〝悪魔はどこまで行こうとも悪魔〟
……しかし、ふたりはすぐに知ることになってしまう。悪魔たちが一体なにを企んでいるのか。なぜこんなポンコツ極まりない、されど天使であるヘーラーがわざわざ日本へ派遣されたのか。
「みんな、元気かなぁ」
「元気過ぎて私が疲れるくらいよ。でも、神奈が戻ってきたって聞いたらほとんどの子は喜びそうね」
「そう?」
「そうよ。まぁ、例外もいるけどね」
「鬼山たち、かぁ」
「英人、なんて良い名前もらったんだから、それに見合う存在になってほしいものよね。私も鬼山とその子分どもは嫌いだわ」
鬼山英人は蒼月神奈の天敵だ。典型的ないじめっ子で、中でも弱いものいじめが大好き。近々転校処分になるという噂を聞いたくらい、悪さも働いているらしい。
「まぁ、アイツらも僕が登校拒否し始めてビビっているんじゃない?」
「そうでもないわよ。武勇伝みたいに大声で話してたわ」
「うわぁ」
「巷で聞いたけど鬼山も悪魔と契約したらしいし、いよいよ転校か、なんなら少年院かもね」
「そうであって欲しいけどね」
そんな与太話を交わしつつ、やたらと長い坂道を登っていく。随分長い坂だが、久々に登るとそれなりに達成感的なものがあった。神奈は「ふーっ」と気分良く息を吐く。
「……なんか焦げ臭いわね」
「ん? あ、確かに」
「近くで火事でもあったのかしら」
「んん? みんな血相変えてこっちへ━━」
坂を切り開いて作られた傾斜が強い中学より、見慣れたみんなが逃げるように学校とは真逆の道へ走り出していく。
一体なにがあったのだろう。学校でボヤ騒ぎでもあったか? いや、それなら男子の一部が肝試し感覚かチキンレースみたいなノリで火事を眺めているはずだ。その最中にいそうな男子すら、みんな逃げていく。まるで殺人鬼でも現れたかのように。
「おかしいわね……」
「だね。僕らも避難したほうが良いのかな」
そのとき、
現場に駆けつけたパトカーが、凄まじい勢いで空に飛び跳ねた。坂の下の正門に警察車両が来ていたのなら、相当跳ねている。たとえミニカーを思い切り空へ投げても、こんなに跳ねないだろうに。
「やっぱりなにか起きてるわね。神奈、私たちも逃げたほうが良さそうよ」
「だね。ヒトが登校したらこの騒ぎって、もう呪われているのかな」
そう言って、不審者が出るからとかで、本来通ってはいけないはずの公園を抜けて避難しようと足を動かし出すが、
「神奈さん! 悪魔崇拝者が暴れています! 〝堕落〟したようです!」
ヘーラーが奇妙なことを言ってきた。
「相変わらず言葉足らずですね。堕落ってどういう意味ですか?」
「悪魔と契約した者は、その力の重たさに耐えきれず極稀に暴走するのです! 神奈さんは天使と契約した者なので、その者の魂を浄化しなくてはなりません!」
「なるほど。ヘーラーさんが勝手に片付けることできないんですか?」
「天使の力は人間を媒体に行使できます! 私は神奈さんがいなければ、ただのナイススタイルの超絶美人です!」
「あぁ、そうですか……」
超絶美人だというのも、抜群のスタイルも否定できないのが辛いところかもしれない。
いや、そんなことは今肝心な話ではない。悪魔と契約した者は、極稀に暴走する? そんなこと、森音から渡されたPDFに記入してあったか?
「ねぇ、神奈……。私、悪魔の力が暴走するなんて聞いてないんだけど」
「当然でしょう! 悪魔はどこまで行っても悪魔!! ヒトの混乱を糧に生きる怪物なのですから!!」
不安げな森音瑠流と、今更説明したくせに自慢げに胸を張るヘーラー。
これはまずいな、と神奈は呟き、公園に向かっていた足を一旦止めた。