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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第26話:◯☓ゲーム

 嵐が去った後のテラスには、洗い流されたばかりの森の匂いと、心地よい湿気が残っていた。


 ずぶ濡れになりながら「(ソウル)救済(リデンプション)!」と叫び、雨水混じりのエキスを飲んで悦に浸っていたオルドラン団長たちは、満足げな顔で帰っていった。


 俺は、雨に濡れて少し柔らかくなった地面を見つめながら、これから着手すべき「屋根作り」の設計図を、木の枝で地面に描き始めていた。


「ヤマダー、なにしてるのー?」


 不意に、足元から可愛らしい声がした。見ると、スライムのミーが、プルプルと体を揺らしながら俺の顔を覗き込んでいる。その瞳は好奇心に満ち溢れており、俺の手元にある木の枝に興味津々な様子だ。


「ちょっとした作業さ。あのおじさんたちがまた雨の中で踊らないように、屋根を作ってやろうと思ってな」


「ふーん、あそぼー?」

 子供のような、無邪気でストレートな提案。


 俺はつい「また後でね」と口にしそうになった。社畜時代、常に次のアポやタスクの納期に追われていた俺にとって、遊びは常に「後回し」にすべきものだったからだ。


 だが、俺は言いかけた言葉を飲み込んだ。少しの間、冷静になって周りを見渡す。急ぐ必要など、どこにもないのだ。最近まで、慣れない拠点作りや騎士団への対応で、ミーたちには苦労をかけてばかりいた。


 ……そうだな、今はミーと向き合う時間の方が、きっと大切だ。


「いいよ。じゃあ、遊ぼうか」

「わーい!」


 何をして遊ぼうかと考えていたが、さっきまで地面に描いていた落書きと、手元の木の枝を見つめて、前の世界での定番の遊びを思い出した。


「『◯☓(マルバツ)ゲーム』をしようか」

「それなにー?」


 俺は、地面に縦横二本ずつの線を引き、三かける三の九つのマス目を作った。

 そして、不思議そうに見守るミーに、ごくシンプルなルールを説明していく。


「交互にマスの中に◯と☓の記号を描いて、先に一列、◯か☓を三つ揃えた方が勝ちだ。もし全部埋まっても三つ揃わなかったら引き分け。どう? やってみるか?」

「おもしろそー、やるー!」


 ミーの快い返事を受け、まずは俺が試しに先攻で始めることにした。地面に、一本の枝で綺麗な◯を描く。


「今回は俺が先に『◯』をつけるよ。ミーは好きなところに『☓』を描いてくれ」


 ミーは器用に触手のような部分で俺の渡した木の枝を掴むと、空いたマス目に「バツ!」と言いながら、力強く☓を刻んだ。その光景を見て、俺の胸の中に、不意に懐かしい記憶が蘇ってきた。


(……まるで、子供の頃に戻ったみたいだな)


 最後にこの遊びをしたのは、一体いつだっただろうか。記憶を辿れば、それは小学生の頃、退屈な全校集会の真っ最中だった気がする。


 校庭に全校生徒が集まり、校長先生の長く、起伏の乏しい話を延々と聞かされていたあの日。俺たちは体育座りをしながら、こっそりと地面に指でマス目を描き、隣に座った友達と◯☓ゲームに興じていた。


 今思うと、教員の方々には申し訳ないことをしたと思う。生徒たちに大切なことを伝える時間だったはずだからだ。


 だが、あの頃の俺たちにとって、大人の話よりも友達との私語や、地面に刻まれる一本の線の方が、遥かに重要でスリリングに思えた。


 途中、同じように話を聞かず、私語をしている様子が見つかる生徒もいて、ヤバいと思ってすぐ前を向いた記憶がある。◯☓ゲームをしている子は、先生に見つかると、その「証拠」もバッチリ残っちまうよなあ。


 そんな童心に戻りながらミーとゲームをすると、初回は俺が◯を三つ揃えて勝利した。


「俺の勝ちだ」

「あー! もういっかい! もういっかい!」


 2回戦が始まる。今度は先攻・後攻を決める正式なやり方でやろうと思い、俺はじゃんけんを提案した。


「『じゃんけん』とかって、分からないよな?」

「なにそれー?」


 簡単にじゃんけんのルール、そしてグー、チョキ、パーの説明をする。


「あ、でもミーは手の形できるかな?」

「できるよー!」


 ミーは体の一部を器用に変化させて、指が二本突き出した「チョキ」の形を作ってみせた。


「すごいな。じゃあ、いくよ。じゃんけん……ぽん!」


 俺は「グー」。ミーは「パー」。

 じゃんけんは、ミーの勝ちだ。


「勝ったー! ◯描くー!」

 今度はミーの先攻で始まる。しかし、このゲームは引き分けに終わった。


「むずかしいー! もういっかいー! 勝つまでー!」


 勝つまで、と言いながら何度もねだるミーに苦笑しながら、俺たちは◯☓ゲームに興じていた。そんな俺たちの様子をみて、フーとヒーも、やってきた。


「何やってるの?」


 ルールを説明して、みんなで◯☓ゲームに興じることにした。フーとヒーのじゃんけんは、発声でグーチョキパーを同時に言い合うように勝敗を決めているようだ。なるほど、そういうやり方もあるかと感心した。


