恋愛ごっこ
《今日は何してた?》
《会社で上司に怒られた><》
《雨だね><》
《あの歌良いよね^0^》
こんな他愛も無い会話を顔も知らない相手とメールだけでやり取りしている。
出会い系のサイトで知り会ったメル友:ゆうじ君である。
その頃私は彼氏と上手く行っておらず、会えない歯痒さが出会い系に走ったキッカケだった。
始めは何人もいたメル友だったが、その殆どが下心があり二言目には
《いつ会える?》の繰り返しで、会う気の無い私は、次々と切っていった。
出会い系に手を出しといて、ルール違反かもしれないが
私は誰とも会う気はなかった。
ゆうじ君は珍しく《会いたい》などの文を一切書いてこないので
安心して会話を楽しめ、唯一続いてるメル友だった。
そして年下という事で、下のいない私にとって弟のような存在で
ある種の母性本能的な感情が生まれていた。
ゆうじ君は私の2歳年下だそうだ。自称なので嘘かもしれないが。
こうゆう場合ウソをついる人が大半らしいが、私は歳や名前や住んでる都市など
大まかな事は本当の事を公表していた。
自分にヤマシイ気持ちが無かったからだ。
バーチャルな関係は、寂しい私の気持ちを充分に癒してくれた。
現実の彼氏とは会えない日々が続き、電話で話しても仕事で疲れきってる彼は
会話さえ盛り上がらない。
冷めた関係ではあるが、私は相変わらず彼を好きだったし支えになりたかったから
寂しい・会いたい・いつ?などの言葉を出かけては飲み込んでいた。
彼も私の気持ちをわかってくれてるし、私を好きである自信もあったので
我慢する事もできた。
ゆうじ君とメールをし始めて3ヵ月が経った頃
《来週、出張でそっちに行くんだよ!温泉地だから楽しみです^0^》
という内容だった。
近くに来るのにもかかわらず、誘いの言葉はない。
安心する反面何だか女としての魅力は無い。
と言われたような気がして淋しくなった。
衝動的に彼氏に会いたくなって、いつもは我慢している気持ちを
ぶつけるように仕事が終わるであろう時間に電話をした。
しかし、なかなか繋がらない・・・そして切ろうとした時
「もしもし?」
と彼の母親では絶対にない年代の女の声が答えた。
ピッ!
私は反射的に‘切る’のボタンを押していた。
え?何?・・・
っと、何秒間は動けなかった。
落ち着き、掛け間違いかもしれないと少し震える手でリダイアル画面を出してみた。
カーソルキーは、一番上の彼の名前になっていた。
もう一度かける勇気は私には無かった・・。
《そうなんだ!仕事で疲れた体には、温泉は効くよ~^0^》
と、ゆうじ君にメールした。
あれから彼氏には電話をしていないし、かかってくる事もない。
もしかしたら、彼は私が電話をした事さえ知らないかもしれないが・・
確信を付いた訳では無いが、彼が浮気をした事は、ほぼ間違いないと思った。
今まで自分が我慢していた気持ちが音を立てて崩れていく。
怒りではない。
疲れたのだ。
放っておかれるには長すぎたのかもしれない。
結局私は自分の許容範囲をわからないまま
我慢してたのだから・・。
《断られるの覚悟で誘いま~す!仕事終わったら少し時間あるので飯でもどうですか?》
と、ゆうじ君からのメールが届いた。
きっと、キチンとした言葉で誘われたら断っていただろう・・・
しかし、今の私にはこの軽快さが気分を楽にしてくれた。
少し無理してでも、自分なりのテンションをあげたかったからだ。
《良いよ^0^ご飯食べに行こう!》
《やったぁ~!言ってみるもんだ!水曜日の夜はどう?》
こうして、何度かのやり取りの後・・
来週の水曜日PM7:00にゆうじ君との初対面の日が決まった。
ゆうじ君は想像していた通り、若さだけが取柄な新入社員そのものだった。
最初はお互い気恥ずかしさもあったが徐々に会話を楽しむ事ができた。
ゆうじ君の好きな人の話・仕事の話・・・。
会うと決めた後でも、誘われたらどうしよう・・などと考えていたが
本当にご飯だけを食べ、そして別れた。
やはり良い気分転換になった・・・
彼氏からは1度会おうと誘われたが、気分が乗らず断っていた。
ゆうじ君と会ってから2週間が経ったが、1度もメールが来なかった。
会ってみてイメージが合わなかったのか・・と思っただけで
気にはなってたが、私には自分からメールをする程の積極的さを持ち合わせてはいない。
そんな矢先・・
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
金曜の夜、久し振りにゆうじ君からメールがあった。
今までの親しげな文ではなく・・・
何だろう?男女の駆け引きのつもりなのか?
その頃の私は初めて大きな仕事を任されていたのもあって、忙しい日常だった。
恋愛ごっこにつき合える余裕もなかった。
‘浮気をしている彼’と言う現実を見るのが怖く、何かに打ち込んでたかった。
会う気は無かったが、その日は本当に用事があったので
断りと軽い世間話のメールをあとでする事にした。
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
ちょうど一週間後の金曜の夜。
このメールで先週のメールを返信しなかった事に気付く程、仕事にのめり込んでいた。
さすがに悪いとは思ったが、反面腹立たしく感じた。
気をひく為のメールだろうが・・・幼稚すぎる。
張り合う気はないが、優しく接する気も無い。
結局今回も返信はしなかった。
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
あれから決まって金曜の夜にはメールが来る。
返信をしなくなって今回でもう5回目。
さすがに、駆け引きとは思えなくなり段々恐怖心という物が生まれつつある。
金曜が近づく度にビクビクしていた。
彼氏にも友達にも相談したが、無視していれば諦める。という助言だけだった。
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
3週間経っても、メールは続いていた。
私は普段からミステリーやホラーサスペンスを好んで読んでいるせいもあってか
予期せぬ妄想が頭の中を掛け廻る。
《最近自分の行動に歯止めが利かず、悩んでいます。誰か僕を助けて下さい。》
このメールが届く頃・・・私はノイローゼ気味になっていった。
《この前見た映画お勧めだよ!ほんと一人だとする事なくて・・・》
《レンタル屋のお姉さんとご飯食べに行ったんだ!》
《ねぇ!聞いてる?》
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
《この前のメールでいった映画面白かったでしょ?》
《今何してる?》
《お風呂上がったよ!》
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
と一方的に送り続けてくるメールは2ヶ月目になり、金曜日の枠を超えて連日になっていた。
夢にも出てくる恐怖もあり、私は不眠症になっていた。
会話は成立してないにも関わらず続く内容。
異常者としか思えない行動に、私は怯え・・・耐えれずに結束を破った。
《迷惑です。会う気も返信する気も一切無いのでやめてください。》
言いたい事は一杯あったが、相手を刺激せず冷静を装った。
私には精一杯の行動だった。
それから2週間ゆうじ君からのメールは無い。
やっと終わったんだ。という安心感からか、不眠症も治り心に余裕も戻った。
最近の彼氏は私を心配してか、会う日も増え毎日の電話もかかさなかった。
結局彼の浮気話は1度もしないまま、私達は今年の冬に結婚する・・。
色々あったが今、私は幸せを感じていた。
いつものカフェで彼を待っているとメールが鳴った。2件入っていた。
見慣れないアドレスに首を傾げ開いてみると・・・・・
《明日の土曜もし会えるなら連絡ください。会えなかったら無視してください。》
・・・・・・。
急いで2件目を開くと
《後の正面だ~~~れだ?》
The End