第36話:火のないところに煙は立たぬ?
拠点の斜面を埋め尽くした黄金色の輝きは、数日が経過しても衰えるどころか、さらにその密度を増しているようだった。
その光景をテラスから眺めていた俺の耳に、賑やかな足音が届いた。
「ヤマダ殿! 先日お話したとおり、今日は我が団の者もこの光景を見せるべく連れて参りました!」
そう言って現れたのはオルドランで、その背後には騎士団員たちが控えていた。
「ヤマダー! おきゃくさんー!」
「こんにちは」
そばで遊んでいたミーとフーが駆け寄り、騎士団に挨拶をする。
「ミー殿、フー殿、改めて騎士団を代表して感謝申し上げる!」
「どういたしましてー」
「こちらこそ⋯⋯」
フーは、少し照れくさそうに俺の方を見た。
先日、初めてオルドランがこの景色を見たときに、他の団員も連れて来て良いか確認され、ミーとフーも快諾していたのだ。
「……話には聞いていましたが、まさかこれほどまでとは⋯⋯」
黄金の庭を見た一人の騎士が、感嘆の声を漏らした。それにつられるように、他の騎士たちも口々に驚きを口にする。
そんな中、一人の若手騎士が、にやにやとした表情でオルドランの隣に並んだ。
「団長、本当に良かったですね! 偏屈な植物学者にまで、深々と頭を下げた甲斐がありましたね!」
ピキッ、とオルドランの肩が跳ねた。
「……おい、カイル、何を言うか!」
「だって本当じゃないですか。この土地の特徴を細かく記録して持っていって、『この条件で確実に大輪を咲かせる黄色い花はないか』って、団長が必死に質問をして」
「やめろ」
「種を譲ってもらった帰りでも、『ヤマダ殿や皆さんに喜んでもらえるだろうか』って、ずーっと独り言を言って団員たちは心配してたんですよ」
「余計なことをベラベラと話すのではないっ⋯⋯! 語らぬ騎士の美学というものを知らんのか!」
顔を真っ赤にしたオルドランが怒鳴るも、カイルの話は止まらない。
「この前だって『あの種はちゃんと芽吹いているだろうか。もし枯れていたら皆が悲しむのではないか』って……あだだだだ!」
「もう許さん! 貴様は帰ったら稽古だ! 覚悟はできているだろうな? おい! 待てッ!」
「そんなー! 僕は団長のためを思って話したのにー!」
脱兎のごとく逃げ出した、カイルと呼ばれた騎士団員を、オルドランが必死の形相で追いかけていく。その様子は、王国最強の騎士団長というよりは、好きな子の名前を、みんなの前でバラされた思春期の少年のようだった。
(本当にありがとう⋯⋯)
俺は心の中で、その不器用な優しさに深く感謝した。
◆◇◆
ひとしきり追いかけっこが終わり、他の団員も庭の散策を楽しんでいる間、俺とオルドランはテラスの椅子に腰を下ろした。
「……大変失礼した。お見苦しいところを」
「いえ。あの日、ミーとフーがあんなに喜んだのは、オルドランさんが、それだけ一生懸命選んでくれた種だったからかもしれませんね」
俺がそう言うと、オルドランは少し照れくさい表情をしたが、すぐさまバツが悪そうに視線を逸らしコホンと咳払いをして話題を切り替えた。
「……ところで、ヤマダ殿。もしよろしければ、王国の情勢についても、少し話しておこうと思ってな」
彼の表情が、真剣な仕事の顔に戻る。
「相変わらず、周辺ではモンスターの凶暴化による目撃情報が絶えん。……だが、幸いなことに、例のギルドへの委託が上手く機能し始めていてな。被害は最小限に抑えられている」
「それは良かったです」
「ああ。それから、面白い噂を耳にしてな⋯⋯」
オルドランは話を続ける。
「詳しい正体は不明なのだが、王国周辺の森で、負傷した冒険者や一般の者を、無償で応急処置して保護し、回復させている者たちがいるらしい」
「それは素晴らしい活動ですね」
「ああ。それに救助された者たちからは、一銭の報酬も受け取らず、嵐のように現れては去っていくのだとか。その清い精神は、我らとしても手本とすべきものですな。もし会う機会があれば、ぜひお礼を伝えたいところです」
