第5話 俺にだって戦える
修行が始まって数日。
朝は日の出前に起きて走り込み。午前中は素振り千回。午後はガンリュウの指導で型の稽古。夕方は体幹を鍛える鍛錬。日が暮れたら倒れるように眠る。
地獄だ。楽しい地獄だ。
「遅い。腰が高い。足が開きすぎだ」
ガンリュウの指導は簡潔で容赦がない。褒められたことは一度もない。ただ毎日「明日も来い」とだけ言う。それだけで十分だった。
で、問題はこっちだ。
「はぁぁぁっ!」
レイナの木刀が上段から振り下ろされる。速い。俺はなんとか木刀で受けた──が、体がずしりと沈んだ。膝が地面にめり込みそうな重圧。
重力操作。レイナのユニークスキル【重力操作】だ。
木刀の打ち合いだけなら俺でもなんとか食らいつける。だがこいつは打撃の瞬間、重力を上乗せしてくる。受けた側は自分の体重が二倍三倍になったような感覚に襲われる。反則だろ、これ。
「どうしたの、もう終わり?」
「終わってたまるか……!」
押し返そうとして踏ん張る。だが足元の石に気づかず、右足がずるりと滑った。
バランスを崩した俺の胸元に、レイナの木刀の先端が突きつけられる。
「はい、あたしの勝ち。これで十五戦十五敗ね」
「……一回くらい手加減してくれてもいいんじゃないか」
「手加減して勝って嬉しい?」
「嬉しくはないけど、心は折れにくい」
レイナは鼻で笑って木刀を肩に乗せた。こいつ、師匠に似てきてるな。
スパーリングの合間に水を飲んでいると、レイナが不思議そうな顔で自分の手を見ていた。
「ねぇ、あんたの近くにいると、あたしの技、なんか出力落ちない?」
「え?」
「さっきの重力操作、本来ならあんたの体重を三倍にできるはずなんだけど。二倍くらいしかかからなかった気がする」
言われてみれば、最初の頃より受けやすくなっている気がしていた。俺の腕が上がったんだと思っていたが──違うのか。
「祖父ちゃん、これって……」
レイナが稽古を見守っていたガンリュウに声をかけた。ガンリュウは顎に手を当てて、少し考え込んだ。
「カイトの近くでは魔素が薄くなる。魔素を使った技は、当然出力が落ちる」
なるほど。俺の体質が周囲の魔素を消すなら、魔法や魔素を使うスキルは俺の近くで弱体化する。つまり──
「魔法使い相手には、有利かもしれんな」
ガンリュウがぽつりと言った。
有利。俺が、有利。生まれて初めて聞く言葉の組み合わせだ。
「とはいえ、今のお前では近づく前にやられる。足が遅すぎだ」
「はい……」
褒められたと思ったら即落とされた。この師匠、飴と鞭の配分がおかしい。鞭九割飴一割だ。
その日の午後。
ガンリュウが珍しく外出の許可を出した。
「山の南に小さなダンジョンがある。F級だ。周辺に弱い魔物が棲み着いている。見てこい」
見てこい。見るだけでいいのか。
「見るだけでいい。戦うな」
念押しされた。まだ早いということだろう。木刀一本持って、俺は山の南に向かった。
レイナが途中まで付いてきた。
「あたしも行く。あんた一人だと確実に迷うでしょ」
「迷わない」
「昨日、小屋からトイレに行く途中で迷ったくせに」
「あれは夜で暗かったからで──」
「言い訳しない」
ぐうの音も出ない。
ダンジョンの入口は岩壁にぽっかり空いた穴だった。中から湿った空気が流れてくる。魔素の匂い、というのだろうか。鼻の奥がツンとする感覚がある。
ダンジョンには入らず、周辺を観察する。倒木の陰にきのこ型の魔物がいた。図鑑で見たことがある。F級のスライムきのこだ。動きは遅く、攻撃手段は体当たりのみ。初心者向けの魔物。
