第2話 勇者は王都に行くらしい
翌朝、村の広場に人だかりができていた。
昨日の覚醒の儀の興奮が冷めやらぬ中、金の装飾が施された馬車が一台。フォルトナ村には似合わない、いかにも「お偉いさんが乗ってます」な見た目である。
俺は人だかりの後ろからつま先立ちで覗いていた。
「──レオ・フォルトナ殿。王立クロノス学園初等部への入学、ならびに第八王女フィーネ・クロニカ殿下との婚約をお伝えいたします」
使者の男は金縁の眼鏡をかけた堅物で、巻物をもったいぶって広げながら読み上げた。
入学。婚約。
……婚約?
「えっ、結婚?」
俺の声が思わず漏れた。周囲の視線が集まる。しまった。
「婚約であり、結婚ではございません」
使者に冷たく訂正された。すみません。
レオは使者の前に立って、困ったような顔をしていた。嬉しいとか誇らしいとかじゃなくて、純粋に困っている。
そりゃそうだ。昨日まで一緒に川で魚を釣っていた十二歳が、いきなり王女と婚約ですと言われても実感なんて湧くわけがない。
「あの、フィーネ……殿下? は、どんな方なんですか」
「聡明で慈悲深き姫君にございます」
「はぁ……」
レオの生返事に、使者の眉がぴくりと動いた。
まぁレオだ。王女だろうが何だろうが、こいつの反応は変わらない。
使者が一通り説明を終えると、村人たちがレオを囲んで大騒ぎを始めた。
勇者で王女の婚約者。村にとっては百年に一度の慶事だ。村長は目を潤ませ、おばちゃんたちは「小さい頃からいい子だった」と口々に言い、レオの母親は泣いている。
おばちゃんの一人が俺に気づいて、声をかけてきた。
「あら、カイト。あんたも何かいいスキルもらったんでしょ?」
「【不運】です」
「……あら、まぁ」
気まずい沈黙。おばちゃんは「が、頑張りなさいね」と言って足早にレオの方に戻っていった。気持ちはわかる。俺だってこの話題は早く終わらせたい。
俺はその輪から少し離れた場所で、塀に寄りかかって見ていた。
嫉妬、じゃない。レオにはそれだけの価値がある。勇者になるべくしてなったやつだ。
ただ──距離が、急に広がった気がした。
昨日まで隣にいた幼なじみが、急に遠い世界の人間になったような。いや、レオは何も変わっていない。変わったのは周りだ。
「カイト」
レオが人混みから抜け出してきた。こいつ、また俺のところに来るのか。
「お前、王女と結婚すんの?」
「婚約だってさ」
「違いがわからん」
「俺もわからない」
二人で笑った。でも笑いの奥に、どこか掴めない空気がある。
「……いつ出発するんだ?」
聞きたくなかったけど、聞かなきゃいけないことだった。
「明後日だって」
「早いな」
「うん」
レオにしては珍しく、言葉が少ない。
ちょっと考えて、俺は口を開いた。
「俺も行く」
レオが目を丸くした。
「王都に?」
「クロノス学園。俺も入る」
「でも──」
「編入試験があるだろ。調べたんだ、昨日の夜。寝れなかったからな」
嘘だ。調べたんじゃなくて、前から知っていた。レオがどんなスキルを引いても、こいつが王都に行く可能性はあると思っていた。だから、万が一のために調べておいたのだ。
万が一がこんなに早く来るとは思わなかったけど。
「規格外には初等部の入学資格がございません」
背後から使者の声が刺さった。振り返ると、金縁眼鏡がこちらを見下ろしている。
「クロノス学園はB級以上、もしくは特別推薦を受けた者のみ入学を許可されます。規格外の【不運】では──」
「中等部の編入試験がある」
割って入ったのは村長だった。
白髪頭のおじいさんが、杖をつきながらゆっくり歩いてくる。
