鬼龍娘・蒼月神奈
「…………、」
寝ぼけているのかもしれない、と神奈は思ってもう一度寝ようとしたが、
「むにゅー。そんなに縛られたらイッちゃうぅぅう……」
奇怪な寝言を垂れ流すヘーラーを見て、蒼月神奈はこのウロコが本物だとなんとなく理解してしまう。
とりあえず神奈は、あたかも当然のようにシングル・ベッドの隣で眠りこけてやがるヘーラーの頭に肘打ちをくらわせた。
「いったぁ!? なにするのですか!?」
強い語気で言う。「ヒトのベッドで寝ている天使様に、肘打ちくらわせただけですが?」
「こ、怖い。ヘーラー、こんな怖いヒトに力授けたつもりないのに……」
「はぁ……」
虫も殺せない優しき子は、いつの間にか暴力にも頼るようになったようだ。その証拠に、神奈はヘーラーの胸倉を掴み、彼女を持ち上げた。
「洗いざらい話してください。でないと、下へぶん投げますよ?」
「な、なにを話せばよろしいのでしょうか~……?」
「全部です。なんで僕の腕にウロコが……んん?」
まだまだ暗い時間帯だが、それでも姿見で自分の面影くらいは見える。神奈は部屋にライトを点けて、全身を確認した。
地毛証明書まで出した茶髪は白く染まり、上着のシャツをめくれば、そこへは和彫りのように紋章が入っている。頭にはツノのようなものが生えていて、しかし髪型を必死にセットすれば隠せそうなサイズ感。
すなわち、半端に変化してしまったような感じだった。
そして、神奈は首を横にブンブン振り、一旦手放したヘーラーをベランダに連れ込み、彼女を突き落とす手前まで追い込む。
「ちょ、ちょっと!! なにするのですか!? ここから落ちたら結構痛いですよね!?」
神奈は苛立ちのあまり、歯を食いしばりながら言う。「近所迷惑でぇす。さっさと僕の身体になにを仕組んだか説明してくださぁい」
「な、なにをって……。貴方は鬼龍になったのですよ。東洋龍と日本鬼のハーフ娘に━━」神奈はヘーラーの首を締める。「ぐ、へぇ、げ、げ、げぇぇぇ……!!」
ただの拷問な気がしないでもないが、神奈は寝起きから数分間とても機嫌が悪い。今回のように、鬼龍? なんて良く分からない状態にされれば、余計に人間である以上怒りを覚えてしまう。
とはいえ、仮にヘーラーを殺したら殺人犯になってしまう。いや天使とかなんとか抜かしていた上に、神奈をこの姿へ変えた時点で特別な存在なのは間違いないので、正確には殺〝人〟ではないかもしれないが、それでも殺生は良くない。
なんとか理性が神奈を抑え込み、彼女はヘーラーの首から手を離すのだった。
「はぁ、はぁ。死ぬかと思った。首絞めプレイって加減が大事なのですね……」
この女、やっぱり緊張感というものが今ひとつない。ひょっとしたら不死身なのか? だとしたら、ある意味厄介な気がする。
されどヘーラーもすっかり涙目。彼女は神奈とともに部屋へ戻る。
「で? もう少し詳細を教えて下さいよ」神奈は机に置かれた水を飲み干す。「貴方が本当に天使様なのはこの際信じますが、それにしたって鬼娘と龍娘のハーフに僕を生まれ変わらせる意味は?」
「それはきのう説明したじゃないですか。貴方は堕落しているので、相応の姿にした、と」
「なるほど。次はどこを殴られたいですか?」
「ひ、ひぃ!! お許しください!! 足舐めて土下座しますから!!」
要領の得た答えが返ってこなさそうな雰囲気の中、自室前に誰かが向かってきた。おそらく父か母だろう。鍵を閉めたドアを叩かれる。色んな意味でまずい場面だが、もう逃げ場もないのである種の開き直りで神奈はドアを開けた。
「父さん」
「神奈、さっきからなに暴れてるんだ? お姉ちゃんと姉弟喧嘩でもしてたのか?」
「は?」
「姉弟なんだから仲良くしなさい。全く、まだ明け方だというのに」
背後からヘーラーの下手くそな口笛が聴こえてくる。
この女、父や母の記憶を改ざんしたのか?
なんか某格闘技漫画の弱き者を思い出しますねぇ……




