藍色、記録を染める
本人にとってはいつものように桃をかじりながら、一言。
「ねぇ」
「ん?」
「どうして人生って上手くいかないのかしら」
「あらゆる可能性がひしめき合っているからじゃない?」
「それは貴女より、あの子らしい答えだわ」
そうかもしれない、宵闇の妖怪は確かにそう思う。
思えば随分とあの子に影響されたものだ。あの子に出会ったその日から、私の生き方は大きく変化したわね。と、彼女は自覚している。
「運命って案外厳しい存在よ」
「そんなの分かってるわよ。はぁ……」
「通算二十七回目の溜め息よ」
「仕方がないでしょう」
「理由は分かるから怒らないけど」
怒られたら困ってしまう。月の姫は笑顔を浮かべながらそう思う。
思えば随分とあの子に影響されたものだ。あの子に出会ったその日から、私の生き方は大きく変化したわね。と、彼女は自覚している。
「はいただいま」
「お帰りなさい。説明は?」
「粗方終えてきた所よ」
「式に任せずに律儀に自分で説明したのは評価しても良いわよ」
「昔の八雲なら確実に式任せだけどね」
確かにそうだろうな、と幻想の賢者は強く思う。
思えば随分とあの子に影響されたものだ。あの子に出会ったその日から、私の生き方は大きく変化したわね。と、彼女は自覚している。
……つまる所、三人とも似た者同士なのだなぁと、三人は同時に察した。類が友を呼んだのではなく、一つの妖が結び付けた繋がりであるが。
「さて、本題に入りましょうか。長引かせる必要は無いものね」
扇子をパタンと閉じ、紫が切り出す。その顔はいかにも『複雑』と言うべきで、感情を言葉にするのは難しいだろう。
「『藍染の妖怪』の就寝について、ね」
八雲紫が幻想郷に知らしめた事実は、それまで彼女と関わってきたほぼ全ての存在を震撼させた。
例えば、吸血鬼は珍しく紅茶のカップを落としてしまい、メイドがそれを拾いさえ出来なかった。
例えば、庭師が明らかに狼狽し、亡霊姫は目を見開いて聞き入っていた。
例えば、風祝が飛び起きて掴みかかり、二柱はそれを止めるために動く事をしない。
例えば、魔法使いが大声を上げて真偽を問うたり、中立を保つ筈の博麗の巫女までもが強く反応した。
少なくとも藍色と言う存在は、確実に幻想郷の一員であり、友であり、家族のような存在なのである。だからこその反応、だからこその現実。
彼女達は、何か大きなものを失おうとしている。
時は少しだけ、紫がそれを伝える以前に遡る。
どこか似た者同士の三人は、豊姫の部屋にて話し合いを始めた。無論、それは藍色の事。
そして、その中で出た情報をどれだけ幻想郷に伝えるか。長い付き合いの目線から、家族として見詰めた目線から、その軌跡を追った目線から、全てをさらけ出しつつ纏める為の時間。
最初に口を開いたのは豊姫だったか。
藍色……と言う妖怪を一つの種族として見る。豊姫はその情報を開示した。
曰く、妖怪と言うカテゴリーにおいて、最も早く意思を持った存在。その生まれは大地ですらなく、遥か天空、宇宙であるとした。
「つまり宇宙人なわけね?」
「ハッキリ言うとそーなるのね。吃驚仰天よ」
キッパリとした問答を見詰めてから、紫が口を挟む。
「あえて聞くけど、どうして貴女にそれが分かるの?」
「過去を見詰める便利な道具が月にはあるのよ」
「幻想郷で言えば、閻魔の浄玻璃の鏡がそれに当たるかしらね。技術に優れる月の都なら作ってもおかしくは無いと思うけど?」
「そうね。愚問だったかしら」
「いえいえ」
その閻魔の浄玻璃の鏡で覗いた時も、不思議な結果が出たと言う事をルーミアは思い出す。
確か初めて彼岸の先に行った時の事だ。映姫の長い説教に埋もれているが、彼女は確かに記憶している。
『見えるのは無数の光だけ』
『空も地面も無い、見渡す限り星空のような場所』
あの時の映姫はとんと思い浮かばなかったようだが、今にして思えばあれは『宇宙空間』である。そんな所で眠っていたとなると、確かに最初の妖怪と言う主張は的を射ている。
その後どうやってこの地球に降りたのかと豊姫に聞くと、彼女は快く口を開いてくれた。
「彼女は眠ったまま、宇宙空間を漂っていた。宇宙空間に空気は無いから呼吸していないし、厳密には仮死状態と言っても過言ではないかしら」