「三年後の中等部編入試験は、スキルの格に関係なく受験できるはずじゃ。実技と筆記で一定以上の成績を取れば入学可能。間違いないかな、使者殿」
使者は眉をひそめたが、しぶしぶ頷いた。
「……規定上は、そうなっております。しかし規格外が編入試験を突破した前例は──」
「前例がないなら、こいつが最初になればいいだけじゃ」
村長、かっこいいな。
使者は何か言いたそうだったが、それ以上は何も言わずに馬車に戻っていった。
去り際、使者が踏み石に躓いてよろめいたのが見えた。……俺の近くにいたせいか? いや、さすがに考えすぎだ。たぶん。
「三年か」
俺は呟いた。三年。長いようで短い。
レオが王都で勇者として鍛えられている間に、俺はこの村でどうにかして強くなる。魔法が使えなくても、レベルが上がりにくくても、方法はあるはずだ。
編入試験は実技と筆記。筆記はまぁ、勉強すればなんとかなる。問題は実技だ。魔法が使えない俺がどうやって戦闘試験を突破するか。
剣か、槍か、弓か。何か武器を使うしかない。だが村には戦い方を教えてくれる人間がいない。農家しかいないのだ、この村は。
──師匠が、いる。
「カイト」
レオが俺の方を向いた。夕陽が差し始めている。もう一日が終わる。明後日にはこいつはここにいない。
「三年後、絶対に来いよ」
「当たり前だろ」
「編入試験、落ちたら笑う」
「笑うなよ」
「冗談。……待ってるから」
レオの顔は笑っていたけど、目は笑っていなかった。
真剣だった。
俺も、精一杯カッコつけて返した。
「絶対に追いつくから」
言った瞬間、風が吹いて砂埃が目に入った。
不運にもほどがある。せっかくいいシーンだったのに、涙目で台無しだ。
「……泣いてるのか?」
「砂だよ砂! 目に入ったんだよ!」
「はいはい」
レオが笑う。今度はちゃんと、目も笑っていた。
その夜。
布団の中で、拳を握った。
三年。千日とちょっと。
俺には勇者のスキルも、天才の才能も、金も人脈もない。あるのは規格外のハズレスキルと、溝にハマる足腰だけだ。
でも。
約束した。絶対に追いつくと。
男が一度口にした約束を撤回するわけにはいかない。
──まずは、強くなる方法を探さないと。
翌々日。
レオが馬車に乗り込む朝が来た。
村人が総出で見送りに来ている。レオは一人一人に丁寧に頭を下げて、最後に俺の前に立った。
「じゃあ、行ってくる」
「おう」
長い別れの言葉なんていらない。俺たちの間に、そんなものは要らない。
馬車が走り出す。土煙が上がる。レオが窓から手を振った──ように見えたが、砂埃で目が開けられなかった。不運。
目を擦っている間に、馬車は街道の向こうに小さくなっていく。
馬車が見えなくなった後も、俺はしばらくそこに立っていた。
村人たちは三々五々散っていく。祭りの後みたいに、広場が静かになる。
「カイト、飯にするよ」
母さんの声が背中にかかった。振り返ると、母さんはいつも通りの顔をしていた。泣いてもいないし、心配そうでもない。
「……母さん、俺さ」
「三年後に王都行くんでしょ」
「なんで知って──」
「聞こえてたもの。声大きいんだから、あんた」
バレていた。
「止めないの?」
「死ぬの?」
「いや、死なないけど」
「じゃあいいじゃない。好きにしなさい」
母さんは振り返って家に歩き始めた。
その背中を見て、なんだか目頭が熱くなった。砂のせいじゃない。今度は砂のせいじゃない。
三年後、王都で。
そう決めたからには、今日から動く。まず必要なのは師匠だ。魔法が使えない俺を鍛えてくれる誰か。
街に行って探そう。きっと見つかる。
……根拠はないけど。
モチベーションになりますので、よければブクマや評価をお願いします




