第45話:Ever Gold
話を続けたヴェリウスは、ゆっくりと告げた。
「そして、国王は判断を下した」
「……それは、一体?」
俺は先を待てず、思わず尋ねる。ヴェリウスは俺の目をまっすぐに見つめて言葉を続けた。
「オルドランを、『聖騎士』に叙すると」
「聖騎士……?」
聞き慣れない、けれどどこか浮世離れした重みを持つその響きに、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
この世界に来てから色々な単語を覚えてきたつもりだったが、その言葉だけは、日常の延長線上にはない伝説の中の存在のように感じられた。
「そうだ。つい先日、王都にて戴冠の儀も執り行われた。本来なら国を挙げての祝祭になってもおかしくない慶事だ。この辺境にまでその噂が届くのも、もはや時間の問題だろうな」
「へえー……なんだか凄そうですね。正直、あんまりピンときてないんですけど。騎士団長よりさらに偉い、みたいな感じですか?」
俺の正直すぎる感想に、ヴェリウスはこめかみを押さえて、深く、深すぎる溜息をついた。
「……お前は、本当に何も知らんのだな。いいか、聖騎士とは、この国の長い歴史の中でも、かつてたった一人しか存在しなかったとされる伝説の称号だ。圧倒的な武力と魔力を兼ね備え、なおかつ、民を導く気高い振る舞い……。それらすべてを備えたと認められた者にのみ与えられる、いわば『生ける伝説』なのだよ」
「歴史に一人だけ……。じゃあ、オルドランさんは二人目の伝説になったってことですか」
「そうだ。名実ともに、彼はこの国の『盾』であり『剣』となった。もはや一介の騎士団長という枠には収まらん存在だ」
ヒーから譲渡された力。それが、一人の騎士団長を、歴史上の伝説へと変貌させてしまったのだ。
俺は少し考え、元社畜としての悲しい性か、極めて現実的な疑問を口にした。
「あの、ちなみに……聖騎士になると、具体的にどうなるんですか? そのメリットというか、特典みたいなのはあるんでしょうか?」
純粋な疑問を口にしたつもりだったが、ヴェリウスはまるでゴミを見るような目で俺を睨みつけた。
「……貴様という男は。メリットだと? 伝説の存在として、この上ない名誉と、すべての国民からの称賛、および生涯揺らぐことのない誇りが与えられる。それ以上でも、それ以下でもない」
「あ、はい……。つまり、ものすごく名誉ある肩書きを得たという感じなんですね」
「誇りと、そして相応の責任だ。生きる伝説となるということは、それだけ背負うものも大きくなるということだ」
「そうなんですか⋯⋯」
思わず感心してしまった。
「なんだか、めちゃくちゃ大変そうですね……。俺だったら、そんな重い肩書きをもらったらストレスで胃に穴が開きそうだ」
「……お前がいつか王国への不敬の罪で捕まらないことを、切に願っておこう」
ヴェリウスは呆れ果てた様子で首を振ったが、その表情はすぐに真剣なものへと戻った。
「そして、国王はもう一つ、重大な決定を下された。聖騎士となったオルドランを、世界の友好と平和のため、自国のみならず国を越えた救助活動……すなわち、突然に降りかかる災害や、凶暴なモンスターから人々を救済するために、派遣することを決めたのだ」
「国を超えての派遣……。それはまた、スケールの大きな話ですね」
国王の友愛精神、そして何より人助けを信条とするオルドランにはうってつけの役割だろう。しかし休む暇もなさそうだ。まさに「世界の英雄」としての、多忙な日々が始まるわけだ。
まあ、俺たちはこの静かな森のそばで、のんびりと暮らしているだけだ。オルドランがどれだけ有名になろうと、世界中を飛び回ろうと、俺たちの生活にはさほど影響はないだろう。
ただ、前のようにふらりとコーヒーやラテを飲みに来てくれる機会が減るのは、少しだけ寂しいなとも思った。
「……そうか、オルドランさんも大変なんだな」
どこか他人事のように頷く俺に、ヴェリウスが不意に、射抜くような鋭い視線を向けた。オルドランがこの出来事を隠していたのは、俺たちに気を遣わせないためだったのかもしれない。
「……ところで、お前に一つ聞きたいことがあった」
「え、何ですか?」
ヴェリウスは机の上に指をトントンと打ち付け、低い声で言った。
「例の、国王に献上された『オーラムバードの卵』だ。……あれは、お前の仕業か?」
心臓が跳ねた。
この男に嘘を突き通すのは厳しいだろう。だが、すべてを馬鹿正直に話す必要もない。
「……ええ。たまたま、手元に余っていた卵があったんです。それをオルドランさんに託して、国王に献上してもらいました」
「余っていた、だと?」
ヴェリウスが眉をぴくりと動かした。