「ふむふむ」
「ただ漂うだけじゃなくて、少しずつ移動していたのだけどね。そうやって、少しずつこの星に向かってきていた……」
一呼吸置き。
「……と、思う」
座ったままだと言うのに、思わずこけそうになる二人。
「断言出来ない理由があるのよ~」
「無いって言ったらブン殴る所だったわよ」
「何とも無しにそんな事言わないわよ、もう」
「その理由も、ある程度予想出来るのだけど。実際近い物は耳に入ってるし」
「私、貴女にそれらしい事言ったかしら?」
「私だって色々見聞き試したのよ、ルーミア」
やれやれ、と言いながらも体勢を整える。次の豊姫の仮説に大体見当は付きつつも、紫は一応聞いてみる。
「あの子は、過去と現在、そして未来全てがほぼ別の個体なのよ。もう少し詳しく言うと、同じ存在で別の個体。間違いなく藍色だけど、私達の知る藍色とは違うのよ」
「時間その物に喧嘩売ってるみたいね」
「個体が違えば行動も違う。私達が知る藍色が鏡を見たかは調べる事が出来ないけど、未来から過去を覗いて見付けた藍色はその可能性を持っているのよ」
ざっくりと見も蓋も無い言い方をしてみれば、過去と未来の藍色は間違いなく同一の固体ではあるが、『本人』と言う枠組みには入らない。言うなれば『そっくりさん』だと言う事。
「つまり、閻魔が浄玻璃の鏡で見詰めた藍色は、極わずかな可能性によって今の藍色が知り得なかった浄玻璃の鏡を知覚、見詰め返したと言う事かしら?」
「そーなるわね。藍色の能力を理解している相手に、所謂『パラレルワールド』を分かりやすく肯定させる事が出来る事実ねぇ。可能性の塊みたいなあの子らしいけど」
「パラレルワールドなんて前から存在してるわよ。そもそも私達の今居る世界すら、何らかの世界から分岐しているワケよ? あの子がその証明じゃない」
「境界を操る私はとっくに知ってたけど、まぁ分からない人も理解が可能と言う点でこの理論は……」
……ここまで喋って、皆が黙る。
「……閑話休題。話が逸れたわね」
「誰か止めてよ」
「あなたこそ」
結論、三人寄れば文殊の知恵だが、文殊が三人揃うと話が脱線する。
話を戻して、再び豊姫から口を開いた。
「で、月の住人の先祖……つまり、まだ人間と言う枠組みの無い時代に地球に降り立ったのよ。人の形としても最初になるわね」
「まぁ宇宙人だけど」
「そうね」
「まぁなんの事は無いわね。単に重力に引かれて落着しただけよ。」
えらく長引くから壮大かと思えば、そうでなかった。ルーミアの表情がそう語っている。紫も見せた以外と残念そうな顔が豊姫に刺さるが、冷や汗を押し殺して続きを語る。
「そして動物はあの子の身体……つまり、人体の『利便性』を評価して、それと同じ進化を辿る。これが月人の祖先となり、人間と言う最初の存在になった。つまり藍色は、人の形をした存在の原初の存在……」
「それが真実なら、一転して実に壮大ですこと」
「そう考えると自然なのよ。実際生物の進化の方向は、あの子が現れてから斜めの方向に移動したんだから」
「確率自体を操る妖怪が相手なら、信憑性も湧いてくる話だけど」
ルーミアの発言に二人も頷く。
「で、ここでまた話が逸れるんだけど」
「またぁ?」
「いい加減に進めたいのですが」
「まぁ聞いて頂戴」
豊姫が人差し指を立てる。
「妖怪って言うのは、大抵は動植物から何らかの要因で変化した存在だけど、そこには人間を初めとした生物の意思が含まれるわよね」
「そうね」
例として、鬼は人の『力への畏怖』から、付喪神は道具の『人への恩義、恨み』から産まれた。それと同じように、何かの感情や願望が妖怪の起源となる。
「あの子も妖怪よね」
「そーね」
これは本人が常に口外している事。
「……じゃあ、あの子は誰の意思から産まれたのかしら」
瞬間、時が氷る。三人全員が思考の渦に嵌まったのだ。
知識と知恵の塊である紫は口を開かない。彼女の持ち得る全ての中に、答えが無い。諦めて溜め息を吐く程度しか出来ないかな……と思いながらも、出る溜め息すらそこに無い。
知略と発想に富むルーミアも押し黙る。いくら時間をかけようが、砂漠の中の一握りの砂粒を探すように、その発想力を持ってしても到達出来ない領域に、最早言葉も出ては来なかった。
