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TSFマジック-鬼龍娘の僕、きょうも街を守ります-  作者: 東山ルイ
第一章 寂しいヒトが一番偉いんだ
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別室登校系男子の悲劇(きげき)

『ヒトはヒトに支えられて生きていく? そんなの、人生に向き合う度胸のない連中の作ったおとぎ話だ。ヒトはひとりで生まれ、ひとりで生きていく。死ぬときだってひとりだ。……そうじゃなかったら、僕が白痴みたいじゃないか』


 蒼月(そうげつ)神奈(かんな)は日記帳にそう記し、父親からくすねたライターでノートごと燃やしてしまう。どうせ真っ昼間とはいえ広い公園の奥深くだから、なにをしてもバレやしない。


「なにがしたいんだろうか。僕は」


 薄く溜め息を吐き、親からの電話を無視して神奈は寂れたベンチに座る。そして、またもや父親から盗んできたタバコに火をつけてみる。くわえるのは怖いから、手に持ったまま先端に火をまぶし、親指と人差し指でそれを挟んで吸ってみる。


「オェえ!! ゲホッ! ゲホッ!!」


 思わずタバコを地面に落とし、靴で火種を消してしまう。大人や不良の同級生はこんなものにも依存しているのだから、案外馬鹿ばかりなのかもしれない。


 まぁ、そうやってヒトを見下して、崩れかけの自分を保っている神奈自体が一番の愚か者なのかもしれないが。


「……学校、行きたくないなぁ」


 蒼月神奈は、いわゆる〝別室登校児〟だ。週3~4回くらい保健室へ登校している。きょうはその登校日なので、親が心配しているのか電話が鳴り止まないわけだ。

 13歳の中学1年生━━あと少しで2年生になる神奈には、春の暖かさすら届いていない様子だった。いっそ花粉症にでもなり発熱して言い訳できれば楽なのに、とか思ってみたりもする。


 ただ、そんな風に現実逃避したところで逃げる道はない。それくらい分かっている。タバコを吸ってみたり、火遊びしたり、学校をサボったりしてみても、現実から逃れることはできない。


「また着信。もう良いってば」


 電話が鳴り止まないスマートフォンの電源を切らないのには、しっかり理由がある。


 それは、Web小説サイトを見るためだ。コミカライズされた漫画を買うお金はないので、無料で読める小説に没頭しているのである。

 玉石混交の世界だし、最近の流行りには正直ついていけていないが、ただ主人公が爽快に無双して可愛いヒロインに囲まれる……という古典的なものは何度見ても飽きない。


 あぁ……目の前に女神様とか現れないかな、それともトラックに轢かれたら異世界に行けるのかな、あるいは寝ているうちに……、そうして思慮を巡らせたところで、小説の世界はあくまでも誰かの妄想だという虚しい〝現実〟もしっかり認識していた。


 そんな感じでWeb小説を読みつつ、親からの連絡を無視し続けていると、


 ガサッ、と草むらが揺れた。最初は野良猫かなにかだろう、と気にも留めなかったが、

 その音がどんどんこちらに近づいてくる。まずい。今神奈の足元にはタバコが落ちている上に、本来学校に行く時間なのに学生服を着ているから、この音の正体が警察なら補導されてしまう。


 とりあえずタバコとライターを遠くへ放り投げ、なんとか言い訳を考え始めた頃、


「なんてことだ、まさか草むらに落っこちるなんて! しかしこれも神の与えた試練なのですね!!」


 言い訳を考えるあまり尿道まで緩くなっていた神奈の元に、ピンク髪で薄汚れた白衣を着た女が現れた。

 神奈は彼女を見て、その匂いを嗅いだ途端、ふたつの感想を覚える。


 ひとつ、今まで見たことのない美人だということ。クラスで一番可愛いとか、さらに言えば女優だとか、そういう美形な女の子を遥かに超越した美人であった。目・鼻・口・体型……すべてが20代前半くらいの女性として完成されていると思う。


 もうひとつ。異臭がすごい。ただそれだけ。……いや、更に言うのなら、ドブに落ちた犬みたいな匂いがする。


「神が与えた試練なのであれば仕方ありません! ……、んん? ヒトの子がいますね。これもやはり神からのお召し物なのでしょう! 私はヘーラー!! 早速ですが、貴方と契約します!!」


