第50話:スロウライフは終わらない (that will make us smile)
ガタゴトと、心地よいリズムで馬車が揺れる。
車輪の規則正しい音、並走する騎士たちの鎧が触れ合う軽やかな金属音。それらすべてが、新しい日常の始まりを告げるプロローグの音楽のように聞こえた。
かつて、聖騎士オルドランから「一度、王都に来ないか」と誘われたとき、俺は首を振った。それは、ヒーフーミーたちのことも頭にあったのは事実だ。今の気ままな生活で十分だとも思っていた。
しかし、それだけじゃなかった。それ以上に、俺は怖かったのかもしれない。
自分から未知の領域や人々の中に飛び込むことに、まだ抵抗感があったんだと思う。これまでこの世界で関わってきた人たちは、向こうから声をかけてくれたり、俺が必要に迫られたりして出会った人ばかりだったからだ。
けれど、今は違う。
俺が行ってみたい。飛び込んでみたいんだ。
以前の孤独な社畜じゃない。今の俺の周りには、かけがえのない仲間であり、家族がいる。
「オルドランさん。……以前の王都へのお誘い、あれはまだ有効でしょうか。もしよければ、俺たちを王都へ一度、連れて行ってくれませんか?」
数日前、拠点のテラスで俺がそう切り出したとき、オルドランは驚いたように目を見開き、それからこれ以上ないほど嬉しそうに頷いてくれた。
この決断をする前に、俺はヒーフーミーたちへ事前に相談をしていた。
『みんなに相談があるんだ』
俺は不安を感じながら、そう切り出した。
『俺、王都へ行ってみたいと思ってるんだ。もしかしたら、何日かこの場所を離れることになるかもしれない。行った先で何が起こるか分からないし、みんなには少し窮屈な思いさせるかもしれない⋯⋯。だけど、俺について来てくれないか?』
俺のわがままだというのは分かっている。だけど、みんなと行きたいと心から思っての提案だった。
『行きたいー! おうとー!』
『僕も行きたい』
『もちろんよ』
そして、今。俺たちはオルドラン騎士団が護衛する立派な馬車に揺られ、王都へと向かっている。
窓の外を流れる景色を眺めながら、俺はこれまでの日々を静かに振り返っていた。
会社で社畜として人間関係とそのストレスに、心をすり減らしていた日々。ヴェリウスの召喚によってこの世界にやってきた日。そして、行き着いたあの森。そこで出会ったミー、フー、ヒー。
本来であれば言葉も通じないはずの存在だった彼らと、『ハーモニー』スキルが繋いでくれた不思議な絆。
最初はただ生きるために必死だった。それがいつの間にか、温泉を作ったり、コーヒーを作ったり、変な騎士団長に出会ったり。
ミーやフー、ヒーとの出会いをきっかけに、多くの人たちと関わることができた。そして、そんな心優しい人たちのおかげで、俺はまた新しい世界へ進むことができる。
ふと背中に意識を向けると、俺が背負ったリュックの中から、三人の賑やかな気配が伝わってくる。
そして、微かにあの『安心安全』のメロディが聞こえた気がしたが、俺の幻聴か?