道筋と答えを見詰める豊姫すら沈黙する。いくら目を凝らしても見えぬ道筋があるのを、月面戦争の時に藍色が教えてくれた。しかし、その藍色本人こそ見えぬ先に居ると、今更ながら気付いてしまう。
……沈黙。静寂、無音。
音と言う物が忘れ去られてしまったかのようち、口を開き声を発する事は無くなる。
ルーミアが豊姫に視線を向ける。
何故こんな話題を出したのか。まるで恨みがましいかのように睨むが、豊姫の謝罪を込めた目線に目を閉じる。
いくら考えても『分からない事が分かる』だけの無意味な時間が過ぎ、やがて紫が勇気を出して口を開いた。
「……止めましょう」
詰まった息を吐き出す。もう会話所では無さそうだが、そうもいかない。大事な話はまだ残っているのだ。
紫がスキマからティーセットを取り出し、ルーミアがそれを丁寧に淹れる。かなり良質であろう紅茶の香りで、一先ず落ち着く。
「頭の回転が鈍ってきたから、調度良いわね」
「甘味も出しましょうか?」
「甘味じゃなくて無味ならあるわよ」
いつ持ってきたのか、ルーミアがが手提げ鞄をドンと置く。それは、精神や身体を変に弄くる魔法の薬。実に恐ろしく、しかし面白い事請け負いの『アレ』が入ったあの手提げ鞄である。
あまりホイホイと使っている訳では無いから当然と言うべきか、在庫は有り余っていた。だからと言って今出す必要はあったのか?
「ちょ、貴女ね……」
「気分転換に飲んでみなぁい? 楽しいわよ~」
「あ、面白そうね。どうせなら黒のラベルでも貼ってロシアンルーレットみたいに……」
「無理よ。私達全員、何らかの手段で中身を察せるのよ?」
それは相手の顔だったり、パターンだったり、動きだったり。色々だが、その程度は皆読める。読めてしまうから、その辺りのスリルを面白くは出来ないだろう。
三人は同時に思うだろう、『頭が良すぎるのも考え物である』と。
「……ま、それはさておきましょう」
「次は何を話しましょうか」
「じゃあ藍色と言う種族の特徴でもどう? 私なりに纏めてきたわ」
「聞きましょう」
「そうしましょう」
ルーミアの案が二つ返事で可決。満足げに頷いた宵闇の口から、彼女その物が語られ始める事となった。
「……こんな所ですかね?」
依姫の私室。日頃の日課である日記を書く手を止め、近くの緑茶を一口。ほぅと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
茶と言う物に種類は多くあるし、月の都独自の物だけでも数多くある。それを候補に入れつつも、彼女は地上で飲まれている緑茶が好みであった。理由は特に無いが、何と無く。
「美味しいですね。お茶を淹れるのはお得意ですか?」
不意に、ソファに座る客人に声をかけてみる。読書に夢中であった彼女は数秒反応がなく、一区切りでも付いたか本を降ろして真紅の眼差しを返してくる。
宝石の釣り下がる羽が、主の感情に合わせてゆらゆらと揺れていた。
「前に飲んだ霊夢の緑茶が美味しかったから、淹れ方を覚えてみたの。本に書いてあったから」
「成る程。貴女は賢いのですね」
「好奇心に抗わないだけなのよ」
うふふ、と優雅かつ無邪気に笑うフランに、優しげな瞳を依姫は送る。そんなフランの隣だが、色々あって疲れたかどうかは定かではない物の、小傘がぐっすりと眠っている。いつもの大きな唐傘は現在背後の壁に立て掛けてあり、フランの日傘もそこに並んで置いてある。
さて、何故にこの二人が依姫の私室に居るのか。理由は簡単、藍色の事でルーミアが大事な話をしているからであり、それが済むまで月の都に居ようと言う結論が出たから。そんなわけで、姿こそ見えないが小町も都の何処かに居るらしい。
尚、藍色の行方に関しては現在、依姫の日記を保管しているあの場所でひたすら日記を読み耽っている……らしい。何か不自然な事や異常が無いか、常に月の兎の方のレイセンが隣に立ち藍色を見張っているとか。
「ふと疑問に思ったのですが」
「なぁに?」
「貴女や、貴女の家族は藍色の事に気付いていたのか、と言う疑問があるのです」
藍色本人の、前々から見せていた異変の予兆に気付いていたのか。もし気付きはしていたとしたら、何故どうにかすると言う方向に動かなかったのか?
