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争い嫌いの元社畜ですが、『ハーモニー』スキルで魔物たちとノーストレスな共存生活を始めました。  作者: 遠峰 黎


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第18話:天使のように純粋で、

 王国騎士団長、オルドランが嵐のように去ってから数日が経った。


 あの日、俺の淹れたラテを飲んで「力がみなぎってくるぞ!」と叫びながら、崖を最短距離で駆け下りていった彼の背中を思い出すと、今でも少しだけ現実感が薄れる。


「そろそろ、あの豆も減ってきたな」


 洞窟の中で、先日町で購入した麻袋の中を覗き込む。食料雑貨店の隅で「煮ても焼いても食えないもの」として投げ売りされていた、あの黒い実だ。


「ヤマダー、あのお豆、もうあんまり無いよー?」

 ミーが袋の底を覗き込みながら、そう教えてくれた。


「ああ、そうだな。俺たちも毎日飲んでるしな」

 あのラテは、魔力を溜め込んでいる特殊な実からエキスを抽出し、濃縮ミルクを掛け合わせることで生まれる。そして、ミーとフーの協力なしでは作れない至高の一杯だ。


「あの濃厚なミルクも残り少ないわね。それに、あの豆。町で叩き売りされてたものなら、今のうちに買い占めておいたほうがいいんじゃないかしら」


 ヒーが冷静に指摘する。確かに、あの店主が価値に気づいて値上げしたり、誰か他の人間が買っていってしまったら目も当てられないな。


「よし、今日は一度町まで下りて、豆と濃縮ミルクを大量に仕入れてこよう。幸い、あの店主は今のところあれをごみ同然に思ってるし、安く売ってくれるはずだ」


 俺はリュックを背負い、三人に留守を頼んで山を下りた。


 町では、幸いなことに例の雑貨店にまだあの豆の在庫が山積みになっていた。


「おや、お客さん。またあの石ころみたいな実を買うのかい? 物好きだね。保管するのも場所を取るから、全部持っていってくれるならさらに値引きするよ。あんたがそんなに気に入ってるなら、また個別に仕入れて来ても良いよ」


 店主のその言葉に、俺は内心でガッツポーズをした。在庫の豆をすべて、それこそ二束三文の値段で買い占める。さらにあのドロリとした濃縮ミルクも、棚にある分をすべて注文した。


 重たくなったリュックを背負い、ホクホク顔で再び山を登って拠点に戻る。


 みんなに成果を報告していると、下の方から、聞き覚えのある、規則正しい金属音が聞こえてきた。


(まさか……?)


 俺は念のため三人に合図を送り、一度洞窟の中へ隠れてもらう。


 現れたのは、やはりオルドランだった。


 しかし、今日の彼は前回とは少し様子が違った。憑き物が落ちたように穏やかで、それでいて何かを固く決意したような光を宿している。


「……騎士団長様。今日は、お一人ですか?」

 俺が声をかけると、オルドランはぴたりと足を止め、俺の姿を認めるなり、パァッと顔を輝かせた。その瞳は、まるで救いを見出した求道者のように希望に満ち溢れている。


「ヤマダ殿! ああ、無事で良かった。私のことはどうかオルドランと呼んでくれ! 実は、どうしても貴殿に頼みがあって参ったのだ」


(ヤマダ『殿』だなんて呼ばれ始めたか……。それに、ずいぶんと距離が近いな)


 彼は兜を脱いで脇に抱えると、丁寧すぎるほどの礼をした。


「頼み……? なんでしょうか……?」


「正直に言おう、ヤマダ殿。私は、あの日以来、貴殿の淹れてくれたあの『ラテ』という神聖な飲み物が、頭から離れんのだ。あれほどまでに魂を震わせ、活力を与えてくれる飲み物を、私は他に知らない」


 オルドランは一歩詰め寄り、真剣な眼差しで続けた。


「夜、目を閉じればあの芳醇な香りが鼻をくすぐり、朝起きればあの喉を潤す温もりを求めてしまう。部下たちには『常に自分を律せよ』と説いている私が、この数日、ただの一杯の飲み物のことばかり考えてしまっていたのだ。恥ずかしながら……私は、貴殿の作るラテの、その、なんというか、『虜』になってしまったようだ」


 そこまでとは。


 王国騎士団長ともあろう御仁が、たった一杯のコーヒーでここまで骨抜きにされている。だが、その言葉に邪念は一切なかった。ただ純粋に、あの味をもう一度味わいたいという、子供のような純粋な願いだけがそこにはあった。


「どうか、ヤマダ殿。……もう一度、あの一杯を飲ませてはいただけないだろうか」


 俺は、そのあまりにも真っ直ぐな瞳に毒気を抜かれてしまった。


「かまいませんよ! ちょうど今、町で豆と濃縮ミルクを補充してきたところなんです。オルドランさん、そこへお座りください。すぐに用意しますよ」

「おお……! 感謝する、ヤマダ殿!」


 オルドランは、本当に嬉しそうに、花が咲くような笑顔を見せた。


 俺は一度洞窟の入り口へと戻り、隠れていた三人に小声で「ごめん、つい引き受けてしまった。またお願いできるかな?」と頼んだ。三人は「いいよー!」「あの人、いい人そうだもんね」と快く応じてくれた。


 数分後。


 テラスのテーブルに、立ち上る湯気とともに、白と黒のコントラストが美しいラテが置かれた。

 オルドランは、それを壊れ物でも扱うかのような手つきで両手で包み込み、ゆっくりと、大切そうに口にした。


「ああ、これだ。全身の細胞が歓喜している……。ヤマダ殿、貴殿は……もしや、神の使いでおられるか?」

「いやいや、ただの通りすがりの冒険者ですよ。でも、そんなに気に入ってもらえたなら、作った甲斐があります!」


 俺が微笑むと、オルドランはカップを空にし、満足げな溜息を吐いた。


 しかし、その満足感の後に、彼はさらに真剣な、夢を語るような、それでいて騎士団長としての重責を感じさせる顔つきで、次なる願いを口にした。


「ヤマダ殿。実は……もう一つ、相談があるのだ……」


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