第39話:お散歩に行く
騎士団が去った翌朝。
「今日はお散歩行くよー」
そんなミーの提案で、今日は森の中をみんなでお散歩することになっていた。
その一方で、昨日のオルドランへの「レベル譲渡」は、想像以上に、ヒーの体力を削ったようだった。朝食の後、彼女はどこか眠たそうに、羽を休めている。
「ヒー、大丈夫か? やっぱり、昨日のあれは負担が大きかったんじゃないか」
俺が心配して声をかけると、ヒーは瞳を半分だけ開けて返事をした。
「……あら。私を誰だと思っているの? これくらいなんてことないわ。それに今日はミーたちとの約束があるんでしょ? 行ってらっしゃい。⋯⋯ただ、あなたたちがいない間、ただ待っているのも勿体ないから、少し本格的に魔力の回復をさせてもらうわ」
「魔力の回復?」
「ええ。精神統一のようなものよ。集中すれば、なまった体もすぐに元通りになるわ」
ヒーがふっと目を閉じると、彼女の周囲の空気がわずかに震えた。どうやら、深い瞑想に入るらしい。
(邪魔しても悪いし、今のうちに俺たちは出発するか……)
俺は静かに頷き、ヒーを起こさないよう、細心の注意を払って準備を始めた。
リュックには、騎士団が昨日置いていってくれた、保存の効く食事をいくつか詰め込む。社畜時代には考えられなかった、目的地を決めない純粋な散歩への出発だ。
◆◇◆
森の入り口は、心地よい木漏れ日に満ちていた。
先頭を元気よく進むのはミーだ。その後ろをフーが漂い、俺が最後尾を務める。
「あんまり行ったことない場所に行ってみよー!」
ミーが弾むような声で提案した。
「お、いいな。そういえばミーも元はこの森に住んでいたんだよな。どこかおすすめはあるのか?」
「うん! でもミー、大体は洞窟の周りで遊んでたから、遠くまでは知らないー」
「フーはどう?」
「僕もあんまり……。雨宿りできるところにずっといたから」
フーも控えめに付け加える。
「よし、それじゃあ今日は三人で開拓だな。ミー、道案内は任せたぞ」
「任せてー!」
しばらく歩くと、巨大な葉を茂らせるエリアに出た。かつてヒーが「テラスの屋根の材料になる」と教えてくれた『ギガントリーフ』が落ちている。
この葉にも、色々思い出があるなと懐かしくなる。この辺りまでは俺も来たことがあるが、その先は未知の領域だ。
「この先は、俺も初めてだ。何があるんだろう?」
「今日は、最初から、水が沢山ある場所を探すつもりー!」
ミーの元気な回答に、俺は思わず顔を綻ばせる。
「最初からそれが目的だったのか。それじゃあ、その水場を目指そうか!」
まるで遠足に来た孫を見守るおじいちゃんのような気分だ。だが、そんな緩い関係が、今の俺にはたまらなく心地よかった。
さらに三十分ほど藪をかき分けて進むと、涼やかな水の音が聞こえてきた。
「川ー!」
ミーの叫び声に続き、目の前が開けた。
そこには、驚くほど澄み切った川が流れていた。底にある色とりどりの石がはっきりと見える。
「ミーは、川も好きー!」
ミーはそのまま川辺へ飛び込み、ぷかぷかと水面に浮かび始めた。フーも興味深そうに、水面に近づいて中を覗き込んでいる。川の中には、見慣れない小さな魚や、不思議な光沢を持つ水生生物たちが泳いでいた。
そして、川沿いには『たんぽぽに似た花』が、自生しているのを見つけた。
「あ、この花。オルドランさんが探してきてくれた花と似てるね」
俺の曖昧な説明から環境に適した花を見つけ出してきたオルドランさんの努力には、改めて感謝しなければならない。
「フー、あのお花畑は、あれからどう?」
「うん。みんな綺麗だよ。どのお花も好き」
フーの無垢な言葉に、心が温かくなる。
ふと見ると、川をさらに上流へ遡ったところに、小さな滝と、そこから広がる浅瀬の遊び場を見つけた。
「わーい! 水場だー! 滝もあるー!」
ミーがはしゃいで駆け寄る。俺も靴を脱ぎ、裸足になって水に入った。
「うわ、冷たくて気持ちいい!」
その瞬間、パシャリと顔に水がかかった。ミーが水鉄砲のように、口(?)から水を飛ばしてきたのだ。
「うお、やられたな! それならこっちも……!」
俺も負けじと水をかけ返す。ミーと俺の、とりとめのない水遊びが始まった。
ふと、フーのことが気になり、声をかける。
「フー、水は大丈夫か? 水がかかると、やっぱりまずいよな?」
「ううん、僕は大丈夫。水かかっても全然平気。それに……僕はミーの攻撃なんて当たらないよ」
