お・か・し・い・だ・ろ!!
異世界転生を果たせなかった代わりに、TS化はできた少年、基少女蒼月神奈。見える範囲━━顔立ちや声色等は変化なく、体型がやや変化。乳房と臀部がやや膨らみ、少し体重も増えたかもしれない。
しかし肝心なのは、13年間を連れ添ってきた相棒がいないことだ。これからトイレは個室にしか入れないし、これから体型も変化したら、いよいよ男子トイレへすら入れなくなる可能性もある。あぁ…………最低の気分だ。
「全く、私も天使の力を使いすぎて気絶していたのですよ? 先に目覚めたのなら、助けてくれても良かったのではないですか?」
「……だろ」ブツブツなにかを呟く。
「はい?」
「お・か・し・い・だ・ろ!! 僕はね、女の子みたいな名前と顔が大嫌いなんですよ!? なんで当時流行っていた女子アイドルから、息子の名前を決めたのか分からないくらいにねぇ!! ヒトのコンプレックスを触れるどころか握りつぶしたのに、良くもまぁそんな態度とれますね!? えェ!? 天使様!?」
神奈は淡い声を必死に張り上げるも、やっぱり迫力不足だった。涙がこぼれてきそうなくらい、激昂しているのに。
「まぁ、仕方ないですよ。えーと、お名前は……蒼月神奈さんですか。貴方は堕落しているので、それ相応の姿に変えただけなのですから━━「僕を神奈って呼ぶなぁ! ホントに女子になったみたいじゃないかぁ!!」
「そ、そんなに怒らないでくださいよ。ほら、可愛いお顔が台無しです━━」
蒼月神奈は虫も殺せぬような少年であった、と評されていた。だが、虫一匹殺せないままでは、男らしくなれない。
そう思ったのか、はたまた脊髄反射的にスイッチが入ったか、それは分からないものの、神奈はヘーラーにボディーブローをくらわせた。
「ぐぅッ!?」
ヘーラーは地面に倒れ込み、悶絶しきった表情で唾液を垂らし、やや白目を剥く。
「あ、あぁ。ご、ごめんなさい。ムカつき過ぎて手が出ちゃいました」
「こんなの、私が知っているSMじゃない……。オエ、おえ、おえぇええ!」
相当痛いのか、ヘーラーはしばらく立ち上がらなかった。夕暮れ時の真冬、もう帰りたいのに神奈の中途半端な優しさはそれを許さない。スマホで『相手がボディーブローで悶絶したときの解決法はなんですか?』とAIに尋ね始めるが、
その瞬間、ヒュンッ! という風切り音とともに、神奈の頬をなにかがか掠めた。
「……?」
神奈は怪訝に思い、その飛来してきた物体が着弾した場所へ向かう。
その瞬間にも、ヒュンヒュン! と謎の物体が飛んでくる。なにか警告をしているかのように。
一体なにが起きている? 神奈はひとまず、このイレギュラーを巻き起こしたヘーラーに全貌を聞きたいと感じたが、まだあのピンク髪は地面にうめき声を上げながら這いつくばっている。到底会話できるようには見えなかった。
「自分で巻いた種……なの? これ」
学校をサボって日記を燃やしたりタバコをふかしたり、と意味のない遊びに興じていたらこのザマだ。あぁ、火遊びって良くないことなのだな、と神奈は思う。
と、少しずれた物思いに耽っていたら、
「━━ぎゃぁああああああ!!」
遥か遠くから悲鳴が聴こえた。さながら焼身されているような、この世のものとは思えない叫び声だった。
「な、ナイスです。神奈さん……うぅ」
「は?」
「〝悪魔崇拝者〟の排除に成功したのですよ……、おぇ」
だいぶ会話が辛そうなヘーラーが、意味の分からないことを言ってきた。〝悪魔崇拝者〟? 天使の対極にいるのが悪魔、と言われるが、その崇拝者がどうしたのだろうか。
……いや、悪魔を崇拝する? それはだいぶぶっ飛んでいないか?
「はーっ。ようやく気分が良くなってきた。良いですか? 今この日本という国には〝悪魔崇拝者〟と呼ばれる堕落しきった存在がいます。それらを浄化するという神からの大命を授かり、私は地上へ降りてきたのです。そして私は、この世界を監視しているうちに考えました。〝毒をもって毒を制す〟のが一番の近道ではないかと」