依姫も一時は、藍色の家族であった人物。今の家族の気持ちは気になって仕方がない。問いの裏に別の疑問を隠しつつ、言葉に乗せた。
返ってきた返答は、以外と素直だった。
「……うん、気付いていたと言うよりは、感じていたのかな」
「感じていた」
反芻するように繰り返す。
「そう。『そうなんだ』って確定した事じゃなくて、『そうじゃないかな』って言う朧気な感じで、皆察してたと思う」
酷く曖昧な返答だとはフランも思う。しかしそれが最も的確であろう答えで、依姫もある程度は納得したようにフランは見える。
だが、この質問の裏にある疑問への答えは、依姫に納得出来るかどうか? こればかりは、言ってみなければ何も分からない。なるようになれ。
「察してたなら、何故解決させなかったのか、聞きたい?」
……裏の問いを鋭く突くフランの言葉。人の真意を見抜くのが実に早い。
「……はい」
「簡単よ? そして私達の誰しもがそう納得した」
続く言葉は。
「『そうあるべき』である事」
依姫は、少しだけ言葉に困った。
「……そうあるべき、とは?」
「至極単純なの。よく聞いて」
人差し指を立て、目を細めるフラン。さながら教えて聞かせる先生のように見えなくもないが、この場では実際教えているのだから実に似合っている。
「吸血鬼は血を吸い、夜に眠る。人食い妖怪は人肉を食し、人を襲う。妖怪と言う種族は、種族によって『そうあるべき在り方』と言うのがあるのよ。それは極力変えてはいけない大事なこと。無理矢理ねじ曲げでもしたら、歯車の何処かが歪んで噛み合わなくなるから」
「ふむ」
「だから、皆は何もしなかった。あえて藍色の成すがままに、それに着いていった。それを止めてしまう事は、藍色の『そうあるべき在り方』を変えてしまうからなのよ」
言われた通り簡単な、軽い説明。だが依姫には充分理解出来た。
「……貴女がそう言うと言う事は、貴女達一行は藍色の『そうあるべき在り方』を理解しているのですね」
「そうよ。教えようか?」
「いいえ、私はある程度の答えを知っています」
これでも藍色の姉貴分だ。胸を張るように笑う依姫に、フランも笑顔になる。
「ですから、一緒に答え合わせをしましょう。藍色と言う種族の『在り方』とは何か?」
「は~い」
「藍色と言う種族は、まず前提として」
ルーミアが口を開いた。
「藍色の『在り方』、それはまず大前提として」
フランが答え合わせをする。
偶然にも、ほぼ同時刻だったそうだ。この広い世界の中の小さな確率に当たったから、だろうか。
「『活動時間の周期が非常に長い』」
通常、生物の活動時間は二十四時間。種族によって違いこそあれど、それは一定に保たれている。例えば十六時間起きて八時間寝る場合、次に起きた時もそれは変わらない。それが例え夜行性だろうが、朝から夕を寝て夜に動く。起きている時間が違うだけで、一定だ。
眠る事の無い生物のような特殊な生態を除けば、ほぼ全ての生物は二十四時間と言う一定のリズムを持つ。これは妖怪も同様である。特に、幻想郷は危機感が他所より薄い分、規則正しい生活をする妖怪が多い。
しかし、これが藍色となると話は別になる。彼女は一定のリズムを持たないからだ。
彼女の時計が刻むのは、秒や分、時間と言う規模ではない。秒針は年を刻み、短針は世紀を指し、一周するのに時代すら変わる。
そして、その針の位置も一定ではない。何者かの手で常に弄くられ、修正され、時に巻き戻る。その様な時計であろうとも、回り続けているのは間違いない。
結果、彼女の起きている時間、眠る時間は実に触れ幅が大きい。そしてその歪なサイクルは、他のどの生物をも凌駕する程に、長い。
起きている時間、百年から数千年。時に万。
眠る時間、数千万。時に億。
藍色の過去を気長に見続けた人物は、皆同じ様な答えを返す。『眠り続けている』と。事実その通りで、彼女は本当に長い時間眠っている。
しかし、起きているのもまた事実。これが、生物であると言う一つの証明ともなるだろう。
では、起きている間の彼女は何をしているのだろうか? また、何故にそれほど長い年月を眠り続けている?
