第48話:Forecast
爽やかな朝の空気に包まれ、王都へと旅立つ河瀬さんたち4人を見送った。
彼らの背中が見えなくなるまで手を振り続けた後、俺はリュックを背負い直して、隣にいるヒー、フー、ミーに声をかけた。
「みんな、拠点に帰る前に一箇所だけ寄りたいところがあるんだ。付き合ってくれるかな?」
「もちろんよ」
「うん」
「お買い物ー? ミー、お腹すいたー!」
笑い合う三人を連れて向かったのは、商人クレメルの店だった。例の『お散歩』で見つけた、光によって色を変える不思議な石。これを彼に引き取ってもらおうと思ったのだ。
「おお、ヤマダ様! 今日はどのような御用で?」
店に入ると、クレメルは以前にも増して血色の良い、エネルギッシュな笑顔で迎えてくれた。
「こんにちは、クレメルさん。少し立ち寄っただけで。最近はどうですか?」
「ええ、おかげさまで益々繁盛しておりますよ! 騎士団の皆様が隣国の村を救ったという報せが届きましてな。両国の関係が劇的に改善したのです。商売も絶好調です」
「それは良かった。騎士団の皆さんも、いい仕事をされたんですね」
俺が感心していると、クレメルは少し声を潜め、だが誇らしげに語り始めた。
「実は、近いうちに王都にも店を出そうと考えているのです。ヤマダ様に譲っていただいたあの『卵』のおかげで、私の名前も、王都の貴族たちの間に浸透しましてな。一度は商売に失敗してこの辺境へ流れ着いた身ですが、もう一度、あの大舞台で挑戦してみたいのです」
クレメルの瞳には、確かな野心が、それでいて温かい情熱が宿っていた。
「ここは近いうちに違う者に任せ、私は自慢の商品をより多くの人へ届け、社会の役に立ちたいなと。……おっと、しがない商人の身の上話を失礼しましたな」
「いえ、クレメルさんの想いを聞けて良かったです。王都への出店、応援していますよ」
俺はそう言って、例の石を一つ取り出し、カウンターに置いた。
「あの、これ……また見つけたので、買い取ってもらえますか?」
「おおっ! これぞまさしく、今王都で話題沸騰中の希少石! 先日お話しした著名人の方々が身につけているとかで、相場が跳ね上がっているのです」
クレメルは値付けに相当悩んでいる様子だった。
「金貨4枚……いや、今の相場ならもう少し上か……うーん」と唸っている。
俺は、先日学んだ「通貨の常識」を思い出し、切り出した。
「あの、クレメルさん。もし金貨5枚だと相場より高いようでしたら、金貨と銀貨を混ぜてもらっても構いませんよ? 例えば、金貨4枚と、残りを銀貨何枚か、とか」
俺の提案に、クレメルは目を見開いて驚いた。
「……! ヤマダ様、本当によろしいのですか!? 失礼ながら、ヤマダ様のような御方には金貨以外での支払いは不敬にあたるのではと、ずっと気を揉んでおりまして……」
やはりそうだったのか。俺が相場を知らないせいで、逆に気を遣わせていたらしい。
「もちろんです。むしろ銀貨の方が使いやすくて助かります」
「ありがとうございます! では、金貨4枚と銀貨50枚。これでお取引願えますか?」
ずっしりと重くなった袋をリュックに収める。金貨だけだった時よりも、この重みが「この世界で生きている実感」を与えてくれる気がした。
「次は王都で、世界一の商人になってみせますよ! ヤマダ様も王都にいらしたときは、ぜひお声がけください」
「ええ、楽しみにしています!」
俺はつい思ったことを口にする。
「……あ、それと。もしかしたら、この石の価値、さらに上がるかもしれませんね⋯⋯」
「え?」
「いえ、何でもないです。それじゃ、また」
俺は少しだけ意味深に微笑んで店を後にした。これから王都へ向かう河瀬さんたちが、あの石の輝きをさらに広めてくれるだろうから。
◆◇◆
拠点である森の洞窟に戻ると、またいつもの穏やかな日常が始まった。お散歩をして、温泉に浸かり、花畑を見たり、森の中を探検したりする。そんな「ノーストレス」な生活。
