第7話:ヒュギエイア様
洞窟の中に、張り詰めたような沈黙が流れていた。
ミーとフーが、俺の肩に乗っているヒヨコに対して、緊張しているようだった
「ヒュギエイア様だ……」
ミーとフーは声を揃えて、畏敬の念を露わにしている。
「え、ちょっと待ってくれ。二人とも、この子のことを知ってるのか?」
俺が戸惑いながら尋ねると、ミーがプルプルと震えながら答えた。
「もちろんだよ、ヤマダー! オーラムバードはね、星が一周する時間ごとに、その炎の中から生まれ変わるって言われてる、伝説の存在なんだよ!」
フーも、厳かな声で続ける。
「永遠の命で、万病を癒やし、黄金の恵みをもたらす化身。まさか、この森にいたんだ……」
俺はふと、ヒーのステータス画面を思い出していた。
【オーラムバード:レベル1461】
見間違いじゃなかった。
このレベルの数字は、この子は長い年月を生きて、転生した直後なのかもしれない。
まさか異世界のこんな平和な森で、伝説の存在に出くわすとは。
俺の肩の上で、ヒーが小さな胸を反らせた。
「エッヘン! 聞いたかしら人の子よ。私はとっても高貴な存在なのよ。敬いなさい」
まさに、生ける伝説。この森の生態系の頂点に君臨してもおかしくない存在だ。
(……だというのに)
「見た目は完全にヒヨコだよなぁ」
俺は思わず、心の声を口に出してしまっていた。
「あ⋯⋯」
ヒーの動きが止まった。
「……今なんて?」
「え? いや、その……可愛いなって」
「『ヒヨコ』って言ったでしょ! 私は高貴なるオーラムバードよ! まだ転生したばかりで、多少小さい姿をしているだけなんだから!」
抗議の声を上げながら、ヒーは俺の頬をペチペチと小さな翼で叩いてきた。痛くはない。むしろふわふわしてくすぐったい。可愛い。
「ごめんごめん、悪かったよヒー。君がすごい存在だってことは分かった。だって、この卵を見てみろよ。こんなすごい卵、普通の鳥には産めないだろ?」
俺が話題を卵に戻すと、ヒーはすぐに動きを止めた。
「ふふん、そうでしょ! 食べてみなさい! 私が分け与えたんだから!」
どうやら機嫌は直ったらしい。単純で助かる。というか、やっぱり中身も子供なんじゃないだろうか。
◆◇◆
気を取り直して、朝食の準備に取り掛かることにした。
今日のメニューは、ヒーが産んでくれた、うずらの卵サイズの『黄金の卵』だ。
調理器具なんて気の利いたものはないが、代わりになるものはある。
俺は洞窟の隅から、表面が平らで手頃な大きさの石板のようなものを持ってきた。
「よし、これをフライパン代わりにしよう。ミー、この石を洗ってくれるか?」
「わかったー!」
ミーが体内で浄化した清潔な水を勢いよく噴射し、石板の表面についた土埃をきれいに洗い流す。
「フー、この石板を下から炙って、熱してくれ。卵が焦げないくらいで頼めるかな」
「任せて」
フーが石板の下に潜り込み、炎の大きさを調整する。石板が徐々に熱を帯びていくのが分かる。
俺は熱された石板の上に、貴重な卵をコン、とぶつけて割り入れた。
ジュウウゥ……。
石の上で卵が焼ける心地よい音と共に、香ばしい匂いが洞窟に充満する。
うずらの卵サイズの小さな卵だが、白身は宝石のように白く輝き、黄身は濃厚な黄金色で、ぷっくりと盛り上がっている。
「すごい……本当に黄金色だ」
俺はそのままのスモールサイズの目玉焼きを、手でつまみかじった。
「――っ!?」
食べた瞬間、口の中に濃厚な旨味が爆発した。
とろりとした黄身は、まるで極上のクリームのように滑らかで、それでいて力強いコクがある。
ドクン!と心臓が強く脈打ち、胃のあたりから熱いエネルギーが全身に駆け巡るのを感じた。
ほんの数口でかじっただけなのに、内側から驚くほどの充足感が満ちてくる。昨日の探索の疲れが嘘のように霧散していく。指先まで力がみなぎり、視界がクリアになる感覚。
「うまい……! うますぎるぞ、これ!」
残りは、ミーとフーに分けた。
ミーとフーも残りの目玉焼きを食べて、感激しているようだ。
「当然よ!」
ヒーが飛び跳ねて喜ぶ。
ふと、気になって自分のステータスを確認してみた。これだけ体に変化があるのだ。もしやと思って見てみると……。
名前:ヤマダ (29歳・冒険者・元会社員)
レベル:10
特殊スキル:ハーモニー
(……レベルが、10も上がってる)
たった一口かじってレベル10になった。
うずらの卵サイズという体積の小ささに反比例して、やはり伝説のモンスターが生成した卵の経験値効率は、まさに桁外れらしい。
(すごいなこれ……)
よくよく考えてみると、この世界で「ノーストレス」に生きるためには、ある程度の自衛力は必要だ。レベルが上がれば体力もつくし、畑を耕したり、拠点を拡張したりするのにも役立つはずだ。自分のレベルは高いに越したことはない。
そして何より、俺の周りにはこんなに頼もしい仲間たちがいる。
水のミー。熱と光のフー。
そして、伝説の存在、ヒー。
(図らずも、3人合わせて「ヒーフーミー」で、数えうただな⋯⋯)
俺の、いや俺たちの、スローライフは一気に加速し始めた。




