第51話:Kaleido Fiesta
「見えてきましたぞ、ヤマダ殿!」
馬車の速度がわずかに落ちた。大門と立派な街並みが見えてきた。
城壁は白く、陽光を受けてきらきらと輝いている。思っていたよりずっと大きく、思っていたよりずっと美しかった。
「あれが、王都……」
思わず声が漏れた。
その時――心地よいリズムで揺れる馬車の窓の外から、ヒュンッと空を切り裂くような高い音が聞こえてきた。
俺がカーテンを少しだけめくって青空を見上げると、そこには鮮やかな黄色い火花がいくつも弾けていた。
花火のように広がっては消え、また次の光が打ち上がる。夜空ではなく、昼の青に溶けていく。
これまで見たことのない、不思議な光景だった。
(昼間なのに花火……? この世界にもあるのか……)
「……あれは、いったい?」
俺の疑問に、聖騎士オルドランが、誇らしげに目を細めた。
「ああ、あれは魔法の火ですよ。両国の友好の証、そして皆さんが育てたあの花……『黄金の灯火』を模したものです」
黄金の灯火。
自分たちが関わった花が、こんな形で祝祭の彩りになっているとは思わなかった。
なんだか、くすぐったいような気持ちになる。
「綺麗だね、ヤマダ……」
リュックの隙間から、フーが揺らめく炎を小さくして呟いた。その声はいつもより少し静かで、どこか感慨深げだった。
「お空のお花だー!」
ミーも馬車の中でポヨンポヨンと跳ね、その振動が伝わってくる。
「悪くないわね……」
ヒーもどこか満足げに、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。
そんな和やかなひとときだったが、オルドランの隣にいる若手騎士カイルが振り返り、少し言い難そうに俺へ声をかけた。
「あの、ヤマダさん。王都に着いたら、カーテンを開けないほうがいいかもしれません」
「えっ、どうしてですか?」
「実は王都で、団長が今日『愛する人を連れて帰還する』なんていう噂が流れてるんですよ」
「……おい、なんだそれは」
オルドランが反応する。
俺も思わず、聖騎士の顔を二度見した。
カイルはバツが悪そうな、複雑な表情を浮かべながら続ける。
「あ、あくまで噂話ですよ? どうやら、団長が愛する人の元へ通い詰めて、とうとう愛する人を今日の祝祭のためにエスコートしてきた……みたいな話になってるみたいです」
「なんでそんなことになってるんだ」
オルドランが驚きながら疑問を口にする。
「おそらくは……団長がヤマダさんのところへ足繁く通ってたことを、結びつけたんじゃないですかね。その手の話が好きな人たちも、王都には多いですし」
「うーん、そうか……」
(たしかに、黒いエキスを求めて過剰なくらい、あの場所に来ていたしな……)
俺は、雨の中で薄まったコーヒーを楽しく飲む騎士団長の姿を思い出す。
意味不明な言葉を叫ぶ彼らの姿を思い出して、笑みがこぼれる。
「ところで、お前はどこでそんな噂話を聞いたんだ? 最近は遠征もあったし、そんな暇はなかったはずだが」
「え……? あ、たまたま人々の立ち話が聞こえてきましてー」
「おい、カイル! お前、何か隠していないか……?」
「ぼ、僕は関係ないですよ!」
「怪しいな……今度ゆっくり話を聞かせてもらうからな」
オルドランは疑いつつも、確証が持てないようだ。
カイルの視線が微妙に泳いでいるのが気になるが、今は追及する余裕もないようだ。
(愛する人か……その正体が俺たちだと分かったら、それはそれで面倒なことになりそうだ……)
人々の期待を裏切るにもほどがある。
俺はおとなしくカーテンを引いた。
「さあ、門を抜けますぞ!」
馬の手綱を握り、振り返って言う。
「ようこそ、王都フィリアへ!」
揺られる馬車の中で、大門を通ったであろうその時――地鳴りのような歓声が馬車を包み込んだ。
「おおおおおお!」
「聖騎士様だ!」
「オルドラン様!」
「おかえりなさい!」
それはまるで、優勝パレードの真っ只中に放り込まれたような熱狂だった。
カーテンの隙間から漏れる光と、絶え間ない拍手。馬車の車輪が石畳を踏む音すら、人々の声にかき消されていく。
(……この中に、河瀬さんたちもいるんだろうか)
俺は、つい先日別れたばかりの、あの賑やかな四人組の顔を思い浮かべていた。
