一章 「唐沢村へ」 -2-
それから車は進み、灰色の味気ない景色を下り、街から町へ、やがて町を構成する家々も少なくなっていき、景色は木々の緑が席巻する。
「もうすぐ着くよ」
ラジオのDJが頑張って喋っているだけで、取り立てて会話の無かった車内に八田の声が響く。
やっとか、と少し体をよじる。
「何だかのどかな所だね。八田君の田舎って」
「ああ、まあね。でも、田舎ってどこに行ってもこんなものだと思うけれど」
「僕は田舎が無いから素直にこんな風景がうらやましいと思うけど」
「そう?何にもないよ。ただ自然が多いだけで、他には何もない。そんなところが良いなんて名取さん、変わってるね」
ハンドルを握ったまま澄ました顔でそんな事を言う八田。
何だね、八田君、それは嫌味かね?
そうだとしたら心外だ。
僕はいたって普通だ。
「良いじゃねぇか。自然さえあれば。畑で野菜植えて、川で魚釣って、たまにバーベキューなんてしたりして。最高じゃねぇかよ」
加藤の馬鹿発言に八田は軽く笑み、
「そうだね。もし僕がお金に余裕があって、そんな風に気ままに暮らせるなら最高かもね。けれど、実際作物を育ててお金を稼ぐってのは思ったよりも大変なんだよ」
と返す。
「ほら、そことか見てごらん」
八田がよこした視線の先には雑草がぼうぼうに生えた土地があった。
「昔はそこも田んぼだったけど、もう放棄地になってしまっている」
「減反って奴か?」
「それもあるけど、米を作っても儲からないってのもある。それと作る人の不足」
八田の言葉は依然として抑揚のない話し方だった。
けれど故郷について、いや、未来について語る八田の言葉はどこか熱を帯びているようにも感じとれた。
これから家を継いで農業やる八田にとって、今の現状はどう映っているのだろうか。
「農業や介護の人手不足が言われているけれど、一向に改善されないのは農業は皆が思っているよりも大変で、その上儲からないから。国の根幹を支えているっていうプライドだけだと、ね。もちろん農業やって儲かっているところだってある。要は儲かるシステムをいかに作るかってことが問題なんだと思う」
「何か八田って真面目だよな」
加藤は興味無さそうに相槌を打つ。
「そうでもないよ。口では偉そうなこと言って、結局僕は何もできないと思う。こうしたら絶対儲かるって言って、他の人を先導して損益だしたら、それこそただの詐欺だし。僕は口先だけの理想論者だよ」
それは八田だけに限ったことではないだろう。
かく言う、僕もそうかもしれないのだから。
現状を何とかしたいと思いながらも何もできず、やきもきしている人間が世の中に何と多いことか。
早くから準備をして、僕は職を得たが、その先の事となると混沌としてまるで見えてきやしない。
神谷さんだって親類のつてを頼って何とかもぐりこんだと言っても良いようなものだ。
ただ加藤だけが、何故だか分からないが、本当に何故だか分からないが結構有名な企業の内定をもらっていた。
しかも一発目の企業だったらしい。
悪いことではない。
仲間の朗報を喜ぶべきだろう。
だが、一方でやるせなさがあるのも事実だ。
出来る事なら加藤を採用した人にあって、話を聞いてみたいものだ。
別に加藤が悪い訳ではない。
問題なのは僕が抱いてきた価値観との隔たりを感じたからだ。
一時は僕はこの世界に必要とされていないんじゃないかってさえ思えた。
就職先がやっと決まって、ようやく気付く。
自分で自分の道を閉ざしていた事を。
「ねえ、あの木。すごいね。あの木一本だけ特別扱いされている感じ。この辺りの御神木みたいなのかな?」
僕の重苦しい思考を絶ってくれたのは、神谷さんの言葉だった。
その言葉が指していた木は、低い山の頂にあった。
その木の周りの木々は切られ、ぽつりとそこに存在する。
非常に大きな木で、あれほどになると樹齢何年ほどになるだろう?
「ああ、あの木は・・・木だね」
「そのままじゃないか」
刹那、加藤が突然噴き出す。
その大きな笑い声に僕はキョトンとして加藤を見つめた。
神谷さんも不思議そうに見つめている。
「はっはっはっ・・・八田、お前本当は結構面白いんだな」
「そう?そんな事初めて言われたけど。多分加藤さんは他人と感性が違うんだね。へえ、新しい発見。加藤さんも変わった人だったんだ」
おい、待て、八田。
『も』って、僕と加藤を同列に扱う気か。
不愉快だ。
早急に前言を撤回して欲しい。
「ああ、もう僕の家見えてきた。その右手側に見える家がそうだよ」
古風な日本家屋である。
けれど、その大きさは一体何坪あるのだろうか?
もしかして八田って金持ちなのか?
「おい、八田。お前の家、金持ちなのか?」
言いにくい事を加藤がずけずけと八田に聞く。
良くやった加藤。
「そんな事無いよ。まあ、田舎だからね。土地も安いし、あれぐらいの家、珍しくないよ」
そんな事はないだろう。
何でもかんでも田舎で片づけるな、八田。
そして、僕らは八田の実家にお世話になる事となった。