「あれなら俺でも──」
「祖父ちゃんに見るだけって言われたでしょ」
「……はい」
大人しく観察していた、つもりだった。
背後から枝が落ちてきた。避けようとして足がもつれ、斜面を三メートルほど転がり落ちた。不運発動。
転がった先は──スライムきのこの群れのど真ん中だった。
「ちょっ、カイト!」
レイナの声が上から聞こえる。
スライムきのこが五匹、俺に気づいてぬるぬると迫ってきた。のろい。だが囲まれている。
「あー……見るだけの予定だったんだけどな」
木刀を構えた。逃げ道がない以上、やるしかない。
一匹目が体当たりしてきた。横に躱して、木刀を叩きつける。ぶちゅ、と嫌な音がして、きのこの傘が潰れた。倒した──のか? 動かなくなったから倒したんだろう。
二匹目。背後から来た。振り向きざまに殴る。当たった。だが木刀がぬるぬるの粘液まみれになって滑る。三匹目を振り払おうとして空振り。足を取られて尻餅。
四匹目が横からぶつかってきた。肩に衝撃。痛い。木刀を握り直して横薙ぎ。当たった。
「あんた、フォームめちゃくちゃ!」
「わかってる!」
上からレイナが叫んでいるが、降りてくる気配はない。自分でやれということか。厳しいな、ハヤセ家。
五匹目。最後の一匹が正面から突進してきた。
俺は木刀を両手で握って、真っ直ぐ突いた。ガンリュウに教わった突きの型──の、たぶん三十点くらいの再現。それでも、芯を捉えた手応えがあった。
スライムきのこがぴたりと止まり、そのまましぼんだ。
五匹。全部倒した。
粘液まみれ。泥だらけ。木刀はぬるぬる。服は破れている。擦り傷が五、六箇所。
格好悪い。泥臭い。見栄えは最悪だ。
でも。
「……やれんじゃん、俺」
息が上がる。手が震えている。でも、笑っていた。
F級の最弱の魔物。それでも、魔法なしで、スキルなしで、木刀一本で戦えた。
レイナが斜面を降りてきた。
「ひっどい格好。粘液くさいし」
「俺のせいじゃない。不運のせいだ」
「それ便利な言い訳よね」
口は悪いが、レイナの目は少しだけ柔らかくなっていた気がする。気のせいかもしれないけど。
小屋に戻ると、ガンリュウが戸口に立っていた。
俺の姿を見て、一瞥。粘液まみれの木刀を見て、もう一瞥。
「見るだけと言ったはずだが」
「すみません。転がり落ちまして」
「……お前らしいな」
ガンリュウが小屋の奥に入っていった。
戻ってきた時、その手には布に包まれた何かがあった。
布をほどくと、一振りの刀が現れた。
鞘は地味な黒塗り。だが抜くと、刃が夕日を反射して鈍く光った。木刀とはまるで違う、本物の重み。
「俺の国──ミヅキの武器だ。魔素を通さなくても斬れる。むしろ魔素を通さない方がいい刀だ」
ガンリュウが刀を俺に差し出した。
「お前に足りないのは武器だった。これで稽古をつけてやる」
手に取ると、ずしりと重い。だが不思議と手に馴染んだ。
「……いいんですか、こんな大事なもの」
「大事にするかどうかはお前次第だ。刀は振った回数だけ答えてくれる。近道はない」
俺は刀を両手で握って、頭を下げた。
「ありがとうございます、師匠」
初めて師匠と呼んだ。ガンリュウは何も言わなかった。ただ小さく頷いただけだ。
レイナが後ろで腕を組んで、にやにやしていた。
「あんた、祖父ちゃんに気に入られたわね。──ま、これからが本番だけど」
「わかってる」
刀を握る手に、力を込めた。
修行の本番が、始まる。
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