幼なじみは悪魔崇拝者
(そうか、そうか。これが僕に科せられた堕落ってわけね)
今まで男子として、別に不都合ない日々を過ごしてきた。これまで起きた問題は、だいたい自分という人間の責任であり、そこに性別は絡んでこなかった。
それが今となれば、TS化を恨む元少年だ。あぁ、腹部がチクチクと痛い。ナプキンかタンポンがないと、パンツも履けないし履きたくない。
仕方ないので、母親の生理用ナプキンを拝借し、付け方をAIに聞いて装着した。
時刻はまだ朝の6時30分にもなっていなかった。学校開始が9時、準備等は30分もあればできる。自由時間が2時間くらいできてしまった。神奈は母親が寝ているのを確認した上で『散歩してくる』とメッセージを送っておき、深夜徘徊ならぬ早朝徘徊を始める。もうヘーラーといっしょにいたくない。それだけが、今の神奈を動かす。
「さ、寒い……」
外はひんやりと冷たかった。それでも、身体を震わせながら神奈は見慣れた街を歩く。なんら変哲のない街をこんな早朝から出歩くのも、ある種の脳体操や運動になるかもしれない。もっとも、今にでも凍え死にそうだが。
「こ、ココア買おう」
スマホだけ持って出歩いているわけだが、携帯電話には交通機関用のICカードの残高が少しばかり入っている。これで温かいココアでも買って、目を覚ましながら暖を取ろう。
自販機まで歩き、無慈悲に冷たい風を浴びた。もうすでに眠たくなっているので、危険な水準と言えよう。ココアをタッチ決済で購入し、手に持って温かさを感じる。
「……これ、ブラックコーヒーだ」
どうも寒さのあまり間違えたらしい。神奈はブラックコーヒーを飲めないので、これでは時間制限の短いカイロと変わりない。吐き出す息すら冷たい始末だが、神奈はこの1日ほどで何十回目か分からない溜め息をつく。
そうやって神奈が項垂れていると、
「神奈、よね? 貴方」
怪訝そうな声が背後から聴こえた。どうも後ろから話しかけられると、耳と脳がゾワゾワするような感覚に苛まれてしまう。
いや、そんなことはどうだって良い。今の蒼月神奈を見て、しっかり神奈であると認識できた者がいたのだ。しかも神奈は、その声の主を良く知っている。
「そ、そうだけど……。うぅ、寒い」
相手が女子だから緊張しているのもあるが、寒さのほうが勝る。それに、彼女は昔良く遊んだいわゆる幼なじみだ。
「なんでアンタがブラックコーヒーなんか持ってるのよ。飲めないって言ってたじゃない。間違えたの?」
「うん、間違えたよ。コーヒーとココアを取り間違えたり、急に学校へ行かなくなったりね」
「その通りね。今、お金持ってないの?」神奈は、21円しか入っていないスマホICカードを見せる。「分かったわよ。私がココア引いてあげる」
「あ、ありがとう。瑠流」
茶髪のショートヘアで、いつでも元気いっぱいで、校則違反なんて気にせずに丁寧な化粧をしている森音瑠流は、財布を取り出す素振りも、ましてやスマートフォンを出そうともしなかった。
震えながら神奈は疑問に思い、彼女にどうやって買おうとしているのか訊こうとするが、
「よいしょっと」
森音は自販機に手を当て、そのまま目を瞑った。その数秒後には、大量の飲み物が落ちてくる。
「は?」
「はい、ココア」
呆気にとられる神奈のことなんて気にする素振りもなく、森音瑠流はコンポタージュを飲む。
「え、いや。だから、瑠流。今なにしたの?」
「電子回路をいじくっただけよ。私が触れた無機物……要するに意思のないものは、すべて自在に操れるの」
「へぇ?」
「説明不足?」
「いや、それは分かったんだけども……なんの力? 超能力ってヤツ?」
「なにとぼけてるのよ」
森音はくりくりした目で、神奈を覗き込むように目線を合わせた。
「さっきアンタが自分の部屋から突き落とそうとした女、天使でしょ? 学校来なくなったと思ったら、天使なんかと契約しちゃって。絶対〝悪魔〟と契約したほうが良かったのに」
幼なじみは、傍から聞けば荒唐無稽なことをいい始めた。