第20話:プランC
騎士団長オルドランが、テラスの端に立ち、眼下に広がる山々を検分するように見渡した。
「ヤマダ殿、ならばこうしよう。この地を、『特別管理区』に指定することを、私から国王に進言しよう。王国の管理下に置き、保護するのだ。常駐の護衛も配備し、この斜面に検問所を設ければ、ヤマダ殿の身の安全は王国が永久に保証しましょう。無用な来客や不届き者も、私が責任を持って遠ざける!」
オルドランの瞳は、純粋な誠実さと、恩人に報いたいという熱意に満ちていた。
だが、その言葉を聞いた瞬間、不安がよぎった。
(管理、護衛。聞こえはいいけど、それって王国の監視下に置かれるってことだよな。そんなの、自由に暮らせる気がしないよな……)
俺は即座に、しかし努めて穏やかに首を振った。
「お気持ちは嬉しいんですが、『特別管理区』なんて物々しい名前がついたら、気楽に生活できなくなる気がしています。……すみませんが、俺、そういうの苦手で。静かに、自由に暮らしたいだけなんですよ」
社畜時代、上司に細かく管理され続けた息苦しさを思い出し、俺は内心で寒気がした。
そのとき俺は、オルドランたちが来る前に話し合った作戦を思い出した。
◆◇◆
「……あの騎士団長さん、絶対また来るよな。このラテには魔力的な中毒性があるし、めちゃくちゃ気に入ってたし」
俺が溜息をつくと、ミーが尋ねた。
「ヤマダー、これから毎回ラテ作るの、たいへんになるかなー?」
「きっとそうなると思う。もし、オルドランさんとその仲間たちが気に入ったら、今後も毎回フルサービスで提供することになるね」
それを聞いていたヒーが答える。
「それなら、いい方法があるわ、ヤマダ。もう味もおぼえたから、私なら再現できる」
「え⋯⋯」
その言葉に驚くと同時に、俺は以前ヒーが魔力で、温泉の成分を再現したことを思い出した。
「⋯⋯そうか、その手があったか! ……って、何でも再現できるのか?」
「そうよ。実際に経験すれば、だいたいのことはできるわ」
(それ、とんでもない汎用性と無限の可能性があるんじゃないのか……下手に広まったら、世界の均衡が崩れるレベルで)
恐ろしい想像が頭をよぎったが、俺はすぐに思考を止めた。今は、目の前の課題を最優先すべきだ。
◆◇◆
意識を再び戻して、俺はオルドランに向かって人差し指を立て、「条件を三つ提案させてください」と切り出した。
「一つはここを『特別管理区』にせず、ただの『安息所』としていただくこと。二つ目は、『ラテ』を飲みたい場合には、必要なミルクはご自身で持参していただくこと。そして三つ目は……」
「……三つ目は?」
俺は一呼吸置いてから告げた。
「今後は完全に、『セルフサービス』です」
オルドランは戸惑ったようにその言葉を繰り返した。
「セ、セルフサービス……?」
「はい、大変楽な方法ですよ。……おい、みんな。出ておいで」
俺がそう呼びかけると、洞窟の奥から三つの小さな影が、おずおずと姿を現した。
「ギラギラがいっぱいー」
「こんにちは」
「ごきげんよう」
騎士たちが一斉に姿勢を正し、周囲の空気が一瞬で張り詰めた。
これまで死闘を繰り広げてきたと思われる彼らの本能が、無意識に警戒の構えを取らせたのだ。
「……ヤマダ殿。この者たちはモンスターに見えるのだが、いったい⋯⋯?」
そして、オルドランの鋭い眼差しは、ヒーに止まった。
◆◇◆
その前のこと――俺たちは、オルドランたちにヒーフーミーの姿を見せることを、事前に話し合っていた。
ネックになるのは、伝説の存在ヒュギエイア様のレベルのことだ。『レベル1462』とその強さは、騎士団長のオルドランならすぐに看破するはずだ。そうなれば、この憩いの場が、すぐさま戦場になりかねない。
「ヒーを見たら騎士団は戦いを挑んでこないかな」
「このままならそうなるわね。でも大丈夫よ、そのことなら」
◆◇◆
オルドランの眉間にわずかに皺が寄る。
緊張がその場を包む。
彼はヒーを凝視したまま、わずかに身を乗り出した。だが、彼はすぐにふっと表情を緩め、申し訳なさそうに苦笑した。
「……失礼した。あまりに澄んだ気配を感じたもので、つい見入ってしまった。そちらからは、戦う者の気配が一切感じられぬ。まるで、この山の平穏そのものを見ているようだ」
(切り抜けたみたいだ。まさか、ヒーが自身のレベルすらも『擬態』できるなんてな)
なんと、ヒーのレベルは「1」に擬態していたのだ。特殊なスキルでもなければ、見抜けないらしい。
「我ら騎士は魔力を探ることはできても、貴殿のような『心を通わせる力』は持たない。だが、我が目は確かな信頼を捉えた。約束しよう。我らは、貴殿とその仲間たちの安全を保証すると。……皆を、なんとお呼びすれば?」
「ヒー、フー、ミーです。今回のラテも、その黒いエキスも、全部彼らが用意してくれたんですよ。人を襲うことは決してありませんし、みんなすごく優しいんです。それに俺がそばにいれば、皆さんも彼らと会話が可能なんですよ」
「なんと……会話もできるのか! ヤマダ殿には驚かされることばかりだ。それが貴殿の日常なのだな。全てを、受け入れよう!」
オルドランが愉快そうに笑うと、ヒーが岩壁に小さな羽を添えた。
すると魔法によって岩が滑らかに形を変え、雨水を防ぐ「ひさし」のついた石の吐水口が形成された。そこから、芳醇な香りを漂わせる「漆黒のコーヒー」が、トクトクと湧き出してくる。
「……なっ!? 岩から、あの『おかわり』が湧いているだと……!?」
しばらくの沈黙の後、俺は口を開いた。
「ええ。みんなの協力で、好きなだけ飲めるようにしたんです。欲しい人が自分で注ぐ――それがセルフサービスです。あ、衛生面のことは、みんなの魔力で解決しているので大丈夫ですよ」
(……うーん、我ながら苦しい説明だ……)
オルドランは理屈を問うことなく、この場の奇跡に深く頭を下げた。
「……ただ、提供するのはその『黒いエキス』だけです。ミルクを入れたければ自分たちで用意してもらって、好きなように割ってください」
「なるほど、自分の好みの濃さにできるのか。手間もかからんし、何より美味い。……ヤマダ殿、これほどの恩恵、感謝する。代わりといってはなんだが、もし欲しいものがあれば何なりと言ってくだされ」
◆◇◆
こうしてこの場所には、騎士団が食料を届ける代わりにコーヒーを楽しむ、奇妙な“サブスク”が成立した。
騎士たちが去った後の、静かなテラス。
俺は届いたばかりのパンとラテに、新鮮なフルーツを広げてみんなで囲んだ。
「ヤマダー、これでしばらくお買い物いかなくていーの?」
「ああ、そうだね」
俺はラテをひと口飲み、山の静けさと、思いがけず増えた豊かな暮らしを噛みしめた。




