【第7話】初めての共同制作
「これ、やってみない?」
その日、書道室に現れた顧問の田島先生は、そう言って一枚の長い半紙を机の上に広げた。
「合同作品ってやつ。学年の掲示板に貼る用。せっかくだし、今年は新入部員で一枚、ってどう?」
三人は顔を見合わせた。
「三人で、一枚の紙に?」
「そう。好きな文字でも、好きな言葉でもいいよ。ただし、“バラバラだけど、調和してる”こと」
先生はそれだけ言い残して、書道室を後にした。
「……調和って、どうやんのよ」
あすかがぼやく。
「私の筆、だいたいバラバラに暴れるんだけど」
「わたし、逆に他の人と並んだら目立たないかも……」
真理子が不安そうに呟く。
「問題は、配置とリズムね」
志津香はすでにイメージを練り始めていた。
「例えば縦書きにして、真ん中を真理子さん。右に私。左にあすか、ってどう?」
「なんで真ん中が真理子?」
「落ち着いた字で真ん中を“締める”。で、私が構成を安定させて、あすかが……まあ、爆発すればいいんじゃない?」
「爆発って……あんたさぁ」
笑いながらも、三人の中に小さな熱が生まれていた。
それぞれ筆を取り、練習を始める。真理子は「和」、志津香は「静」、あすかは「翔」と書くことに決めた。
言葉を揃える必要はない。けれど、それぞれが“いまの自分”を表せる一字を選んだ。
紙を前に並んで立ち、息を合わせる。
「じゃあ……書くよ?」
真理子の声に、ふたりが頷く。
最初に筆を置いたのは真理子だった。やさしく、ためらいながらも、まっすぐな線。「和」の字がふわりと紙の中心に咲いた。
続けて志津香。無駄のない動きで「静」の字を引き締める。墨の濃淡が、まるで風景画のようだった。
最後に、あすか。勢いよく筆を走らせ、「翔」の字が紙の左端で舞い上がった。
書き終えた瞬間、三人は一歩ずつ後ろに下がり、紙を見つめた。
バラバラなようで、どこか繋がっている。
整ってはいない。完璧でもない。
でも、まぎれもなく「三人で書いた」という証が、そこにあった。
「……悪くないじゃん」
あすかが、ぽつりと呟いた。
「うん。これ、ちゃんと“書道部”のはじまりって感じする」
真理子が笑い、志津香が静かに頷いた。
初めての共同制作は、不格好だけれど確かだった。
墨のにじみも、筆のバランスも、線の勢いも、全部――心の一部だった。