「ヤマダ殿」
オルドランが、穏やかな声で語りかけてきた。
「今は、王都ではちょうど隣国との交友を祝い、祝祭を行っているところです」
「そうでしたか」
「ええ。また、街の活気に合わせてギルドの活動も非常に盛んになっています。多くの人々や冒険者が出入りし、かつてないほどの賑わいを見せていますよ」
ギルド、という言葉に、俺は少しだけ懐かしく、そして騒がしい連中の顔を思い浮かべた。
「あ、ギルドといえば、あの『ダリオスの翼』について新たに分かったことがありますぞ」
「有力な冒険者たちですよね」
「ええ、そうです! 相変わらずの活躍ぶりですよ」
俺は彼らの正体が最近になってようやく分かったのだが、あえて彼らとの関係性を説明せず、オルドランの話を聞いてみようと思った。
オルドランは続ける。
「王都で大旋風を巻き起こしていますよ。特にリーダーと思われる女性が身につけている宝石が、王都の冒険者たちの間でも注目を集めていまして。さらに、最近メンバーが一人増えたそうです。今は女性三人に男性一人の構成と聞いていますぞ」
つい先日、彼らと町で出会ったときのことを思い出す。
(⋯⋯みんな、彼らの一挙手一投足に注目しているのかもな)
俺は相槌をしながら話を促す。
「そうですか」
「ええ。それと、こんな話も聞いています。女性のメンバーが増えたと聞きつけて、『自分もダリオスの翼に加わりたい』と志願する若い女性冒険者が急増しているのだとか。どうやら、女性が多いグループですので、華やかな集団のようなイメージを持たれているようですな」
(なるほど。そんな誤解が生じてるのか。まるで、アイドルグループの二期生、三期生オーディションみたいだな)
「一方で、男性冒険者たちの間では、リーダーの強さから『死神』と一部で呼ばれているそうです。さらに、腕っぷし自慢の荒くれ者たちが、『一度手合わせ願いたい』『共闘してみたい』などと話す者も現れているとのことです」
俺は困惑してしまった。
まるで、華やかなアイドル志願者と、強面の荒くれ者たちが同時にチームへの加入を志願して押し寄せている。そのカオスっぷりは想像に難くない。
真相を知っている俺からすれば、その誤解も無理はないのだが。
「しかし、驚きました。まさか彼らが、王都でも指折りの権力を持つ、伯爵家の娘を仲間に引き入れるとは。あの集団、一体どこまで登り詰めるつもりなのか」
「ええ……っ!?」
思わず大声が出てしまった。それは初耳だった。
(道端で足蹴にされていたというか……置いていかれそうになって必死に追いすがっていたシスターっぽい子、そんな良いところの娘さんだったのか⋯⋯)
「名門の令嬢、まして修道女さえも必要とあらば仲間に加える大胆さには驚くばかりです」
彼女たちはそのことを知っているんだろうか、などと少し心配になったが、まあなんとか上手くやっていけるだろうな。たぶんだけど。
馬車の速度が少しずつ落ち、御者台から弾んだ声が響いた。
「さあ、皆さま! 前方に王都の大門が見えてきましたぞ!」
その瞬間、俺の背負ったリュックから、こらえきれないといった風に元気な声が飛び出した。
「おうとー♫」
「楽しみ」
「ふふ、二人ともあまり動くと落ちるわよ」
ミーの無邪気な歌声、フーの期待、そしてヒーの少しだけ心配そうな、けれど隠しきれない楽しげな声。
俺は大きく息を吸い込み、背中に伝わるその温かな重みをしっかりと噛みしめる。
思えば、遠くへ来たものだ。
あの森で彼らと出会い、共に笑い、共に季節を越えてきた。
どこへ行ったって、どんな困難が待ち受けていたって、俺は大丈夫だ。もう一人じゃない。
馬車の窓から顔を出すと、空はどこまでも高く、青く、澄み渡っている。
まだ見ぬ景色、まだ見ぬ人たちとの出会い。それを、俺は心の底から、全力で楽しもうと思った。
俺には、頼もしいが同時に癒しをくれる、最高の家族がついているのだから。
To be continued...
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
本作は、この第50話をもって一つの区切りとさせていただきます。
「最終話」という形ではなく「第50話」としたのは、彼らの物語がこれからも続いていくからです。
またいつか、ふとした瞬間に「第51話」を書き始める日が来るかもしれません。その時は、また彼らの日常を覗きに来ていただければ幸いです。
この物語を通じて、何気ない小さな優しさや思いやりが、いつか大きな愛として実を結んだらいいな、と願いを込めて文章を書いていました。
世知辛い世の中ですが、読んでくださったあなたの心に、少しでも、優しい何かを届けることができたのなら、作者としてこれ以上に嬉しいことはありません。
ここまで読んでくださった皆さま、温かい応援、評価やコメントいただき本当にありがとうございました。いつも励みになっていました。
あなたの日常が、輝きに満ち溢れることを祈っています。
それでは、またどこかで。




