LOG_002 ─ First Scripted Spell: A Bug in the Code
魔法の構文が“読める”という確信は、日に日に強くなっていた。
四歳を迎えたある日、俺はついに決心する。
「書いてみよう。……いや、“唱えずに、動かしてみよう”」
その夜、部屋の隅に置かれた机で、小さな紙片にスクリプトを走り書く。
インク壺と羽ペンが、やけに緊張感を煽る。
内容は、単純な照明魔法。
火球ではなく、部屋を照らすだけの小規模魔法。いわゆる“光”系。
@cast
spell {
type = "light";
attribute = "neutral";
intensity = 3;
duration = 10;
}
唱える代わりに、この紙を媒体として魔力を流すつもりだった。
実験とはいえ、正直怖かった。失敗すれば爆発するかもしれない。
だが、わかっている。
この構文なら、危険性は限りなく低い。
俺は指先から、ほんのわずかに魔力を紙へと流し込んだ。
……次の瞬間。
紙が熱を帯び、わずかに浮かび上がったかと思うと、
バチッ、と乾いた音を立てて、机の上で小さく閃光を放った。
「っ……!」
閃光は一瞬だった。だが、まちがいなく“魔法”が起動した。
しかも、構文だけで。
成功だ。
声も、呪文も使っていない。
誰かに教わったわけでもない。
俺の書いたスクリプトが、この世界に“通じた”。
俺は思わず震える指で、紙の端をつまみあげる。
しかしその瞬間――
紙が、溶けていた。
いや、正確には“構文が崩れていた”。
文字列の一部が、意図しない場所で変形している。
「バグ……か」
光魔法の余波で構文が焼き切れた。おそらく、想定していた“duration”の単位が違った。
“10”という数値が“10秒”ではなく、“10分”あるいは“10tick”として解釈され、
魔力が強制終了したのだろう。
それでも、俺にははっきりわかった。
これは、動く。
この世界の魔法は、正しく記述されさえすれば、実行できる。
だが同時に、こうも思った。
──書き間違えたら、死ぬな。
その日以降、俺は“コードで魔法を書く”ことにのめり込んだ。
他の子どもたちが詠唱を覚える横で、
俺だけは静かに構文の分解と再構成を繰り返していた。
毎日のようにノートにスクリプトを書き、魔力量の微調整を行い、
成功と失敗を繰り返す日々。
コードを一文字変えるだけで、魔法の挙動が変わる。
属性を“neutral”から“solar”にすれば熱量が上がり、
intensityを“auto”にすれば周囲の明るさに応じて光量が変化するようになった。
まるで、コードをデバッグしているようだった。
だが、周囲はそんな俺の研究を理解しなかった。
「レオンは変なことばかり考えている」
「呪文を使わないと魔法じゃない」
「神の力をいじるなんて罰が当たる」
使用人や教師は陰でそう言っていたし、兄たちはからかい半分に俺のノートを覗き見して笑っていた。
それでも、俺は構わなかった。
なぜなら、俺の中には“手応え”があったからだ。
魔法を作る手応え。
コードが動く喜び。
そして、それが誰にも知られていない、世界で自分だけの技術であるという確信。
そう確信した夜、俺は魔法書の一番最後のページに、
自分だけの魔法体系のタイトルを書き加えた。
《ArcScript》
それは、世界でまだ誰も知らない、新しい魔法言語の誕生だった。