「あはは。まあ、フーが大丈夫って言うなら信じるけど、あまり無茶しちゃダメだぞ」
フーがミーを挑発するように水面スレスレを飛ぶ。ミーは必死に水鉄砲を連射するが、フーは揺らめく炎の動きで軽々と、そのすべてをかわしていった。
ひとしきり遊んだ後、俺たちは川辺の平らな岩の上で一休みすることにした。
水から上がってきたミーを見て、俺は思わず目を見張った。
「お……ミー、すごいな。全然濡れてないじゃないか」
ミーの体は強力に水を弾いていたのか、もとの姿のままつるんとしている。
あまりの質感の美しさに、俺は我慢できず、その身体にそっと指を伸ばした。
「……あ、気持ちいい肌触りだ」
指先から伝わるのは、極上のシルクのような滑らかさと、吸い付くようなしっとり感。
「あ、ごめんミー。思わず触っちゃった」
「ううん、ミーも気持ちいいー!」
ミーが嬉しそうに身体を揺らすので、俺は調子に乗って、両手でもちもち、ぷにぷにとその感触を堪能してしまった。いくらでも触っていられる。これは、ストレスを一瞬で溶かしてしまう肌触りだ。
「ヤマダーは、あったかいねえー」
ミーが俺の胸元に飛び込んできた。俺はそのまま、ぬいぐるみのように、ミーをぎゅっと抱きしめる。腕の中に収まるもちもちした重み。あまりの癒やしに、俺の顔はすっかり緩みきっていた。
それを見ていたフーが、羨ましそうにゆらゆらと近づいてきた。
「お、フーも触りたいか? こっちおいで」
フーが俺のもう片方の腕に収まってから、ミーの方に移動した。火を制御しているフーの身体は、熱くない。むしろ、適度な弾力があって、なんだか昔見た懐かしいゴム製の弾むボールみたいだな、なんて思ってしまう。
もちもちのミーと、ぷにぷにのフー。
俺たちは川のせせらぎを聞きながら、三人でくっついて寄り添い、穏やかな時間を過ごした。
「よし、そろそろお昼にしようか。食事を持ってきてるんだ」
俺は川辺の大きな岩の上に布を敷き、準備を始めた。
オルドランが提供してくれた高級な燻製肉、焼きたてのパンに似た香ばしい粉、そして新鮮な果物。これはもう散歩というより、立派なピクニックだ。
木漏れ日が揺れる中、鳥たちのさえずりをBGMに、三人で食事をとる。
「ミー、この場所好きー!」
「僕も、ここ落ち着くから好き」
「そうか。フーは水場は苦手かと思ってたけど、気に入ってくれてよかったよ」
食後、俺は柔らかな草の上にゴロンと横になった。見上げれば、木々の隙間から見える空はどこまでも高く、青い。
ふと川に目をやると、ミーが体を広げてぷかぷかと浮いている。そのまま少しずつ下流へ流されているのが見えた。
「おいミー、大丈夫か?」
「大丈夫ー。流されるの楽しいー」
どうやらミーにとって、この川は天然の流れるプールのようなものらしい。流れに逆らって戻っては、また流される。そんな動作を延々と繰り返している。
フーの方は、近くの植物をじっと観察していた。通常であれば、自分の火が引火する恐れを心配しないといけないが、今のフーは植物に触れそうな距離まで近づいても、熱を完璧に抑え込むことができる。
「……平和だな」
この前のギガントリーフの一件もそうだが、この森にはまだまだ知らない植物や不思議が溢れている。ヒーに、他の植物についても詳しい話を聞いてみたいものだ。
そんなことを考えていると、フーが提案した。
「ヒーにお土産持って行きたい。この綺麗な石、ヒー、喜んでくれるかな」
フーは浅瀬そばの陸地から、クリスタルのように透き通った小さな石を、そっと拾い上げた。拠点を守ってくれている彼女へのお土産にするようだ。
「ミーも、綺麗な石、持っていくー」
ミーも負けじと、綺麗な石を探している。
「いいお土産が見つかったな。それに……この場所のこと、ヒーに教えてあげよう。みんなのお気に入りの場所になったって、たっぷり土産話を聞かせてやらないとな」
「お気に入りー」
「うん」
日が少しだけ傾き始めた。俺たちは、お土産を抱えて帰り支度をした。
「よし、そろそろ戻ろうか。ヒーが待ってくれているからな」
「今日楽しかったー!」
「僕も。また来たいな」
「ああ、もちろん。今日はありがとう! ミー、フー!」
俺は、貴重な時間をくれた二人に感謝した。
「どういたしましてー!」
「うん」
俺たちは、夕暮れに染まり始めた森を抜け、ヒーの待つ拠点を目指して歩き出した。
お気に入りの場所のこと。それにリュックの中の綺麗なお土産を抱えて。