フランは言う。
「藍色は起きている時は、ずっと旅をしていると思うのよ。縛られるのを好まない、常に新しい何かを求めて、かな」
その言葉に、依姫は同調した。
「その通りです。姉様が月から見てた時も、藍色は基本的に歩き回っていたそうですから」
百から万の起きている時間、彼女は常にふらふらと歩き回り、猫のような好奇心を惜し気もなく披露している。それは旅先でトラブルに出会う確率をとても高めているが、むしろ彼女にはそれが良いのだろう。
今までの旅を振り返って見ればよく分かる。彼女は常に刺激を求め。退屈を嫌った。楽しい事や面白い事、不思議な事に何より関心を示し、そうで無い事にはとことん無関心を貫いた。
では逆に、寝ている時はどうなのか。長い年月をかけて眠り、その最中に何をする必要性があると言うのか?
ルーミアは言う。
「寝ている間に、起きていた時の記憶を真っ白にしていると思う」
その言葉に、紫が疑問をぶつけた。
「真っ白にする、理由と根拠は?」
「勿論あるわよ」
藍色は旅を好み、トラブルには首を突っ込みたがる性格をしている。それを人の一生を越える年月、夜になっても眠りもせずに動き続ける。そうして得られる情報は、ただ長生きしてきただけの妖怪などと比べても遥かに多い。
無論、それだけの情報量が頭に入るとパンクしてしまう。それを回避するために『忘れる』と言う行為があるのだが、忘れた物は思い出す事が出来るように、記憶はしっかりと保存されている。
つまりはあまりに保存した記憶の量が多すぎて、最早忘れると言う行為すら意味が無くなる。脳の許容量が限界に達してしまうのだ。その結果必要な物すら忘れ初めてしまい、藍色の忘れ癖に繋がってしまう。彼女は今も、自分が持ってるスペルカードの事を何枚か忘れているだろう。
それを解決する為の手段が、長い眠りにつくと言う事。その眠りの最中に頭の中の記憶を、必要な物だけを残して初期化してしまうのだ。後に残るのは恐らく、名前と『確率を操る程度の能力』の使い方。
ルーミアがそれを根拠として持ち出したのが、豊姫と藍色の関係。豊姫と藍色は実に長い時間を共に過ごしたが、次に会った時は綺麗さっぱり忘れていた。
もし二度目の出会いの前に長期睡眠を挟んでいたとしたのなら、藍色が綿月姉妹の事や玉兎の事を全て忘れていた根拠足り得る。その事を豊姫に聞いてみれば。
「確かに寝てたわ。記憶の消去……辿り着けなかった答えね」
この時点で、睡眠中の記憶の初期化は決定的となる。更に、豊姫がそれを気付けなかった事は、藍色が確率を操る程度の能力を『昔に』使い、それの効果が消えず残っている可能性をも浮上させた。しかし、とりあえず後回し。それを特定する術が無い。
ここでもう一度、活動周期の話を戻してくる。長期睡眠が藍色にとって必要な事と分かったが、何故その睡眠時間は大きな触れ幅を持っているのか? 勿論、活動時間も含めて。
フランはこう推測した。
「起きてる間に得た情報の量……つまり、記憶に左右されるんじゃないかなって」
「つまり、多くの記憶を得れば得るほどに就寝までの時間が早まり、かつ睡眠時間が伸びる……と、言いたいのですね?」
「そうよ。それはまるで、はしゃいで騒いで、遊び疲れて眠る子供のよう……なんて!」
「成る程、その例えは的を射ています」
依姫は静かに納得した。
……静寂。言うべき事は、今はもう無い。
「…………さて、出揃ったかしら」
豊姫の台詞。
「そうだね、もう終わり」
フランの台詞。
「もう言う事も無いわぁ」
ルーミアの台詞。
「……では、纏めましょうか」
依姫の台詞。
「……じゃあ、部屋を分ける意味は無いわね」
紫の台詞。
そしてそれを言った後、おもむろに豊姫の部屋の扉を開く。
「全くもう、何かするなら事前に言って頂戴」
目の前に映るのは依姫。
「そうですよ、酷いです」
その依姫も、困った顔で言う。
「いやいや、話し合いは文殊だけでやるものじゃあ無いだろう?」
何処からかふらりと現れた死神が、にやけたように話す。単純に、距離を操って部屋と部屋と繋げてしまったらしい。つまり、一応部屋の境目には廊下がある事になっている……らしい。
「せっかくお節介を焼いてやったんだ、少しは有り難く思っておくれ」
「小町、それ余計なお世話って言うんだよ?」
「……結構傷付いたよ、フラン」
そうは言いつつもヘラヘラと笑っている。
「まぁ置いといてさ八雲、アンタはこの情報を何処まで幻想郷に知らしめるつもりだい?」
「それを今から決める所なのだけど」
呆れたような顔の紫に、ルーミアを始めとした一行の攻撃!