 そして、今度はミーが◯を三つ揃えた。

「やったー、ミーの勝ちー! もう一回するー!」

 

 勝つまでじゃなかったのか、と内心思ったが、「オッケー」と返事をした。

 しばらくして、対戦相手を変えてやることになった。


 俺はヒーとゲームをしながら会話をした。

「そういえば、さっきの騎士団たち、面白かったわね」

「そうだな、風邪ひかないといいけど」


 あ、そうだった屋根作りだったなと内心で思う。俺はヒーに提案してみる。


「あんな感じだと風邪ひいちゃうし、テラスに屋根でも作ってあげようかなと思ったけど、どう思う?」

「そうね、毎回毎回騒がれてもあなたは相手をするのが大変だろうし、いいんじゃないかしら。私たちは、正直なところどっちでもかまわないわ」


(そんなもんか、そうだよなあ)

 内心で改めて思う。


「まあ、大変じゃなければ作ってみようかなと思ってる。半分はお遊びみたいなもんさ。ただ、あのスコールをどうやって防ごうかなと思って」

「森にあるものだと、大きな葉っぱとかかしら。『ギガントリーフ』を沢山集めれば防げる気もするわ」

「そのギガントリーフってのは、近くにあるか」

「ええ、あるわ。あなたと初めて会った場所、覚えてるかしら」


 ああ、出会ったときの光景を思い出した。俺はそこで、ずっと気になっていたことを聞いてみることにした。


「少し、質問していいか?」

「ええ」

「あそこでヒーは何をやっていたんだい? 草か何かに絡まって動けないのかなと、思って声をかけたんだけど」


 俺の問いに、ヒーは少しだけ視線を逸らし、地面の◯を見つめた。


「……あれは、森の生態を確認していたの。ここに来たばかりで、環境を調べていたのよ」

「でも、ヒーの能力なら、俺が助けなくたって、その気になれば一瞬で外せたはずだろ?」

「あなたって、細かいこと覚えてるのね。……その、傷つけたくなかったのよ」

「傷つける?」


 俺は、予期していなかった言葉に、思わず質問を投げかける。


「無理にあの植物を解こうとすれば、葉の繊維が切れてしまうでしょう? 私が好き勝手に調べていたのに、私の都合で植物を切り裂くような真似は、私の美学に反するのよ」


 俺は驚いた。

 伝説の存在として圧倒的な強さを持つ彼女が、草の一本一本に、そこまでの配慮をしていたなんて。


「……そうすると、俺の助け、要らなかった?」

「まあ、そうね。時間の問題だったわ。でも……」

 

 ヒーが、当時のことを思い出すように、言葉を発する。

「あなたが、ナイフなんかを使わずに、丁寧に手で解いていたから……私は、あなたを『信頼に足る』人間だと判断したの。それに、あなた、すごく弱そうだったし」


(そうだったのか。最後の一言は余計だが、俺はただ、絡まった草の葉先で、ヒーを傷つけないようにしたかっただけだった)


 「すっかり忘れていたよ」と苦笑いした。たしかあの時、持っていた乾パンを砕いてあげたんだよな。ヒーは不遜な態度で食べていたが、あれも彼女なりの懐への入り方だったのだろうか。


 俺は「そういえば」と切り出して、聞いてみた。

「でもヒー、あの時は確か自分から『お腹空いて絡まってた』みたいなこと言ってなかった? あのセリフと今の生態調査、どう繋がるんだ?」


 俺がツッコミを入れると、ヒーは一瞬、羽毛を逆立てるようにして「うっ」と詰まった。だがすぐに気を取り直したように、声を荒らげる。


「そ、それは本当よ! 現地の生態調査というのは体力がいるの! 集中して草の構造を調べていたら、不運にも極度の空腹に見舞われて、一時的にその場から動く体力が枯渇しただけよ!」

「じゃあ、俺があげた乾パンを猛烈な勢いで食べてたのも、何か意図があったのかい?」

「当たり前じゃない! 人間がどのような保存食を携帯し、それがどの程度の熱量を持つのか、身をもって検証したのよ。まあ、悪くなかったわ」


 ヒーはどこか照れ隠しのように、そっぽを向いて地面の石を蹴った。


(少し動揺の色が見えた気もしたが、そういうことにしておこう)


「それじゃあ、そのギガントリーフってのを探しに行ってみるか」

「ええ、いいわよ。案内してあげる」


 図らずも、色々会話できて、◯☓ゲームもした甲斐があったな。俺はしたことないけど、営業職時代の上司がよく言っていたことを思い出した。


『山田! 麻雀マージャンをすれば相手のことがよく分かるぞ。四人で卓を囲んでいると、攻め方や守り方、相手と会話なんかもできるしな。あれは一つのコミュニケーションツールだな』


 あの時は「そうなんだ」とくらいにしか思わなかったが、今ならその真理が少しだけ分かる気がする。人生には、多少の『遊び』が必要なのかもしれないな。


(ただ、流石に社会人同士のコミュニケーションツールに、『◯☓ゲーム』はきついか……)


 そんなことを思いながら、俺は地面に☓を描き込んだ。


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