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おまけ

「見送りに行かなくていいの?冬馬」

「構わない」

 家の外では車のエンジン音が鳴っている。

 名取達が乗って来て置き去りにされ、桐嶋が探し出してきた車である。

 その車内には冬馬の弟、俊介の姿はない。

「それにしても俊佑も慌しい子よね。ようやく家に帰って来たと思ったらもう戻るだなんて。でも、加藤君の事もあったし、仕様がないと言えば仕様がないけれど。忘れもの取りに帰ってきたなら、一言挨拶していけばいいのに」

「そうだね」

 冬馬はコップに水を注ぎ、渇いた口に含む。

 まるで泥でも食んだように口の中がざらざらとしていた。

「忘れものってそんなに大事なものだったのかしら。なんなら送ってあげたのにねぇ」

「さあ?私は知らない」

 一気に水を飲み干し、二杯目を注ぐ。

「あら、冬馬。具合悪いの?いつにも増して無愛想よ」

「そんな事はない」

「寂しいのかしら?」

 口に運ぼうとしたコップがカタンと音を立て、テーブルを叩く。

 冬馬は母の言葉に眉根を歪め、眉間にしわを寄せた。

「・・・違う」

 刺々しい視線も柔和な母の笑顔の前では意味を成さない。

「だったら俊佑と喧嘩でもしたの?」

「していない」

 その言葉は本当だ。

 冬馬は俊佑と喧嘩などしていない。

 久しぶりに会った事への気恥ずかしさはあったものの、以前と変わらない仲のいい関係だった。

 仲の良い兄弟。

 喧嘩など本当に数えるほどしかしていない。

 けれど、もう少し世間の兄弟の様に喧嘩していても良かったかなと少し冬馬は思う。

 もうこれから先は喧嘩することなど無いのだから。

「だって冬馬、楽しみにしてたでしょ。俊佑が来るの」

 その母の言葉には答えず、冬馬は無言でその場を後にしようと障子戸を開ける。

「でも、もう少したら俊佑もこの家に戻ってくるから。あまり気にすることも無いかしらね」

 ピシャリと戸が閉まり、冬馬は天を仰ぐ。

「そうだね。母さんと。私と。弟と。桐嶋さんと。一緒に。楽しく・・・一緒に暮らせる・・・もうすぐ」

 ゆっくりと自分に言い聞かせるような言葉。

 冬馬は込み上げてくるものに目頭を押さえた。

「もう、泣くくらいならちゃんと見送りに行きなさい。ホント、冬馬は意地っ張りなのだから」

 障子戸の向こうから八田の母の声が冬馬にかけられる。

 呆れた様な、温かな優しい声。

 真実を知ったなら、この声はまたあの涙声に変わってしまうのだろうか。

 八田冬馬は顔を覆い、全てを覆いかくそうとする。

 けれど、涙は、声は指と指の隙間から漏れ出るのだった。


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