彼らなら、こういう祭りの場にはしっかり顔を出していそうだ。
カーテンを僅かにずらし、隙間から覗き見ると、予想通り埋め尽くす人だかりだった。
老若男女、みんな晴れやかな顔をしている。そして、周りにはあの黄色い花々が至るところに飾られていた。白や赤の花々も混じり、街全体が色とりどりに彩られている。
それでも中心にあるのは、やはりあの黄色だった。人々の手にも、あの花が握られていた。
「ヤマダー、人とお花がいっぱいー!」
「綺麗……」
隙間からミーとフーも覗き見る。ミーは目を輝かせ、フーも思いを馳せている様子だった。
「そうだな……」
俺も思わずその景色に見入ってしまっていた。
騒がしいのは苦手だが、これだけ多くの人が笑顔でいる光景は、悪くなかった。いや、本当に良かった。
ふと、人混みの中に妙に目立つ人影が見えた。
黒いタキシードに、黒いサングラス。
体格は抜群で、頭は綺麗に剃り上げている。
(……この世界にも、要人警護の専門家みたいな人がいたのか……)
魔法の花火といい、まだまだ知らないことがたくさんあるらしい。
俺は感心しながら、視線を花々へと戻した。
そして馬車は、人々が囲む広場を抜け、王都の中心部――白亜の城へと向かっていった。
石畳の道が広くなり、周囲の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。
周囲が静かになった頃、オルドランが鎧をガシャリと鳴らして深く息をついた。
その表情は、先ほどまでの照れ笑いとは違う、どこか重さを孕んでいた。
「ヤマダ殿……実は、城に入る前に、謝らなければならないことがあるのだ」
「……え?」
(謝罪? なんだろう……)
聖騎士にまでなった彼が、わざわざこのタイミングで謝るようなことがあるのか。
「どうしたんですか?」
俺の問いに、オルドランは視線を伏せ、そしてゆっくりと俺を見つめた。
「国王陛下が、ヤマダ殿に会いたいと……」
「え、どうして……」
(たしか、あの卵のことは、俺たちからの献上ではないということだったはずだ)
「すまぬ、陛下の目は誤魔化すことができなかった……」
「と、言いますと……?」
「たまたま遠征で見つけたという説明が通じなかったのだ。ヤマダ殿から卵を譲り受け、献上したことを打ち明けてしまった。打ち明けざるを得なかったのだ。どうか許してくれ……!」
「となると、俺たちは……」
「これから陛下のもとへ案内することになる。申し訳ない! 騙すような真似を!」
「いえ、元々こちらが勝手なお願いをしたので気にしないでください。ぜひ、ご挨拶させてください」
「ヤマダ殿……!」
そう言って、オルドランは俺に深く礼をした。
その誠実さが、なんとも彼らしかった。
(まあ、よく分からないけど、来賓客みたいにおとなしくしておけば大丈夫かな……)
国王陛下に、一般人の俺が面会する。
それはそれで緊張する話だが、聖騎士様が同行してくれるなら、なんとかなるだろう。
「陛下は式典参加のために、まだ見えない。しばしお待ちいただいて良いだろうか?」
「ええ、構いませんよ」
「それでは、こちらへ」
そう言って、オルドランは俺たちを案内してくれた。
城の廊下は広く、天井は高い。足音がよく響いた。
ミーがまたリュックの中で跳ねようとしたので、「もう少し我慢してくれよ」と声をかけた。
「そしてもう一つ、ヤマダ殿に言わなければならないことがあるのだ……」
「いったい、何でしょうか……?」
(今度はなんだ……?)
俺は気を引き締めて、次の言葉を待った。
51話をリスタートしました。
ここまでお読みくださった皆さん、そして50話での完結後もブックマークや評価をいただいていた皆さん、本当にありがとうございます。
彼らの旅にもう少しだけお付き合いいただけたら嬉しいです。投稿曜日などは固定していませんが、週一以上での更新を目標にしようと思っています。のんびりお待ちいただけると幸いです。
また、同時進行で、別作品も連載しています。
ここまで読んでくださった皆さんならピンとくるかもしれません。ちょうどそちらも51話の投稿となりました。もし興味がありましたら、ぜひ覗いてみてください。
それではまた次回で。




