四章 「聴き取る朝」 -1-
ぐっしょりと汗をかいていた。
変な夢を見たせいであろう。
それに加藤の事でのストレス、山道を歩いた疲労感で体は鉛のように重かった。
隣を見て見ると昨晩と変わらない綺麗に敷かれた布団があった。
八田は昨日、ここには来なかったのだろうか?
結局昨日は八田と話すことはできなかった。
家に帰った時には八田の姿はもう無く、探そうかと思ったが僕は止めた。
人の家の中を散策するのは非礼に値するが、事情が事情である。
家の中をうろつこうとも別段とがめられることも無いだろうとも思ったが、その必要も無いかと思ってしまう。
桐嶋老人が八田の分の布団を敷いているのを見て、ああここに戻ってくるのだと思ったのだ。
けれど、僕は先に眠りに落ちた。
そして、もし待っていても八田は姿を見せなかったかもしれない。
八田を探さなくては、そう思った。
「ああ、起きたようだね」
それから程なく人に会う。
八田の兄だ。
その表情には笑顔が貼り付けられていて、冷徹な顔しか知らない僕にとっては違和感以外の何物でもなかった。
「加藤君のお友達の名取昂司君でいいのかな?起き抜けで悪いが、少しお話を聞かせてもらえるかな?」
そして、もう一人。
物腰の柔らかな中年の男性がいた。
恐らく警察の関係のものであろうことは見てとれた。
もしかしたら八田が昨日部屋に帰ってこなかったのはこの警察につかまって事情を聞かれていたからかもしれない。
それならば多少事情は聞いているはずだろう。
「はい。ですが、こちらからも一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「言える範囲の事でよければ」
「加藤は、加藤は何故あんな風になったのですか?僕には今でも信じられません。そもそもカラスに襲われて死んだ人の話なんて聞いた事もない。果たして本当にそんなことがあり得るのですか?あり得るのだとしたら、一体どうやって?走って逃げるなり出来たはずだ。むざむざカラスに肉を食い破られるのを待つなんて、そんな事。あり得ない。何故、どうして?」
僕は一気にまくしたてる。
けれども目の前の中年の男性はそのような状況になれているのか、うんうんと頷き冷静な対応をしている。
「君の疑問は当然だろう。私も五年前にはそう思ったからね」
「五年前?」
中年の男性は八田の兄に視線を送り、コンタクトをとる。
それに答える様に八田の兄は笑顔で頷く。
「五年前、八田君のお父さんも同じ現場で、同じようにカラスに襲われてね。その当時は君と同じことを思ったよ」
「え?!」
僕は八田の兄を見てやるが、彼は表情一つ変えはしない。
「この辺のカラスは一際凶暴でね。かくいう私も襲われてこの有様さ」
中年の男は袖をたくしあげ、腕を見せる。
そこには一筋の傷跡。
「五針も縫う大けがだった。その節は八田君にも世話になったかな?」
「いえ、私はただ応急処置をしたまでですから」
「名誉の勲章と言う訳ではないのだがね。五年前、八田君の父親が襲われた後、近隣の住民もさすがに怖がってカラスの駆除をしたんだ。けれど、その際居合わせた私も襲われてね。実際襲われてみなければ、こういうものの恐怖は分からないようだろうけど」
「けど、死に物狂いで逃げれば命を失うまでにはならないのでは?」
納得がいかない。
それは同時に僕の中で加藤を過大評価していると言う事でもある。
「ここのカラスは逃げるなんて事を許しはしない。奴らは君達が思っているよりも優秀だ。目の前で親を殺された私と弟にはそれがよく分かる」
「例えば、名取君。君がいきなり路上で誰かに刺されたとするだろう。その時、君は本当にすぐに逃げ出す事が出来ると思うかい?」
僕は思考する。
もし僕が加藤だったなら。
「痛みにうめき、その場にうずくまるかもしれない」
「その間に囲まれて身動きが取れなくなって、どうしようもなくなることだってある。もちろんそうなる事もあると言う可能性の話であって、事実がどうかは分からない。加藤君が実際どうなってあのような悲惨な姿になったのか、それを知るために私達は事情を聴いているのだから。あらゆる可能性があると私は思っているからね。じゃあ、真実に近づくためにも君の知っている事をおじさんに話してくれるかな」
長年の技術でもあるのだろう。
その中年の男性のにこやかな顔を見ていると、思わずどうでもいい事まで吐露してしまいそうな気分になる。
「それではそろそろ私は席を外した方がよさそうですね」
「ああ、そうしてくれると助かるね」
外面として用意された八田の兄の笑顔は崩れる事無く、その場を完璧に演じ切り、去ろうとしていた。
「待ってくれ」
聞いておかなくてはならない。
「八田は、八田はなんて言っていたんだ?八田はその場にいたんだろう?加藤がカラスに襲われたまさにその現場に!」
八田の兄はわざとらしく肩をすくめ、少なくとも僕にはそう見えた、中年の男に視線をまたやる。
捜査の情報の管理を私はしかねると言った風である。
視線に答える様に心得たとうなずく男。




