可愛いだけじゃダメなんです
ナヘマーは〝悪魔〟のようだが、正味〝天使〟であるヘーラーよりまともに見えた。あれよりひどい存在を探すほうが難しいだろうが。
「癒やす? 耳かきでもしてくれるんですか?」
「え?」ナヘマーはなぜか疑問符を浮かべた。「君、中学1年生だよね? ほらさ、もっとこう……あるじゃない。あたしも瑠流ちゃんに力を分けたけど、姿を変えることくらいできるよ。ほら、なんていうの。好きな女の子になってあげるから、その姿のあたしに欲望を━━」
「興味ないです」
ナヘマーは、呆気にとられたようだった。口をポカンと開けていることからも、それは明らかだ。
「えーと、瑠流ちゃん。この子思春期男子だよね?」
森音はきょとんとしていた。「そうだけど、それがどうかしたの?」
「えー……、なんでオタクら察することできないの?」
(……この悪魔、僕が女子になったことに気がついていない? それとも、僕が女子だろうと魅了できると思いこんでいた?)
いや、性欲がないといえば嘘になる。ヘーラーさえいなければ自分を慰めたいとも思う。あのピンク髪がやかましすぎて、そういうことはできていないが。
神奈は性愛について、それくらいとても悩んでいるのが現状だった。一体男子側と女子側、どちらの気持ちで性欲をぶつければ良いのか。中途半端なのは間違いない。
「あ、分かった☆ 君、同性愛者でしょ? そんな顔してるもんね」
即座に答えた。「違います」
「えー……。じゃあなに? アニメの世界じゃないと興奮できないとか、そもそも無性愛者とか?」
「アニメは割と見るけど、別にめちゃくちゃドハマリしているというわけでもないですね」
ナヘマーは目を細めた。「………………、瑠流ちゃん」
「なに?」
「教えてほしいんだけど、この子ってなにが好きなの? 幼なじみでしょ?」
「うーん、まぁ……女装とか?」
神奈は途端に慌て始めた。「るぅちゃん! それ僕が物心ついていないときの話だよね!? しかも、るぅちゃんが無理やりさせてきたんだよねぇ!?」
「だってアンタ、浮ついた話とかなかったじゃない。だから、あれよ。鏡に映る自分に興奮する的な性癖なのかなぁって」
「ヒトを変態みたいに言わないでくれるかな!?」神奈は慌てふためき、顔を赤くする。なんとか弁明せねばならない。「そ、そうだ。スマホに入っているエロ本とかAVを━━」
「いや、そこまでは求めてないわよ」
神奈は赤面し、森音瑠流は頭を傾げ、ナヘマーという悪魔幼女はブツブツとなにか言いながら考え込む。どういう絵面だよ、と言われても仕方ない。
「まぁ、正直そんなことどうだって良いわ。坂道ダッシュするわよ。タイム計って」
この状況を打開すべく? 森音はいよいよ坂道に向けて構え始めた。
神奈も黒歴史を暴露されたが、知られたのが悪魔で良かった? と落ち着いてスマホのタイマーと森音に目を向ける。
しかし、唯一納得していないのはナヘマーだった。
「んじゃ。よぉい、スタート」
50メートルほどの坂道を8割くらいの走力で登っていく。結構急な坂なので、フォームを崩さないことが鍵らしい。
「7.81秒。さすがだね。僕より速いや」
幼なじみの前で良い格好をしたかったのか、結構息切れしながら森音は所定の位置に戻っていく。
「来年から女子陸上部のエースなんだから、運動音痴で運動嫌いの神奈より遅いこともないわよ」
「それもそうか」
そんな青春の最中にも、悪魔のナヘマーはなにやら考え込んでいる様子だった。少し気になったのか、怪訝に思ったか、森音がナヘマーに話しかける。
「なに考えてるのよ、ナヘマーちゃん」
「いや、変なことは考えてないよ? ただ、やっぱり幼女の姿だと刺さらないヒトも多いことに気が付いただけ」
「刺さらない? 可愛いとは思うけど」
「可愛いだけじゃダメなんだよ。瑠流ちゃん」
「どういう意味よ。ねぇ、神奈」
そのとき、ふたりは気がつく。神奈がいなくなっていることに。