そしてある日。聞き覚えのある、力強い蹄鉄のリズムが森に響いた。
オルドラン団長率いる騎士団の到着だ。ヒー、フー、ミーは先にお花畑へ遊びに行っており、俺は一人で洞窟内で整理整頓をしていた。
彼が「聖騎士」という伝説の称号を得たことは、既に魔道士ヴェリウスを通じて聞いていた。戴冠の儀まで済ませた伝説の存在。どう接すべきか一瞬迷ったが、結局いつも通りが一番だと思い至る。
テラスへ出ると、以前と変わらぬ快活な姿のオルドランが立っていた。
「お久しぶりです、ヤマダ殿! 早速ですが……例の黒いエキス、いただいてもよろしいかな?」
第一声がそれか、と予想通りで苦笑する。
◆◇◆
「ふぅ……。心が癒される。これこそが魂の救済だ……」
深く椅子に沈み込み、リラックスするオルドラン。落ち着いたところで、俺は声をかけた。
「町で聞きましたよ、オルドランさん。その……『聖騎士』になられたそうですね」
「うっ……やはり、隠し通すことはできませぬな……」
オルドランがゆっくり語り始めようとした瞬間、後ろにいた若手騎士のカイルが我慢できずに口を挟んだ。
「だーかーらー、言ったじゃないですか団長! 遅かれ早かれ耳に入るんですから、自分から言っちゃいましょうって!」
「お、お前という奴は……語らぬ騎士の美学というものが……」
「はいはい、その美学のせいで、ヤマダさんにかえって気を遣わせてますよ? だいたい国民のほとんどが知ってますからね? あ、分かった。自分の口から言わずに、他の人から話をヤマダさんに聞かせたかったんですね? はいはい、それねー。まあ、その格好つけたかった気持ち、僕も分かりますよー」
カイルが発言する度に、みるみる顔が赤くなり、肩を震わせるオルドラン。
「カイル! 貴様、帰ったら少々ハードなトレーニングだぞ。私は今、お前を強制的に回復させながら無限に扱き上げることができるのだからな!」
「え、僕、死ぬの⋯⋯?」
そして、追いかけっこを始める二人を見て、俺は確信した。彼らは、何も変わっていない。力が変わっても、この気楽な関係は続いているのだ。
◆◇◆
「……ヤマダ殿、お見苦しいところを見せてしまいましたな」
「いえいえ、いつものオルドランさんで安心しましたよ」
息を整えたオルドランは、改めて俺に向き直り、これまで起きたことを教えてくれた。
王への卵の献上に、隣国からの救援依頼。そして火炎の竜の討伐。あのレベル譲渡の『エスプレッソ』を飲んでから、以前よりも遥かに力が増し、魔法まで使えるようになったという。
「改めて、ヤマダ殿とヒー殿には感謝申し上げる。今の私には分かる。ヒー殿がどれほどの力を抑え、穏やかに過ごされているのかが」
「俺たちは、あなたならその力を、人々を守るために使ってくれると信じていました」
俺が微笑むと、オルドランは力強く頷いた。
「おかげで、以前の私なら断っていたかもしれない任務も、今回は自信を持って受けることができた。何より、団員たちが誇らしいのです。命を落とす可能性があると伝えても、全員が志願してくれた。彼らの覚悟を見くびっていたのは、私の方だったのかもしれませんな⋯⋯」
オルドランはふと、後ろで馬の手入れをしているカイルに目を細めた。
「あのカイルでさえ、炎に包まれ崩れゆく村の中、逃げ遅れた村人の救助を自ら買って出たのだ。炎を恐れず飛び込み、最後の一人を背負って戻ってきた時のあいつの顔は、一生忘れられん。私一人では、村人全員を救うことはできなかった。私は彼らを誇りに思うよ」
遠い目をしてつぶやいたオルドランだったが、ふと真剣な表情に戻り、俺を見つめた。
その時、明るい陽の光を、雲が覆い始めた。
「……だが、一つだけ心残りがあるのだ。ヤマダ殿、また一つ、頼みを聞いていただけないだろうか?」
「ええ、俺にできることなら何でも」
俺は、聖騎士となった彼の次の言葉を待った。




