二章 「八田の家」 -1-
「お帰りなさい、俊佑」
「お帰りなさいませ、俊佑坊ちゃま」
出迎えてくれたのは、和装の品の良い女性と笑いじわをたたえた好々爺と呼ぶべき人物であった。
「ただいま、母さん。桐嶋さんも元気そうで」
「ええ、お陰様で」
僕は呆けてその光景を見ていた。
久しぶりの家族の再会を邪魔してはいけないといったものではない。
ただ自分が実家に帰った時の事を思い出して、文化の違いに打ちのめされていた。
押し並べて他人の家の文化と言うものは違和感を感じずにはいられないが、その中でも八田家は群を抜いている。
恐るべし、八田家である。
「それよりも俊佑坊ちゃまはお車の運転でお疲れでしょう。早々にお部屋にご案内しますので。皆様もどうぞご自分の家だと思ってゆるりとしてください。では、お荷物を持ちます故」
桐嶋老人はしわを作った原因の笑顔を浮かべ、こちらに手を差し伸べる。
「いえ、僕は自分で持ちますので」
さすがに老人に荷物を渡す訳にはいかないだろう。
こんな僕だが敬老の精神ぐらいは持ち合わせている。
「では、そちらのお嬢様は?」
神谷さんはチラリと隣を見る。
もう既に神谷さんの荷物は加藤がすべて持っている。
「そうですか。では、お部屋にご案内します」
そして、僕らがおずおずとついていこうとすると八田の母親の後ろの戸が開いた。
現れたのは、またも和装の人物。
整った顔立ち、透き通るほどの白い肌、肩口まで伸びている艶のある黒髪。
着物の上からでも分かる細い四肢。
「兄さん」
八田がそう口にしなければ、僕はきっと彼を女性だと思っただろう。
「何だ。来ていたのか」
八田の兄はそっけなく弟に言葉を返すと、僕達を見回した。
その双眸には魔力があるように、僕の心臓を高鳴らせる。
男だと分かっていても、その美しさに艶めいたものを感じずにはいられない。
僕は息をのみながら彼の視線に耐えていると、彼は眉間にしわを寄せた。
それから八田の兄は何も言わず、ピシャリと戸を閉めた。
「こら、冬馬。ちゃんとお客さんにご挨拶なさい」
八田の母親が閉まった戸に向かって話しかける。
返事は無い。
「ごめんなさいね。気を悪くしないでください。あの子、少し恥ずかしがりやなもので」
そう言って、八田の母親は柔和な笑顔を僕らに向けてくれている。
そうなのだろうか。
恥ずかしがり屋があんな威風堂々とした雰囲気を醸し出せるだろうか。
むしろ恥ずかしがっていると言うよりも、もっと、こう何か汚い虫でも見るような目だった。
八田の話では僕らが旅行先を八田の実家にした事を喜んでいたと言う事だったけれど、どうやら家族の全てがそうではないらしい。
きっと八田の兄にとって僕らは招かれざる客なのだろう。
そんな事を思いながら、僕等は桐嶋老人の案内のもと、一つの大広間に導かれた。
「なぁ、俊佑坊ちゃん。この部屋、四人じゃ広すぎないか?」
「坊ちゃんは止めてくださいよ、名取さん。桐嶋さんはそんなんじゃないですから。僕の母親は生まれつき体が弱くて、それで桐嶋さんには僕が幼いころからお世話になっていたんです。その頃の呼び方がそのまま残っているだけですから。桐嶋さんはいわばヘルパーさんみたいなものです」
いや、ヘルパーじゃなくてバトラーの間違いだろう。
これで八田が桐嶋老人を『じい』と呼んでいれば完璧なのだが。
とお茶を入れますと部屋を後にした桐嶋老人の事を思う。
「部屋に関しては他に就職決まったメンバーが増えるかもしれないと思っていましたので、少し広めの部屋をと頼んでいましたから、そのせいですね」
まあ、世俗を忘れて田舎でのんびりやろうという企画なのだから、こんな広い部屋でゆっくりするのも悪くは無い。
「このほかに部屋は用意していないのか?」




