LOG_003 ─ The Day the Teacher Found Out: Clash of Beliefs
ArcScriptを作ってからというもの、俺は“詠唱のいらない魔法”を少しずつ成功させていった。
ただし、それは夜の自室で、こっそりと、魔力の制御を極限まで絞った安全な構文だけだ。
実験と検証、バグと調整。
誰にも知られず、静かに俺だけの言語体系は育っていった。
だが──事件は思いがけず、唐突に訪れた。
「では今日は、基本四属性の火球を使った実技訓練に入りましょう」
魔法訓練室。
石造りの空間に、生徒たちが等間隔に並ぶ。俺の兄たちもいた。俺はその最後列に立っていた。
教師は古典的な教え方をする人物で、詠唱重視。構文の説明など一切なく、「感じろ」の一点張りだった。
俺は正直、うんざりしていた。
「レオン。きみも撃ってごらん」
順番が回ってきた。
俺は、覚悟を決めた。
──やってやろう。構文で。
「attribute = fire; type = projectile; power = 20; explode_on_hit = true...」
小声で唱える。
呪文ではなく、構文そのままを。
構文が脳内で構成されると、魔力が指先に集まり始める。
詠唱に頼らずとも魔法は起動する。
次の瞬間、火球が静かに浮かび上がり、指先から放たれた。
──正確無比な軌道。指定した出力通りの威力。
目標の木製標的に当たり、控えめな爆発音と共に焦げ跡を残した。
「……っな……!?」
教師が絶句する。
生徒たちがざわめいた。
「今、なんて唱えた?」「聞いたことない呪文だった……」
「レオン君。今の魔法……一体、どうやって発動した?」
教師が顔をこわばらせて俺に詰め寄ってくる。
「書いたんです。魔法の構文を。呪文じゃなく、命令として」
「バカな。そんなものが通用するはずが……」
「でも、発動しました」
俺は構文が書かれたノートを教師に見せる。
規則正しく書かれた命令文。
教師の表情が凍りついた。
「これは……解析式……? 読み取れる、いや、これほど整って……」
一瞬、彼の目に驚きと感嘆が混じった。
だが、すぐにその目は拒絶に変わる。
「これは“禁術”に近い発想だ。魔法は神の言葉であり、人が再構成してはならない」
「でも、構成できるなら、それは技術です」
「黙れ! 技術に魔法を堕とすつもりか!」
初めてだった。
誰かに、真正面から自分の構文魔法を否定されたのは。
でも、俺は引かなかった。
「教わった通りの呪文で、誰も火球が出せない中、俺の魔法は正しく動いた。
それが答えじゃないんですか?」
教師は言葉を失い、そのまま沈黙した。
その日の実技訓練は中止になった。
その夜、俺は父に呼ばれた。
「お前、今日の魔法……“自分で書いた”のか?」
「うん」
「誰かに教わったのではなく?」
「違う。自分で、理解して、構築した」
父は長く黙り込んだ。
重苦しい空気。
だが、意外なことを言った。
「……誰にも言うな。だが、続けて構わん」
「え?」
「その知識は危うい。だが、お前が見ている“魔法”の可能性……それを、俺は否定できん」
父のその言葉が、俺の中の炎を静かに強くした。
誰も知らない魔法を俺は知っている。
誰も触れていない技術に、俺は触れた。
この構文で、俺は世界を“書き換える”。
その第一歩が、今日だった。