学校に落ちる黒い影
「ヘーラーさん、瑠流を連れて安全な場所へ」
「久々に名前で呼んでくれましたね! やはり貴方はツンデレさん━━」
「早くしろ!! オマエの色ボケに付き合っている暇なんてないんだ!!」
「は、はいっ!」
坂の上から覗ける学校は、すでにシッチャカメッチャカになっていた。
ヒトが飛び、炎が舞い、花火大会のような爆音が響き渡っている。もう死者が出ているかもしれない。いや、確実に出ている。警官服を着た中年の男性が、こちらを越えて遥か彼方へとポップコーンのように跳ねている時点で、もはや想定できる範囲の〝最悪〟を超えているのだ。
「か、神奈?」
「大丈夫、必ず生きて戻って来る」
「なら、私も━━」
森音瑠流がそう言ったときには、蒼月神奈の姿は見えなくなっていた。まるでワープしたかのように、さながら幽霊のように。
「かんちゃん……」
森音は思わず膝を地面に落とす。神奈を信じようにも、脱力して身体が動かない。足が、うまく動いてくれない。
「ほら、行きますよ。瑠流さん」
「……アンタが、かんちゃんに責任を負わせたんでしょ?」
「それがどうかしましたか?」
「その所為でかんちゃんが死んだら、どうするのよ」
「そのときは新しい人間を探すだけですし、そもそも神奈さんは負けません。神奈さんに分け与えた力、侮ってもらったら困ります」
ヘーラーは淡々とした態度だった。これが天使の姿だというのか? 代わりがいる? 蒼月神奈の代わりなんているわけない。それなのに、彼女は人間などいくらでも替えの効く便利な道具とでも思っているのか?
「だいたい、悪魔崇拝者を助けるなんて私たちの信念に背く行為なのですよ? 悪魔などと契約した堕落者予備軍を助けるなんて……」
「……もう良い。アンタの言ってることは全部薄っぺらいのよ。人間の叡智を信じられない、愚か者の言葉だわ」
「悪魔と契約した者がそんな世迷い言を抜かしますか。全く、これだから人間という生き物は━━」
刹那、時計台が倒壊し始めた。それは学校そのものの傾きに従い、平地のアスファルトに巨大な穴を開けた。
「かんちゃん!!」
ヘーラーは森音の肩を掴み、彼女を無理やり避難させようとする。「ほら、行きますよ。これくらいでは神奈さんは死にませんから」
「離して!! かんちゃんが死ぬくらいなら、私もいっしょに死ぬ! あの子を無視して向き合わなかった私が悪いんだから━━!!」
ヘーラーは森音瑠流に平手打ちをくらわせた。
「いっしょに死ぬことが美徳だと思っているのですか? だいたい、貴方が死んだら神奈さんの心が折れてしまうかもしれない。私とて〝結婚と家族〟の女神の名前を下賜された身分です。貴方たちの考えていることくらい分かっています。分かったら、行きますよ」
ヘーラーは、腕力だけで尚も暴れる森音を無理やり運んでしまうのだった。
*
少し時間は遡る。
ワープのような現象を起こした蒼月神奈は、学校の教員用駐車場の中に立っていた。
「なんだよ、これ……」
あたりは大火事。消防隊が消火しようにも、なにかしらの干渉を受けて消防車ごと吹き飛ばされているようだった。
「ふーッ……」
教室に残されてしまった子たちがいるかもしれない。先生たちも同様だ。しかし、それらを救助している間にも被害は雪だるま式に膨らんでいく。
となれば、まず〝堕落〟した者を無力化することだろう。蒼月神奈、はっきり言って喧嘩もろくもしてこなかった人生を過ごしてきた。そんな少年が、今やこの学校、いやこの区画を救う唯一の希望だ。
「よし、さっきの要領でワープしよう。念じれば行けるはずだ」
敵だと思われる存在は、時計台の上に立っていた。黒い影に包まれ、しかし火災を起こしているのがソイツだというのは、ズブの素人の神奈にも分かることだった。
と思ったとき、
時計台が神奈の頭上に落ちてきた。
「うぉおおおおお!?」
ワープが間に合うとは思えないほどの速度で、数十メートルの台が倒壊し始めている。神奈はなにもできず、立ち尽くすだけだった。
だが、そのとき、
「変化球シリーズ……〝カッター〟!!」
「……は?」
神奈に直撃するはずだった時計台の一部が、きれいに切り抜かれた。
ここから戦闘シーン入りますぜ




