最後の賭けを始めようか
元々怒りやすい性格でもない森音瑠流だが、彼女の惚けた口調に苛立って眉間にシワを寄せる。
「あ、貴方はッ!?」
「あたしはナヘマー。アンタはヘーラー。そしてあたしは悪魔。そりゃつまり……?」
「天使に仇する者というわけですね! よし、神奈さん! 悪そのものが現れましたよ━━あ、神奈さん別の悪魔崇拝者と闘っているのでしたね……」
「天使様、めちゃくちゃオモロイね☆ 人間を媒体にしなきゃ力も使えない、ただの一般人にも劣る知能だもんねぇ~☆」
「言わせておけば……ッ!! 貴方なんて、神奈さんの手にかかれば一瞬です! 後悔しても遅いですよッ!」
「その神奈くんがいないんじゃ、後悔しようにもできないね☆」
ナヘマーはせせら笑う。ヘーラーは悔しさのあまり唇を噛み締めすぎて血を流す。そんな光景だった。
しかし、この際ヘーラーはどうでも良いとして、ナヘマーはなぜここへ現れた? この9歳から10歳くらいにしか見えない、見た目だけは愛らしい幼女は、森音に力を分け与えた際に不関与を約束したはずなのに。
「……ナヘマーちゃん、なにしに来たの?」
「良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞きたい?」
「……なら、悪いほうから━━「いけません、瑠流さん!! こんな悪魔の言うことを信じていたら、冥土へ行けませんよ!?」
「騒がしいわね。さっきのレーザービーム、頭に直撃させても良いのよ?」
「それは嫌です! しかし、それでも━━「悪い知らせ? 神奈くんが圧されてることだね。〝悪魔対策任務部隊〟の司令部報告を見る限り、連中は学校に現れた悪魔━━鬼山英人だった者を〝カテゴリー4〟に指定したんだってさ」
「か、カテゴリー4……」
「なんとなく危険性分かるっしょ? ちなみに、カテゴリーは1から5までだよーん」
「な、なら。良い知らせは?」
「あの学校に、もうひとり強いのがいる。名前は光野陽大。聞いたことある?」
「光野先輩? 色んな部活でエースしてる、あのヒト?」
「そーそー。どんなスポーツでもすぐ極められちゃうから、色んな部活から引っ張りだこなんだよね~確か」首をゆるく曲げ、ナヘマーはあたかも煽るように笑みを浮かべて言う。「けど、ふたりだけだとキツイかな~。カテゴリー4の定義は〝自衛隊総軍〟レベルだしね~」
「……分かったわ」
森音瑠流は、拳をぎゅっと握りしめた。彼女は凛々しい表情で、学校側へと向かおうとする。
「い、いけません! 瑠流さん!! 悪魔の罠ですよ!?」
冷たく、落ち着いた声色で言い放った。「なら、アンタも着いてきなよ。私はかんちゃんを放っておけない」
ナヘマーは、その光景を見てゆるく口角を上げる。
(ニヒヒ、こんなにオモロイ連中をむざむざ生贄にするなんて、かなりもったいなくね~☆)
*
黒煙が学校を包み、もはや誰かを助けるなんて綺麗事も抜かしていられない。もう取り残されたヒトは死んでいるだろう。警察や消防隊も、ここまで来ると周りの住宅街に被害が及ばないように動くのが精一杯だった。
そんな中、地面に仰向けに這いつくばる神奈と、刀こそ手放さないが同じく動けなくなっている光野は、なにか示し合わせていたかのように立ち上がる。
「……蒼月、おれが10秒隙を作る。この10秒が最後の賭けだ。これでダメなら、もうおれらも死ぬし、この街もあっという間に呑み込まれるだろうな」
「……妥当な時間ですね。光野先輩。僕らでこの街を守りましょう」
すでに擦り傷だらけ。骨も折れている感覚がある。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。最後の賭けが始まろうとしていた。