第31話:得体の知れない奴ら
「あいつらは――」
ヴェリウスはそこで言葉を切り、深く溜息をついた。その吐息には、隠しきれない畏怖と、どこか深い疲れが混じっている。
「……お前に言われた通り、金貨三十枚を元手に装備を整えさせ、私の元で数日、この世界の最低限のイロハを叩き込んだ。そして数日前、奴らは旅立っていったよ」
俺はそれを聞いて、ホッと胸をなでおろした。
「そうですか。無事に旅立てたんですね。あの日の彼らの弱りきった姿を見ていたから、少し心配だったんです。本当に良かった」
「『心配』だと? ふん、お前という男は、本当に何も分かっていないのか。それとも、全てを知った上で、私を試しているのか」
ヴェリウスは立ち上がり、書斎の窓際に歩み寄った。外には平和な町の景色が広がっているが、彼の視線はもっと遠く、ここではないどこかを見つめるようだった。
「いいか。この世界において、能力とは『魂の写し鏡』のようなものだ。その者がこれまで何を経験し、何を積み上げ、何を切実に願ったか……。それが形を成したのが固有のスキルというわけだ。お前の『ハーモニー』というスキルも、調和と平穏を望むお前の在り方そのものであるようにな」
「魂の、写し鏡ですか⋯⋯」
確かに俺は、前の世界でギスギスした職場の人間関係が嫌だったし、出来るならみんなと仲良くしていきたいと思っていた。それなら、俺に与えられたこのスキル『ハーモニー』が、異種族との意思疎通であるのも納得がいく。
ヴェリウスは、言葉を噛みしめるように続けた。
「そうだ。そして、あの三人組のスキルは……。私がこれまで見てきたどの冒険者とも、根本的に質が違っていた」
「そうですか! 特にあのリーダー格の男性は、熱意に溢れていましたからね!」
思わず俺は言葉を挟んでしまったが、ヴェリウスからは予期せぬ反応が飛んできた。
「男ではない⋯⋯『女』の方だ⋯⋯」
「女性ですか⋯⋯?」
意外な回答に面食らった。正直なところ、俺は熱意に満ち溢れた男性の方ばかり見ていて、女性の方は正直印象に残っていなかったのだ。
「あの女の魂には、一体何が刻まれているのだ⋯⋯」
ヴェリウスの背中が、微かに震えた。
「奴の放つ光の柱は、魔法という概念から大きく逸脱している。魔法とは本来、己のイメージを魔力で具体化させるものだ。だが、奴の光は違う。あれは、純粋な熱を伴う『破壊』そのものだ。奴はそれを一瞬のうちに……。一体どれほどの修練を積めば、あんな冷徹で過酷な技が身につくのだ?」
(光の柱?⋯⋯)
俺は首を傾げた。
あの日見た彼女は、必死に明日を生きようとする、普通の女性に見えたのだが。
「うーん。でも、そんな悪い感じの人には見えなかったですけどね」
「見えなかっただと? お前は、全てを焼き尽くすあの凶悪な光を、まるでただの『作業』のようにこなす奴をそう評するか」
ヴェリウスは力説する。
「先ほども言ったように、スキルはそれまでの個々人の生き方を反映するものだ。もし何かを具現化するスキルであるなら、その対象と強い結び付きがあるはずなのだ。それがあの光だとするならば、あの女は、その光を浴びてきた人間か、それとも、光を与え続けてきた人間のどちらかだ」
「というと⋯⋯?」
俺は混乱して思わず尋ねる。
「あれほど正確無慈悲な光を具現化することのできる人間だ。おそらくその光を拷問のように受けてきた人間か、もしくは、その逆を行なってきた極めて残忍な人間かということだ。考えるだけでも恐ろしい。奴は一体⋯⋯」
俺はそんな狂気じみた話を、にわかに信じることはできなかった。
「奴の恐ろしさはそれだけではない。戦況に応じて、二つの異なる光を使い分けていた」
「二つですか⋯⋯」
「そうだ。一つは、高密度の光を凝縮して叩き込む強力な一撃。強力な装甲や防御魔法すら一撃で貫通し、対象の核をピンポイントで炭化させる。あの威力、あの正確さ……数百回、数千回と放たなければ到達できん領域だ」
「なるほど。一点集中ってことですか」
