第6話:多分、雛。
翌朝、俺は小鳥のさえずりと共に目を覚ました。
洞窟内の天井を見上げ、以前までの見慣れたアパートの薄汚れた天井でないことを再確認する。
(異世界なんだな⋯⋯)
横を見ると、フーがゆらゆらと優しい光を放って漂い、その傍でミーが体を休めていた。
洞窟内は、フーの熱とミーの浄化能力のおかげで、まるでホテルの空調が効いた部屋のように快適だった。
(さて、と……)
俺は音を立てないように起き上がり、リュックの中身を確認した。
残りの保存食はわずか。これが最後の1日分の食事だ。
(今日の目標は明確だ。「食料の確保」。これに尽きる)
ミーとフーのおかげで、水と住処、そして火は手に入れた。あとは安定した食料さえあれば、この異世界でのスローライフは盤石なものになる。
しばらくして、2人(という数え方でいいのだろうか)が起き上がってきたタイミングで、俺は声をかけた。
「ミー、フー。おはよう」
俺がそう言うと、2人は、それぞれ「おはよう」の意志を体の動きで示してくれた。
「俺はこれから食料を探しに森へ行ってくる。二人はここで待っていてくれ」
「ミーもいく!」
「僕もついていくよ⋯⋯」
2人から同時に返事が返ってきた。
俺は少し考えたが、今日は食料が見つかるまで遠くまで行くつもりだったし、ミーとフーの移動の負担をかけてしまうと思った。それに、これは俺がなんとかしないといけない問題でもあった。
「ありがとう。2人の気持ちは嬉しいけど、今日は探索範囲を広げようと思うんだ。終わる時間が読めないから今日は1人で行くよ。それに、2人には俺らの『基地』を守るという重要な任務をお願いしたい」
俺がそう言うと、2人は、どこか誇らしげに留守番を引き受けてくれた。
誰かに頼りにされて、大事な役割があるというのは嬉しいことなのだろう。俺もそうだ。きっと、人間もモンスターも変わらないのかもしれない。
◆◇◆
洞窟を出て、俺は森の奥へと足を進めた。
今日の森は天気が良く、木漏れ日が地面にまだら模様を描いている。
最初に会った魔道士の話や、町の人に聞いた噂通り、凶暴なモンスターに襲われる気配はない。時折、草陰から物音がするが、すぐに止んでしまう。
(平和だなあ……)
ただ、肝心の食料が見つからない。
色の鮮やかなキノコは時折見つかるのだが、毒があるかどうかの判別がつかないので、そこは一旦、スルーする。
(うーん、これは困った。誰かこの森に詳しい人に聞ければいいんだが……いや、ここなら詳しいモンスターになるのかな)
そんなことを考えながら、開けた草地に出た時だった。足元の草むらから、か細い鳴き声が聞こえてきた。
俺は足を止め、慎重に草をかき分けた。
そこには、鮮やかなレモンイエローの羽毛に包まれた、丸い生き物がうずくまっていた。
大きさはソフトボールくらい。見た目は完全に「ヒヨコ」だ。ただ、額に小さなクリスタルのような模様の突起がある。
(か、かわいい……)
俺は思わず和んでしまった。ステータスは、と。
【オーラムバード:レベル1461 】
(え⋯⋯)
俺の見間違いなのか。それとも、俺の脳内がとうとうバグったのか。まあ、この見た目だし、きっと大丈夫だよな。食料のこともあるし、ここで逃げるわけにはいかない。何か情報を得ないと。
どうやら、ヒヨコのようなモンスターは、小さな羽を震わせ、後ずさりしようとしているが、足が草に絡まっているのか上手く動けていない。
俺はしゃがみ込み、ゆっくり近づいた。
驚かせないように優しく声をかけた。
「怖がらないで。俺は敵じゃないよ」
俺の意志が伝わったのか、ヒヨコのようなモンスターの動きが止まった。
つぶらな瞳が俺を見上げる。
「……あなた、誰?」
幼く、あどけない声が、俺の耳と脳内に響いた。
「ヤマダだよ。人間だけど、君の敵じゃない。絡まってるみたいだから、今解くね」
そう言いながら俺は絡まっていた草を丁寧に解いてやった。
自由になったその子は、ピョコンと飛び跳ねて、俺の足元に擦り寄ってきた。どうやら警戒心よりも、人懐っこさが勝る性格らしい。
「ありがとう。おかげで、助かったわ」
「どういたしまして。君は一人かい?」
「そう。おなか空いて歩いてたら、絡まってたの」
ぐぅ、とその小さな体から音が鳴った気がした。
俺は苦笑しつつ、ポケットに残っていた保存食を取り出した。自分用の昼食にするつもりだったが、この愛くるしい生き物を放っておくことは、元社畜の荒んだ心には到底不可能なことだった。
「これ、食べる? ちょっとパサパサしてるけど」
俺が持ってきていた乾パンを砕いて差し出すと、その子は猛烈な勢いでついばみ始めた。
あっという間に完食すると、満足げに「美味しかった!」と飛び跳ねた。
「あなた、良い人ね」
「それは良かった。俺はヤマダだ。よろしく。君のことはなんて呼べばいいかな?」
「ヒュギエイア」
「え?」
「ヒュギエイアよ。よろしく」
(聞いたことの単語で、発音ができない!)
「ヒュギエイア、ね。よろしくね。あの、良ければなんだが、呼びにくいからヒーって呼んでもいいかな?」
「無礼な人間ね。まあ恩人だし、特別に許すわ」
その時だった。
カッ!
ヒーの額にあるクリスタルが強く輝いたかと思うと、ヒーのお尻のあたりから、コロンと何かが転がり出た。
「えっ?」
それは、ツヤツヤとした、少し黄金色に輝く卵だった。大きさは鶏の卵より一回り小さいくらい。
「こ、これ……卵だよね」
「見れば分かるでしょ。知能レベルが低いのかしら?」
ヒーは事もなげに言った。
「これ、あげるわ。お礼」
「え、俺に? これって……食べられるのか?」
「当たり前よ! 中には有難がる連中もいるわね」
俺は震える手でその卵を拾い上げた。
直感だが、これがただの卵ではないことが分かる。生命力に満ち溢れているのだ。
(もしかして、これってすごいものなんじゃ……そうだ)
「良かったら、一緒に生活しないか? 俺、今は1人だけど、仲良くなったモンスターたちと一緒に生活してるんだ。君と一緒ならきっと暮らしは楽しくなると思うんだ」
「あなた、だいぶ変わってるわね。まあ、いいわよ。助けてもらったし、暇つぶしにもなるわ」
「ありがとう! 俺たちの洞窟に案内するよ」
(暇つぶしか⋯⋯)
と内心疑問に思いながら、洞窟に引き返すことを決めた。
「運んで」
「承知しました」
俺はヒーをそっと抱き上げ、卵を大事にリュックに詰め、急いで洞窟へと引き返してみることにした。
◆◇◆
洞窟に戻ると、ミーとフーが出迎えてくれた。
「ただいま。新しい家族を紹介するよ」
「家族じゃないわよ」
肩に乗っていたヒーが俺の肩から下りた。
どうやら、ミーとフーは、驚いているようだ。
(まあ、ヒヨコ連れて帰ったら驚くか⋯⋯)
「ヒュギエイア様!」
ミーとフーは声を揃えて反応した。
どうやら俺は、とんでもないものを連れて帰ってきたのかもしれない。