この世界にも、ボランティア精神の溢れる、殊勝な人たちがいるもんだなと感心して話を聞く。
「話は少し変わるが、他にも面白い話があります。ヤマダ殿は、漆黒の竜を知っておられますか?」
「漆黒の竜ですか?」
確か、魔導師ヴェリウスから聞いた話で、例の三人組が討伐に向かった相手だったことを思い出す。
「ええ、名前だけは聞いたことがあります。確か大変凶暴なモンスターだとか⋯⋯」
「ご存知でしたか。ご理解の通りです。そのブラックドラゴンが、ある冒険者たちによって討伐されたとのことです」
「そうでしたか!」
思わず相槌の声が弾んでしまう。
「ああ。あのモンスターは気性が荒いだけでなく、実力のある冒険者たちが束になっても一筋縄ではいかない程の力を秘めていましてな。それに、あの渓谷の辺りは他国との境にあり、交易の要所なのだが、奴のせいでルートが完全に塞がっていたのだ」
「そうだったんですか」
「我が騎士団にて、討伐する案もあったのだが……私はともかく、他の団員を預かる身として、団員全員の命の保証ができないゆえ、中々手が出せずにいたのだ。その冒険者たちの素性も、まだ分かっていないのだが、深く感謝せねばな」
俺は内心で、深く安堵した。あの町で出会った三人組、彼らがやり遂げたのだと確信していた。どうか怪我なく無事でいてほしいなと思わずにはいられなかった。
「そういえば、以前少しだけお話した『ダリオスの翼』というパーティーについても、情報が入った」
確か、最近実力をつけてきた冒険者たちだったか。この間初めて聞いたときに、『イカロスの翼』みたいなネーミングだな、と感じた記憶が蘇った。
「ええ、覚えています」
「どうやら男女三人の構成だそうだ。『女性二人』『男性一人』のパーティーだったという目撃証言がある。他の冒険者たちが、凶暴なモンスター相手に苦戦していたところを彼らに助けられた、と話す者もいてな」
『女性二人』『男性一人』のパーティーか。正直なところ、冒険者は男性ばかりのイメージがあった。この世界では女性の冒険者も決して珍しくないんだと思いながら話を聞く。
「素性が分からないが、その実力も相当なものらしい。強き者が傷ついた者を助ける。どうやら、ギルドという組織には、『相互扶助』の精神が根付いているのかもしれんな」
オルドランは、遠くを見つめるように目を細めた。
「ヤマダ殿にはあまり関係のない話ばかりだったかもしれないですな。かたじけない」
「いえいえ。最近の様子を知ることができて、大変ありがたいですよ」
「それなら良かった。少しでもお役に立てれば何よりです」
彼はハハッと笑みを浮かべていた。
そして、オルドランはしみじみと話をした。
「ギルドの活躍を聞いていると、我ら騎士団も、助け合いの精神を持たねばならんと痛感しました。我が主である王も、かねてより『友愛』を重んじておられましてな。今後は傷ついた者の保護や救済も含め、ギルドと積極的に協力できるよう進言してみるつもりでおります。我々は、人々を救うことのできる騎士団でありたいと思っているのです」
オルドランの言葉には、強い信念がこもっていた。この人は、本当にこの国を、そして人々を愛しているのだと思う。
「漆黒の竜のような強大なモンスターは、各地にもおるのですが、まずは王国周辺のモンスターたちから、目の前の人々を守らねばなりませぬ」
その言葉からは、オルドランの秘めた決意を感じざるを得なかった。
ふと、近くから視線を感じた。
隣を見ると、ヒーがいつになく真剣な表情でオルドランの話に耳を傾け、そして今度は俺を見つめていたようだ。
彼女はオルドランに聞こえないよう、俺の耳元で小さくささやく。
「ヤマダ……少し、いいかしら。彼から離れたところで、話したいことがあるの」
ヒーから改まって提案されるなんて。
「分かった」
俺はオルドランに会釈して席を立つと、ヒーに導かれるようにして、洞窟の方へと歩き出した。




