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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第40話:プレゼント

 夕闇が森の輪郭をぼんやりと溶かし始める頃、俺たちはようやく拠点の洞窟へと辿り着いた。背後の森からは夜の帳が降りる前の静かなざわめきが聞こえ、目の前には住み慣れた「我が家」が静かに佇んでいる。


 洞窟の奥からヒヨコ姿の伝説の存在、ヒーが姿を現した。


「おかえりなさい。案外早かったじゃない」


 ヒーの声には、いつもの凛とした響きが戻っていた。朝に見せた疲れの色は消え、どうやら精神統一による魔力の回復は無事に済んだらしい。


「ヒー、これおみやげー!」

「ヒーのために、選んだんだ」


 ミーがもちもちの体を揺らし、フーがゆらゆらと炎を揺らしながら、それぞれ川の浅瀬で見つけた石を差し出した。


 ミーが持っているのは、透き通った藍色の小石。フーが持っているのは、クリスタルのように透明で、キラキラと輝く不思議な石だ。


「あら……これは?」

「森の中の浅瀬で見つけたんだ。今日、ヒーは一緒に来られなかったから。二人が『ヒーが喜ぶものを持っていきたい』って言って、一生懸命探してたんだよ」


 俺が補足すると、ヒーは少しだけ目を見開いた。


 彼女は誇り高い伝説の存在だ。出会った頃の彼女なら、こうした些細な贈り物に対して、どう反応すべきか戸惑うような、どこか距離を置いた態度を取っていたかもしれない。


「そう……私に。嬉しいわ、ありがとう。大切にさせてもらうわね」


 予想に反して、ヒーは驚くほど素直に、以前よりもずっと慈しむように二つの石を受け取った。小さな羽で器用に石を抱え、噛みしめるように見つめている。その仕草は、強大な力を持つ伝説の存在というよりも、初めての贈り物に純粋に喜ぶ少女のように見えた。


「よかったー! ヒー、喜んでくれたー!」

「よかった」


 ミーとフーが嬉しそうに飛び跳ねる。その光景を眺めながら、俺はふと、ヒーの体調について考えを巡らせていた。


「ヒー、あれから体の方は大丈夫か?」

「ええ、おかげさまで。魔力の循環も正常に戻ったわ」


 彼女は事もなげに言う。だが、俺の心には小さなしこりが残っていた。


 昨日のオルドランへの「レベル譲渡」が大変な労力を要するものであることは、傍目から見てもなんとなく分かった。しかし、あの金貨を生み出す卵を産む行為だって、本当は、彼女自身の生命エネルギーを削る行為にならないだろうか。


(俺が望めば、金貨を産み出す卵を、彼女はきっと『大したことではない』と言って差し出してくれるのだろうな……)


 実は、薄々感じてはいた。けれど、今回の彼女の疲弊した姿を目の当たりにして、それははっきりとした認識へと変わった。


 伝説の存在だから大丈夫だろうと、どこかで甘えていた自分に気づき、胸が少し痛む。彼女の献身にこのまま無自覚に甘え続けることは、今の俺にはできなかった。


(この世界で俺は、誰かを一方的に利用したり、搾取したりすることはしたくない。せめてヒーに負担がかかるようなことは、今後できる限り避けていきたい)


 すでに手元には、ヒーのおかげで十分な金貨がある。けれど、それに頼り切るのではなく、自分たちの力でも、何とかできないだろうか。


 確かに、今の俺一人だけでやれることには限界があるかもしれない。けれど、ヒーにばかり犠牲を強いるようなことは、どうしても避けたかった。彼女の献身的な優しさに胡座あぐらをかきたくはなかった。


 もちろん、すぐに何かが変えられるわけではないかもしれない。けれど、自分に何ができるのか、俺なりに探していきたいと思った。


「……どうしたの? 難しい顔をして」


 ヒーが不思議そうに首を傾げる。俺は慌てて首を振った。


「いや、なんでもない。ただ、ヒーがプレゼントを喜んでくれてよかったと思って」

「ふふ、そうね。……プレゼントをもらったのなんて、考えてみれば、初めてだわ」


 ヒーがぽつりとこぼした言葉に、俺は胸を突かれた。


 あまりに強く、孤高な存在であったがゆえに、彼女はこれまでずっと、誰かから何かを与えられるという経験がなかったのかもしれない。


「彼らのおかげで力をもらったわ。一人の精神統一よりも、ずっとね。そうだ、今日の話を詳しく教えてくれない?」


 ヒーの言葉に、ミーとフーが身を乗り出した。


「あのね、川がすっごく綺麗でー! ミー、水鉄砲した!」

「お花も、いっぱいあったよ。あと、みんなでお昼食べたんだ」


 二人の話は、主語が抜けたり時系列が混ざったりと、お世辞にもまとまりがあるとは言えない。


 けれど、ヒーは一度も話を遮ることなく、穏やかな表情で二人の言葉に耳を傾けていた。時折「あら、それは楽しそうね」と相槌を打ちながら。


 ミーとフーの話を聞くヒーの横顔は、終始とても穏やかだった。


 形のある物をもらったこと以上に、自分を想って石を選んでくれた二人の気持ち。そして、帰りを待っている者へ届ける、今日あったことを話すこの時間。


 「今」という瞬間そのものが、何物にも代えがたい「プレゼント」だったのだろう。


 夜の静寂が拠点を包み込んでいく。


 楽しげな声を聞きながら、この穏やかな共同生活のために、俺は何ができるだろうと思った。ヒーの優しさに守られるだけでなく、俺も少しでも何かできないかを考えていた。

 

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