 蒼月神奈は怪訝な面持ちになり、きっと薬物でも使っているのだろうと無視して立ち去ろうとするが、


「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ!! 貴方は天使と契約できるチャンスを貰えたのですよ!?」


 ヘーラーというピンク髪の女が勝手にへばりついて、胸と悪臭を押し付けてくる。しかも涙目になっていた。

 神奈は溜め息をつく。とても面倒臭そうだ。ヒトが絶好の秘密基地的な場所にこもっていたのに、なにが楽しくて薬物依存症疑惑の女と会話せねばならない? 


(…………、おっぱいってこんなに柔らかいんだな)


 しかし、悲しいことに神奈は思春期の最盛期。股間を隠したくなるくらいには、ヘーラーの胸の柔らかさに魅了されているのも事実だった。


「って。違う、そうじゃない」うつむき、顔を赤くした。「あの、薬物依存の更生施設ならここらへんにはありませんよ。確か」

「え。私、薬物依存症だと思われているのですか?」

「え、ヤク中じゃないんですか?」


 なら何者だよ。自分のことを天使だと思いこんでいるのか? という言葉が喉元まで出そうになるが、ぐっと堪え、神奈は愚息が反応する前に彼女から逃れようと手でヘーラーを押す。


「なら、近くに良い病院ありますよ。大丈夫、看護師さんも精神安定剤も怖くないから」

「ぶ、無礼な!」ヘーラーは頬を膨らませる。「私は天使ですぅ!! 誰がなんと言っても天使なのですぅ!! 確かに今はこの国にいる所為で天使の力をあまり行使できませんが、それでも私は天使ですぅ!!」


 なんか勝手に怒り始めた。しかも、やたらと力が強くて彼女を引き剥がせない。もう堂々と振る舞ってしまうか? 天使とかいうのなら、きっと性的なものを嫌うはずだし。


「って!? 貴方、破廉恥(はれんち)ですね!! なんで股間にテント張っているのですか!?」


 しかし、なおもヘーラーは離れてくれなかった。一体なにが目的だというのか。それに加えてこの女、声が大きすぎる。いくら山頂にある公園の奥深くとはいえ、こんな大声張り上げていたら誰かに見つかってしまう。


 神奈はいよいよ根負けし、「分かりましたよ! 話聞きますから抱きつくのを辞めてください!」と声を張り上げた。


「分かれば良いのです、ヒトの子よ」急に冷静な口調になりやがった。


 神奈はガクッと項垂れながら寂れたベンチに座り直し、ヘーラーは立ちながらどこか偉そうな態度で語り始めた。


「良いですか? 私たち天使は人間との〝契約〟がなければ、人間界にとどまることができません。しかし私はSMプレイで奴隷扱いされた……ごほん、この腐った世の中を変えたいのです━━「天使でもSMプレイ知っているんですね。しかもM側ですか」

「……………………、」ヘーラーは自分で言ったことなのに、顔を真っ赤に染めた。「い、いえ? 聞き間違いじゃないですか? 天使の私が堕落したSMプレイや亀甲縛りなど知っているわけが━━「亀甲縛り? なんすか、それ。人間の僕でも聞いたことないですけど」


 実際、神奈は亀甲縛りを知らないため聞いてみただけだったりするが、それはむしろヘーラーを逆上させる理由にもなってしまった。


「貴方は堕落しています!! 私がそう言うのだから間違いないです! ならば、残った天使の力で貴方を堕落しきった姿に変えましょうか!?」

「え、いや。だから、亀甲縛りってなんですか?」

「なんで人間は私のことをいじめるのですか!? もう良いです! えい!!」


 ヘーラーの背中に〝充血した目〟が無数に見える翼が生えた。キモッ、と思った蒼月神奈だったが、次の瞬間には、もうそんなことなんてどうでも良くなる事態が起きていた。


「……え?」


 腕に無数のウロコが出てきた。まるで龍のように。その色は凄まじい勢いで変化していき、やがて青色に染まる。

 また、頭蓋骨が割れるような感覚━━しかし不思議と心地良い気分になっていく。

 そして━━、


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