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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第28話:ヤマダーと不可解の騎士団

 拠点である洞窟そばのテラスに、ギガントリーフの屋根が完成した、その日の夜のことだ。


 どこかでの任務を終えたらしいオルドラン団長率いる騎士団一行が、日が沈み、夜のとばりが下りたばかりの頃にふらりと立ち寄った。


「ヤマダ殿、この屋根、実に見事な出来映えですな! ただの雨除けを超え、もはや大自然と一体化した芸術の域。実に、実に素晴らしい! 感謝申し上げる!」


 オルドランの熱烈な称賛に、俺は気恥ずかしくなって苦笑いを浮かべた。


「いえいえ、皆さんが急な雨に濡れることがあったので、大きな落ち葉を並べただけなんですけどね。それに、俺は大したことしてないですから、お礼なら、彼ら……ヒー、フー、ミーに言ってやってください」


「……左様でしたか、ヤマダ殿。ヒー殿、フー殿、ミー殿! 改めてお礼を申し上げる!」


 オルドランが直立不動で三人に頭を下げると、三人は三様のリラックスした様子でそれに応えた。


「わーい!」

「よかった」

「どういたしまして」


 ミーたちが純粋な気持ちで喜んでいる光景を眺めながら、オルドランは「なんと素晴らしい仲間をお持ちか……」と、独りで勝手に感動を深めているようだった。


「すでに極上の『黒きエキス』を提供いただいているだけで至福だというのに、その上、このような配慮までいただけるとは……」


 オルドランは目を輝かせながら、完成したばかりの屋根を熱心に見上げている。そして、岩壁にある自然に溶け込んだ例の吐水口を見やった。


「ヤマダ殿、もし差し支えなければ、あの一杯をいただいてもよろしいかな? 今日の任務は少々骨が折れましてな。皆、あの味を求めておるのです」

「ああ、もちろんいいですよ。それに、セルフサービスですから俺の許可なんて不要ですよ」

「おお、ありがたい! 皆、『白き供物(ミルク)』の準備は良いな!」

「はっ!」


 団長の号令とともに、騎士たちが一斉に自分たちの荷物から、筒状の物に入った新鮮なミルクを取り出した。以前俺が提示した条件──「ミルクが必要なら持参すること」と「提供はセルフサービス」というルールを、彼らは忠実に守っている。


 彼らは今日も手慣れた手付きで、ヒーが作りあげた岩壁の吐水口から、芳醇な香りを漂わせる「黒いエキス」を各自のカップに注ぎ、持参したミルクで自分好みのラテを作り始めた。


(……それにしても、もうすぐ夜だぞ。普通のコーヒーならカフェインで目が冴えそうだが、こんな時間に飲んで大丈夫かな?)


 思わず、隣にいたヒーに尋ねていた。

「この液体って、飲むと興奮して眠れなくなる作用とかってあるか?」


 ヒーが短く答えた。

「心配しなくても、大丈夫よ。疲れは取れるけど、夜はぐっすり眠れるわ。元の液体を再現しているけど、興奮作用はこの液体()()にはないわ」

「そうか……」


(どうやら、通常のコーヒー豆から作るのと違って『カフェイン』みたいな興奮作用のある物質は含まれていないみたいだな。たしかに、飲むとレベルが上がる飲み物だから、そもそもの前提が違うか。それじゃあ、いつも騒いでいるのは騎士団たちの性格によるものか⋯⋯)


 ヒーの説明を聞いて安心した俺も、自分用に一杯注ぐことにした。どうやら俺の心配は、単なる杞憂だったようだ。騎士団の面々も、満足げに味わっている。


 やがて日が完全に沈み、辺りが濃い夜に包まれた頃だった。


 タイミングが良いのか悪いのか、空が急に重苦しい色に変わり、予報する間もなく猛烈なスコールが降り始めた。バチバチ、と激しい音が森を叩く。

 

 俺たちは、ギガントリーフで作られた屋根の下に慌てて逃げ込む。


 しかし、テラスに一歩踏み込んでいれば、一滴の雨粒も飛んでこない。

 それどころか──。


「……ヤマダ殿、これは、一体……」

 オルドランがカップを握りしめたまま、呆然と固まった。


「静かだ。外はあれほど激しく降っているというのに……この屋根の下だけは、まるで時が止まったかのようだ」


 ギガントリーフの特性である遮音効果。外の強烈な雨音とは対照的に、テラスの中には穏やかな静寂が流れている。


(これなら、雨に晒されることもなくて一安心だ。まさに静寂のひとときだな……)


