良いかもな」


 常に持っている剣と盾を一度見、今は背負っていないあの大剣を思う。


「一つ、斬ってみるとしようか」


「えー、じゃあ私は?」


「さぁ。それならお前は『撃って知る』か?」


「ふむふむ。それも良いかもね」 


 にぱー。屈託の無い笑みを浮かべるこいし。釣られて笑ってしまう。


「一つ、撃ってみるとしようか」


「私の真似か?」


「うん!」


 二人の剣士と一人のガンマンが、足並みを揃えた。

 斬って、撃って、また斬って。そして彼女達は、その先を知りに行く。


 探求の武器組……って所でしょうか?

 あ、どうも空椿です。


 多分、東方原作みたいな感じだと、高速移動は妖夢が担当します。剣気的な物をワーッと飛ばす感じになるかと。定番の広範囲殲滅系。

 低速移動はこいしが担当で、敵を狙い撃ちする銃弾をバババって乱射するんですが、一定数撃つとリロードして間隔がちょっと空く感じだと考えてます。瞬間火力は高めかも。

 自機の後ろを追従しつつ独自のショットを撃つのが椛でしょう。グラディウスのオプションみたいに。多分前方に判定大きめのショットを一定のリズムで発射する感じ?



 まあ、今回の異変には全く関係無いんですけどね!

 妄想したかっただけです。

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