二章 「八田の家」 -2-
加藤がしかめ面で八田に問う。
一体この部屋の何処に不満があるのだろうと思ったが、すぐにそうではないと分かる。
ようは部屋自体の問題ではなく、
「神谷さんに他の部屋を用意してあげないと。こんな野獣達と一緒に寝る訳にはいのねえだろ」
加藤、お前って奴は。
この中で一番野獣みたいなのに。
いつもならなんで僕が野獣なんだと突っ込みたくなるが、ここまで来るといっそ清々しさまで感じる。
「そう?僕は神谷さんさえよければ一緒に寝たいけど」
「え?あ、私は・・・」
「八田!」
「分かってる。ちゃんと部屋は用意するよ。少し残念だけど」
と八田はおどけて、神谷さんに肩をすくめて見せる。
それから桐嶋老人がお茶とお茶菓子を用意してくれて、一息入れた。
その折、部屋の事を言うと快く引き受けてくれた。
「それにしてもよぉ」
と加藤はバリバリと煎餅をかじりながら、
「あの八田の兄貴、なんかいけすかねぇな。俺の事じろじろ睨んできやがるし」
不満を漏らす。
いや、見ていたのはお前だけじゃないから。
加藤の自意識過剰であろう。
「そうかな?八田君のお兄さん、すごくきれいで、私見つめられるだけですごくドキドキしたけど」
「もしかして神谷さんって意外とミーハー?」
「そ、そんな事無いよ。女の子だったら普通の反応だって。皆だって八田君のお兄さんが女の人だったら、多分おんなじ反応するよ」
確かに、もし彼が女性だと考えると・・・
「ああ、まあ、そうかもな。俺も見とれるかもしれねぇな」
「何?加藤はああいう男が好みなわけ?道理で女に興味が無い訳だ」
「そうなんだ。加藤さん、兄さんと結婚する時は僕を式に呼ばないでね。お願いだから」
「ち、違う!俺はそんな意味で言ったんじゃねぇ!」
顔を真っ赤にして弁明する加藤が面白かったのか、神谷さんもくすくす笑っていた。
思えば、今日初めて神谷さんの笑顔を見た気がする。
加藤ではないが、やはり女性には笑顔が似合う。
初めは乗り気でなかった旅行も、こうして普段見られない一面が見えると言った旅行ならではの事を発見すると、存外この旅行も悪くないような気もしてくるから不思議だ。
ただこの旅行が終わるまでに加藤には手加減と言うものを教えなければいけない。
恥ずかしいのか何なのか知らないが、叩かれた背中が痛くて仕様が無い。
きっとあざになって残るだろう。
「じゃあ、そろそろこの辺案内してくれよ、八田」
「えっと。僕、ここまで車運転して来て少し疲れてるんだけど」
「そんなの知るかよ。さっさと行くぞ」
「名取さんは?」
僕まで道連れにして欲しくない。
僕は丁重に断る。
「嫌だ。行きたくない」
「まあ、そうですよね。じゃあ、神谷さんは?」
「わ、私は・・・」
どうすればいいと助けを求めて、こちらを見る神谷さん。
けれど、僕にはどうする事も出来ないので、巻き込まれないよう視線を外す。
すかさず加藤が助け船を出す。
「だめだ。神谷さんは疲れているから今日は俺らだけだ」
「僕も疲れているんだけど・・・ずるいなぁ」
暴君と哀れな殉教者を見送り、僕は広い部屋の中央に寝転がる。
程なく桐嶋老人が現れ、お部屋の用意ができましたと神谷さんを連れ去った。
一人きりになった空間にゆったりとした静かな時間が流れる。
何も無いと八田は言っていたが、そこには何も無いがあった。
情報や物質があふれかえる生活よりも、こうした何も無い中に入っていくと、自分の存在感が際立つ。
普通に生活していては味わえない感覚である。
少々感傷的になってしまうのが玉に傷だが。
それから時間は過ぎ、八田が帰ってきたのは夕方。
そこに加藤の姿は無かった。
「加藤は?」
そう僕が聞くと、八田は口ごもる。
何かあったのであろう。
八田の顔は蒼白だった。