 俺がそう思っているところ、オルドランは団員たちへ語りかけた。


「皆のもの、今こそ、日々の戦いで溜まった穢れを払い、己と向き合う時間だ。目を閉じ、今このとき、この瞬間と向き合うのだ」


(なんか始まったが、まあ、いいか……)


「この静寂……そう、これが『虚空(ホロウ)()静寂(クワイエット)』だ!」

「はっ!」


 夜の闇の中、屈強な鎧の男たちが一列に座り、静かに瞑想を始めた。あまりの異様な熱気に気圧された俺は、コーヒーを持ってヒーたちと共に洞窟の入り口付近へと避難した。


 ミーは、興味津々に、騎士団の様子を覗き込んでいた。


「ねえ、ヤマダー。あのひとたち、なにやってるのー?」

「なんというか、心を落ち着かせる修行みたいなものだよ」

「そうなんだー、すごいねー」

「そうだね」


まるでお祖父ちゃんと孫のような会話をしていたところ、ミーは何か決めたようだ。


「ミーもやるー」

「何を?」

「ほろーくわいえっと!」


 騎士たちの真似をして目を閉じ始めた。


(もう、ミーに変な言葉を教えないでくれよ……)


 今度は、子供の教育を考える親のような気持ちになって騎士団を内心でなじる。


 しばらくの間、テラスには不気味なほどの静寂が流れた。雨音すら消えた空間で、騎士たちの集中力が極限に達した、その時だ。


「……『魂の覚醒ソウル・アウェイクニング』の時だ。刮目かつもくせよ」


 騎士たちが一斉に目を見開く。


「団長! なんだか、心の迷いがなくなったように思います!」

「そうか! 良い成果だ!」


(……まあ、確かに瞑想すると集中力が高まるとかで、経営者とかスポーツ選手の間でも流行ってるが⋯⋯)


 そう呆れかけた、その時だった。


 オルドランたちの頭上で、屋根の材料であるギガントリーフが、エメラルドグリーンに淡く光り始めた。

「おお……天が、輝きで満ちている……!」

オルドランは思わず呟く。


「なっ……!? おい、これ、光ってるのか!?」

 俺は思わず洞窟から身を乗り出した。雨粒が屋根に当たるたび、その衝撃に呼応して、葉脈が脈打つように発光しているのだ。


「団長! 光っています! 屋根が、我々の魂に応えて光っていますぞ!」

「なんという奇跡だ……! 神よ、これこそが我らの求めていた導きの光か!」


 興奮する騎士たちの横で、ヒーが淡々と呟く。

「あら、ようやく光りだしたわね。雨の衝撃でギガントリーフの魔力が放出され始めたわ」

「そうなのか!?」

「あら、あなたもとっくに気づいてるのかと思ってたわ。だって今日も『輝いて見える』って、言ってたじゃない」

「な……っ!」


 どうやら日中の俺の情緒的な独り言が、ヒーには物理的な特性だと勘違いされていたらしい。日光の当たるタイミングとも相まって、俺はあの淡い光を見落としていたようだ。


 光の演出に、俺は思わず頭を抱えた。

(マズいな、これは……)


 テラスの熱狂は最高潮に達していた。


「これぞ、『天啓の導きオラクル・トワイライト』……! 今こそ、我ら騎士の力を解放せよ!」

「おおぉぉぉ!」


 興奮した騎士団が一斉に声を上げる。すると、それを覗き見ていたミーとフーが、瞳をキラキラさせて叫んだ。


「おらくる!」

「とわいらいと!」

 そして、呼応するように、フーの炎は緑色に揺らめき立つ。


「おい、ミーとフーまで真似しなくていいから!」

「おおお! あちらの方々も『覚醒(アウェイクニング)』しておられるぞ!」


 ミーとフーの様子を見て、騎士たちがさらに盛り上がってしまった。オルドランは頬に涙を伝わせ、エメラルドに輝く屋根に向かって祈りを捧げている。


「間違いない……。ヤマダ殿、ここはもはや、ただの憩いの場ではない。『エターナル・サンクチュアリ』なのだ⋯⋯」

「サンクチュアリ!」


 騎士たちの野太い合唱に、ミーとフーも「さんくちゅありー!」と楽しげに唱和している。


(俺のささやかな夢、『静かでお洒落な(スロー)カフェテラス(ライフ)』計画が⋯⋯)


 雨音が遮断されたテラスで、騎士団たちの『覚醒(アウェイクニング)』は、雨が止むまで続いた。

 俺たちの拠点は、図らずも『聖地(サンクチュアリ)』としての歴史を歩み始めてしまったようだ。

 

 こうして、『虚空(ホロウ)()静寂(クワイエット)』な夜は、更けていった。


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