第7話 罠と糸と不器用な俺
修行三ヶ月目。
刀の型はだいぶ体に馴染んできた。まだガンリュウの動きには遠く及ばないが、レイナとのスパーリングでは十五戦して一回くらい粘れるようになった。勝ってはいない。粘れるだけだ。
ある朝、ガンリュウが山の中に連れ出してくれた。
狩りだ。小屋の食料は山の恵みに頼っている。鹿や兎を捕まえるのもガンリュウの日課らしい。
「刀だけで戦うな、とは言わんが」
ガンリュウが藪の中を歩きながら言った。
「一つの武器に頼るやつは、その武器を失った時に終わる」
「二つ目の武器を持てってことですか」
「武器に限らん。道具でも、技術でも、何でもいい。手札は多い方がいい」
ガンリュウは立ち止まって、木の枝の間に何かを張り始めた。細い糸だ。蜘蛛の巣のように、木と木の間に何本も渡していく。
「罠ですか」
「狩りの基本だ。獲物を追いかけるのは体力の無駄。待ち伏せて仕留める。これも戦い方の一つだ」
糸は植物の繊維を縒ったもので、見た目より強い。ガンリュウは手際よく罠を三つ仕掛けた。
「お前もやってみろ」
渡された糸を見て、見よう見まねで木に結ぶ。が、結び目が甘い。引っ張ったら解けた。
もう一度。解けた。
三度目。結べた──と思ったら、自分の足に絡まった。
「うわっ」
そのまま一回転して地面に顔から突っ込んだ。口の中が土の味。今月三度目の味である。
「……ドジとスキルは関係ない。お前の手先が不器用なだけだ」
ガンリュウが容赦ないことを言った。不運のせいにさせてほしかった。
だが、糸には興味を惹かれた。
刀は接近戦の武器だ。相手の懐に入らなければ届かない。でも糸なら、離れた場所にも張れる。罠にも使える。仕掛けておけば、戦いが始まる前にアドバンテージが取れる。
それに、俺のスキルは三メートル以内に入らないと意味がない。どうやって相手を三メートル以内に引きずり込むか──その手段として、糸は使えるんじゃないか。
頭の中で、何かが繋がりかけた。
帰り道。ガンリュウが仕掛けた罠に兎が一匹かかっていた。
「罠ってのは、相手の行動を読んで先に仕掛けるもんだ。力は要らない。必要なのは観察と準備」
ガンリュウが兎を回収しながら言った。
力は要らない。観察と準備。レベルが低くて魔法が使えない俺には、ぴったりの戦い方じゃないか。
その日の夜。
小屋の中で糸の練習を始めた。
ガンリュウが使っているのは狩猟用の植物繊維だが、もっと細くて丈夫な糸が作れないかと考えた。フォルトナ村にいた頃、母さんが機織りをしていた。糸の縒り方は少しだけ覚えている。
「何やってんの」
レイナが覗き込んできた。
「糸を作ってる」
「見ればわかるけど、何に使うの」
「戦いに使えないかなと思って」
「糸で? 刀があるのに?」
「刀だけじゃ足りない。師匠が言ってた、手札は多い方がいいって」
レイナは腕を組んで、少し考える顔をした。
「……まぁ、あんたの場合、普通の戦い方じゃどうにもならないもんね」
「フォローなのか追い打ちなのかわからない」
「事実を言っただけ。──手伝おうか? あたし、紐の結び方なら得意よ。ミヅキの組紐ってやつ」
意外な申し出だった。ミヅキはガンリュウの故郷だ。独特の手工芸技術があるらしい。
レイナが教えてくれた結び方は、見た目は単純だが引っ張れば引っ張るほど締まる構造だった。これなら罠にも使える。
そこから三日間、夜は二人で糸の研究だった。
太さ、強度、長さ。試行錯誤の連続だ。細すぎると切れる。太すぎると目立つ。ちょうどいい塩梅がなかなか見つからない。レイナが組紐の技術を応用して、細いのに強度がある撚り方を考案してくれた。
三日かけて、そこそこの糸ができた。
翌日のスパーリングで試してみた。
「レイナ、ちょっと付き合ってくれ」
「いいけど、何するの」
「実験」
俺はスパーリング場の地面すれすれに糸を張った。木と木の間、足首の高さ。細いから近くで見ないとわからない。
「いつでもいいぞ」
「はぁ? 何も構えてないじゃない。刀は──」
「いいから来い」
レイナが突っ込んできた。いつもの正面突進だ。
そして──。
「きゃっ」
糸に足を引っかけて、レイナが盛大にすっ転んだ。顔面着地。俺がいつもやるやつだ。
「……っ! ちょ、何これ!? 糸!? 汚い! あんたの戦い方汚い!」
「戦術だ戦術」
「戦術って言えばなんでも許されると思うな!」
レイナが顔を真っ赤にして怒鳴る。悪いとは思っている。思っているが、効果は実証された。
稽古場の端で見ていたガンリュウが、珍しく声を出して笑った。この人が笑うのを初めて見た。
「面白いことを考える」
「師匠が手札は多い方がいいって言ったんですよ」
「言ったな。だが──」
ガンリュウが俺の糸を手に取って、ぷつりと切った。指先だけで。
「脆い。これでは人間相手には通じない。もっと強い素材がいる」
「やっぱりそうですか」
「山の北に蜘蛛型の魔物がいる。そいつの糸は鋼鉄並みの強度がある。倒せたら素材にしろ」
蜘蛛型の魔物。スライムきのこの次のステップとしてはだいぶ飛んでいる気がする。
「師匠、それけっこう強いやつじゃないですか」
「E級だ。お前が倒せるかどうか、ちょうどいい相手だろう」
ちょうどいい、の基準がこの師匠は厳しすぎる。
「ただし」
ガンリュウが付け加えた。
「そいつは魔素で糸を飛ばす。お前の近くでは出力が落ちるはずだ。有利に戦える」
なるほど。魔素で糸を飛ばす魔物なら、俺の三メートル圏内では糸の強度が落ちる。攻撃を弱体化させつつ、素材として糸を回収できる。一石二鳥だ。
「レイナ、付き合え」
「付き合うけど、もう罠はなしだからね」
「善処する」
「善処じゃなくて約束して」
約束はしなかった。善処はする。
その夜。
小屋の前で糸の縒り方を練習しながら、考えていた。
刀と糸。接近戦と罠。力で勝てないなら、知恵で補う。正面から戦えないなら、戦う前に仕込む。
ガンリュウの教えの核は、いつも同じだ。足りないなら、別の方法を探せ。
「カイト、あんた手から血出てるけど」
レイナに指摘されて見ると、糸で指を切っていた。しかも三箇所。痛みに気づいていなかった。
「あー……不運だな」
「それは不注意って言うのよ」
レイナが包帯を巻いてくれた。手つきが丁寧だ。
「あんたさ」
「ん?」
「不器用なくせに諦めないのだけは一人前よね」
レイナの声はいつもより小さかった。
「……ちょっとだけ、尊敬してる」
「え、今なんて──」
「何でもない! さっさと寝なさい!」
レイナが小屋の中に引っ込んでいった。
……聞き間違いじゃなければ、今のは結構嬉しい一言だったんだが。
手当てした指で糸を弄びながら、明日の蜘蛛退治の作戦を練る。
刀一本では足りない。糸が要る。罠も要る。頭も使う。
全部使って、ようやく人並みだ。でも──。
「それでいいんだよな、俺は」
夜空に呟いた言葉は、風に溶けて消えた。
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