「そして、もう一つの技だ。広範囲に光を連続で浴びせる技だ。一撃ほどの威力はないが、絶え間なく周囲に光を撒き散らして熱を浴びせていた。あの光の柱を、その状況に応じて使い分けることなど想像もつかなかった」
(強力な一撃に、広範囲に拡散させる光か。うーん、機械工場にあるような精密なレーザー加工機を動かしてた人とかかな? )
ヴェリウスの報告は、さらなる領域へ踏み込む。
「奴はさらに、杖を要求してきた。加えて、何か『宝石』はないかと尋ねてきてな。最初は何を言ってるんだと思っていた。そうすると、骨董品屋で見つけてきた奇妙な石を自ら杖の先端に固定した。その瞬間、奴の放つ光の威力は、さらに跳ね上がったのだ」
「宝石、ですか⋯⋯」
(そういえば、クレメルの店で宝石を売ったって言ってたな)
「そして、『これで出力が上がりました』などと言ってほくそ笑んでいたな。末恐ろしい⋯⋯」
(ジュールか⋯⋯。何か専門用語みたいだな。もしかすると、その女性は、レーザーを取り扱う、何か工学系の研究をされていた方なのかもしれないな)
「ちなみに、残りの男性二人はどんなスキルを?」
俺が尋ねると、ヴェリウスは肩をすくめた。
「体格の良い男の方は、人の体に触れて回復させる力を持っていたようだな。最初は体格が大きいからと、剣を振りかざしていたようだが、あの女が強いと分かると、自分には向いていないと言って、早々に戦うのをやめてサポートに回っていたようだ」
(その彼は、俺が熱意のあるリーダー格と思っていた男性のことかな)
「なるほど。もう一人の男性の方は?」
「小柄な男の方だな。あいつは理解不能だ。会うたびに役割をころころと変えている。弓を使ったと思ったら、次は双剣を使い出したり、今度は杖を持って魔法を使ったりと……正直、実体の良くわからん男だ。今思い出したが、役割を変える度に、着ている服も変えていたな」
「うーん、男性陣のスキルもなかなか変わっていますね」
俺は、その三人のことを考えていた。
(パーティーのバランスとしては、前衛のアタッカーの女性と、後方支援の男性陣で分かれていて良いのかもしれない。それに、もう一人の男性が役割を変えられるなら、戦況に応じて役割も調整できる⋯⋯)
「私は、あんな得体の知れない連中を野に放ったことが、今後どういう意味を持つのか、そればかり考えているぞ」
ヴェリウスは溜息をつき、俺を冷ややかな目で見つめた。
「……それで、お前はあの日、ただの未熟者に見えた彼らの『正体』を見抜いて、金貨三十枚という大金を投げたのか。……そんな怪物たちを私の元へ送り込み、何をさせるつもりだ」
「いや、本当にかわいそうだなと思っただけで、そんな凄い人たちだとは知りませんでしたよ」
なんだか矛先が俺に向いてきそうだなと心配になった。慌てて話を振る。
「そういえば、確か彼らはすでに出発したとおっしゃいましたよね? 何を目指しているとかは、聞いていますか?」
「ああ。別れ際に彼らに聞かれたのだ。この辺りで、最も金になるモンスターはいるかと。金貨の借りも、早く返したいと言ってな」
ヴェリウスが、思い出すのも恐ろしいという顔で声を潜める。
「私は忠告込みで言ってやったのだ。北東の渓谷には、山をも砕く黒き鱗に覆われた『漆黒の竜』が棲まうとな。金は手に入るだろうが、挑めば命の保証はないとも。金貨は焦って返さんでいいとも言ってやった。なにせ元はお前の金だからだ。そうしたら奴らはどうしたと思う?」
俺は疑問を素直に口に出す。
「……まさか、行ったんですか?」
「ああ。あの女、それを聞いた瞬間、ニヤリと獲物を見つけた獣のような笑みを浮かべてこう言ったのだ。
『ブラックならちょうどいいですね、行きましょう』と」
(ええ⋯⋯。何がちょうどいいんだろう⋯⋯。もしかして狂戦士だった?)
そして、ヴェリウスは頭を抱え、震えながら言う。
「私は何度も止めたのだ。最強の王国騎士団ですら、あのドラゴンを倒せるか分からないと。しかし、奴らは恐れを知らぬのだ⋯⋯」
俺は彼らの無事を祈りつつ、変わった人たちだったんだなと思わずにはいられなかった。そして、また無事に会えるといいなと思った。




