【第6話】字に映る心
風に揺れる三枚の半紙が、書道室の壁に貼られていた。
「一筆入魂」——真理子。
「無心」——志津香。
「爆」——あすか。
誰が見ても、三人の個性がにじみ出ていた。
「……やっぱ変かな、私の」
あすかが壁を見上げながら言った。自分の選んだ「爆」の字が、周囲よりもひときわ太く、にじんでいたからだ。
「変じゃないよ」
真理子が優しく笑う。
「らしい、って思った。勢いがあって、ぱっと目を引いて……ちょっとだけ怖いけど」
「やっぱ怖いんじゃん」
「ううん、でも、“伝わってくる”字だよ」
志津香も頷く。
「……字には、気持ちが映るの。自信のなさも、怒りも、喜びも。あすかの字は、“迷ってない”。それだけで強い」
あすかは鼻を鳴らして笑った。
「褒めてんの? それともまた皮肉?」
「事実を言っただけ」
そのやりとりに、真理子がくすっと笑う。
「志津香ちゃんの“無心”って字、逆にすごく緊張してたと思うけどな。筆跡が、いつもより細かく揃ってて」
志津香は一瞬、目を見開いた。
「……見てるのね、ちゃんと」
「うん。見てた」
真理子の字も、二人にはちゃんと伝わっていた。
「“一筆入魂”の“魂”のところ、すごく丁寧だった。たぶん、一番好きな字だったんじゃない?」
そう言ったのはあすかだった。
真理子は照れくさそうに笑った。
「うん。……好きっていうか、願い、かな。“これから、こうなれたらいいな”って」
三人の視線が、再び壁の字に集まる。
筆で書かれた文字は、ただの“形”ではない。
そこに込められた気持ちや覚悟、迷いや衝動が、ちゃんと誰かに伝わっている。
「……書って、すごいね」
あすかが、ぽつりと呟く。
「うん。言葉にできないことも、紙の上になら映るかも」
真理子が言う。
「だから、こわい。けど、おもしろい」
志津香が、小さく微笑んだ。
その日、三人はまだ稚拙な線しか書けなかった。
でも、自分の“心”が文字に映るのだと気づいたことが、最初の一歩になった。
書道室の窓から差し込む西陽が、三人の机の上をやさしく照らしていた。