「最近、王都周辺でモンスターが凶暴化しているという噂を聞きました。あの卵には、凶暴な魔物を遠ざける効果があると聞いたことがあったので……。俺みたいな人間が持っていても宝の持ち腐れですし、少しでも国のお役に立てればと。それで、俺の名前は伏せてお渡ししたんです」
ヴェリウスは何も言わず、俺の言葉を一つひとつ、ゆっくりと噛みしめるように聞いていた。その沈黙が長く感じられ、俺は少し落ち着かない気分になる。
やがて、ヴェリウスは椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた。
「そうか。やはり、お前だったか⋯⋯」
その声には、呆れと、それを上回る何かが混じっているようだった。
「いいか。今回の聖騎士戴冠。その決定打となったのは、オルドランの武勲だけではない。その『卵』が大きく寄与したと言われているのだ。お前も知っての通り、あの卵は極めて高値で取引される。それを私利私欲のために売ることもせず、民の安寧のために国王へ捧げた。その無欲さと、国民のために伝説の存在の卵を捧げた精神……。国王は、それこそが伝説の存在に相応しい振る舞いであると評価されたのだ」
ヒーの提案で差し出した卵が、そんな影響を及ぼすことになったとは。
「そうか……。お前は、本当に大した奴だな」
ヴェリウスの言葉に、俺は慌てて頭を振った。
「いえいえ、滅相もないです。俺は本当に大したことなんてしてません! 本当に、幸運が重なっただけなんです。あの卵だって、周りの人たちの助けがあったからこそで⋯⋯。何もかもたまたま上手くいっただけで……」
謙遜ではなく、本音だった。ここに来てからの俺は、いつだって誰かに助けられてきた。
「……俺、本当にダメな奴だったんです。毎日、時間に追われて、言われたことだけをこなして。それでも上手くいかなくて怒られてばかりで。自分のことすら、ろくにできなくて⋯⋯」
ヴェリウスは皮肉を言うこともなく、ただ静かに耳を傾けている。
「でも、ここに来て、ようやく気づけたんです。あの頃、俺と一緒に仕事をしてきた人たちの言葉や、厳しい言葉の裏にあった励まし。そんな当たり前だと思っていた優しさや思いやりに、今さらになって気付けるようになったんです」
失ってからようやく、自分がどれほど多くの想いに支えられていたのかを知った。
「だから、恩返しがしたかったんです。もう、ここにいない人たちもたくさんいるけれど……俺なりに、少しでもお世話になったみんなに、何か力になれたらって⋯⋯」
俺は絞り出すようにそう告げた。
前の世界のことを、目の前の男に話しても仕方がないとは分かっていたが、口にせずにはいられなかった。
「何言ってんだろ、俺。すみません、変な話をして」
改めて俺は、ついこの場にそぐわないことを言ってしまったことに気恥ずかしさを覚えた。
「そうか。お前は、本当に……」
ヴェリウスは窓の外を見ながら、小さく呟いた。その表情は、いつもの冷徹さとは違い、どこか穏やかなものだった。
「……話を変えよう。お前に渡すものがある」
ヴェリウスは椅子から立ち上がると、棚からずっしりと重そうな革袋を取り出し、俺の前のテーブルに置いた。
ジャラリ、と重厚な金属音が響く。
「え? これは?」
「お前に渡してくれと、『あの三人組』から預かったものだ」
「三人組……? もしかして、あの時の冒険者の?」
以前、この館で絶望の淵にいた彼らに、俺がヴェリウスを通じて渡したあの金貨。
「先日、王都からこちらへ戻ってきたあの女が、一人でやってきてな。奴が久しぶりにここに現れたのだよ。そして、『あの時にいた男性に渡してください』と伝言を預かった。……どうやら、お前の善意は正しく彼らに届いたようだな。金貨は『六十枚』だ。お前が私に託した額の、ちょうど倍だな」
一つの疑問が湧き上がった。
「……どうして俺だと? 俺はあの時、彼らに見えないように、あなたに金貨を渡していたはずじゃ……」
「奴らもお前が現れたタイミングに、道中でその違和感を不審に思ったのだろう。……まあ、『あなたが善意でそんなことをするはずがない』と、あの女に言い切られたのは心外だがな」
俺は袋を握りしめた。ずっしりと重い。
「それと、『ありがとうございます』とな。奴らもお前に救われたことを、ずっと忘れていなかったようだな。今は三人で、負傷した冒険者たちの救助活動なんかもやっているそうだ」
「……そうですか。無事だったんですね、彼らは」
俺は、その言葉を聞いて、深く安堵した。本当に良かった。
俺が、いや俺たちが、彼らに差し出したのはほんの少しのきっかけに過ぎない。その後の厳しい世界を生き抜き、これだけの金を稼ぎ出したのは、間違いなく彼ら自身の努力の成果だ。
窓の外では、夕焼けが街を赤く染め始めていた。
俺は、そばにいるヒー、フー、ミーのこと。そしてオルドランや例の三人組。この世界と前の世界。俺が今まで出会ったそのすべての人たちに思いを馳せていた。