「ほら八雲、ちゃっちゃと決めなさい」
「そうだよ八雲、早いに越したことは無いさ」
「は~や~く~」
「ちょっとは落ち着きなさいよ藍色一行全員!」
あまり大きくはない紫の怒声が響いた。
その後、結局はほぼ全ての情報を開示した。それを伝えたのは紫一人で、藍にやらせず自分だけで全てを済ませた。
幻想郷の面々は紫の言葉に様々な反応を示した。そして、皆口々に問う。
「で、藍色はどうする?」
それへの返答は一つ。
「まだ検討中」
紫の声は実に重々しく、真剣さをこれでもかと匂わせる。
だからこそ、誰も次の言葉を出さずに紫が去るのを見ていた。それしか今は出来ないと、そう判断したから。
そうして、冒頭に戻る。
小町が繋げた部屋は元に戻し、今度は本当に三人だけの会議。フランは依姫と藍色の話に花を咲かせ、小町は小傘を起こして出掛けてしまう。
帰ってきた紫を迎えた二人。次の議題は、藍色の就寝に関して。
正直、既に答えは決まっていた。
彼女は、妖怪。彼女を知る者は、同時に妖怪もよく知っていた。
だからこそ、分かってしまっていた。個人の感情が潰れてしまう程に、どうしようもなく。
妖怪の『在り方』の重要性を、理解していた。
「……満場一致」
「既に決定していたわね」
「……嗚呼、それでも少し寂しいわ」
「彼女の在るがままに」
それは家族の事を想いながらも、確実に家族を失う。魔法の言葉……
どうも、空椿です。
今回は藍色……と言う種族の秘密を暴露した訳です。はい。
皆様の予想通りなのか、突拍子もない事なのか、それは伺い知れぬ事ではあるものの、空椿本人は以前から考えておりました。
今回は結構前の話を持ってきたりしています。例の一つとして閻魔の台詞……つまり映姫様の台詞を持ってきたり。多分、覚えてらっしゃる方は少ないと思います。もう何年も前の事ですし。
気になった方は私の黒歴史……いや、藍蓮花の過去話でも見てみましょう。
はてさて、藍色と言う存在が実はトンデモな事が分かったものの、それでもまだよく分からない部分が残っています。
作中の三人が分からなかったのはある種私の考えでそうなっただけで、別に「こうじゃないか?」と言う考えは普通に浮かぶと思います。ただ、ほぼ全ての考えは「根拠が足りない」と言う一言で隅に置かれる事になるでしょう。この辺はまた進んでくれば分かるかと。
何と無く分かると思いますが、そろそろ藍蓮花を畳んでいます。私が苦手としていた起承転結の結に、そろそろ入ろうとしているわけで。
それ故活動報告に一時あり、閉鎖したあの神社。恐らく再開しません。仮に再開した所でお賽銭(案やネタ)があまり集まらないんじゃないかな……と言うネガディブ予想から来てるだけです。はい。
最近、活動報告にまで出張して頂ける読者がちょいと減って参りましたな……とか思い始めました。私自身、他の人の活動報告にコメントせず、見るだけと言う日々が続いています。
作者同士、又は作者と読者の繋がりがちょいと薄くなっているのかもしれません。これからまたコメントしていきたいと考えている所存。
ちなみに、これから藍色の出番が極端に減ります。多分ですが。
と言う発言を残しつつ、今回はこれにて。ではノシ