エピローグ
墓の前には先客があった。
「神谷さん、先に来てたんだね」
「うん」
もう既にきれいにされた墓には、花や線香が供えられていた。
その墓の前にちょこんとしゃがんだ神谷さんが手を合わせていた。
僕は持ってきた生前加藤があまり飲めなかった酒を墓にかけてやる。
きっと下戸の加藤の事であろう、あの世で気持ち悪くなって顔が青ざめているかもしれない。
そして、僕は静かに手を合わせた。
あれから僕はすぐにでも警察に行くつもりだった。
けれど、僕は結局警察に行ってはいない。
それは必然か、偶然か、僕が警察署に一歩踏み入れようとした瞬間、カラスが一声鳴いた。
すると僕の体は暗示が掛かっているように震えだし、動けなくなった。
当然不審に思われ警察官に話しかけられる。
事件について語るべきである。
そう思うも、警察は信じてくれなかったという八田の兄の言葉を思い出し、言葉はのどのあたりでうごめいていた。
カラスを操る男がいて・・・なんて事を言ったら信じるだろうか。
それが冷静に考えるとひどくファンタジーなあり得ない事がよく分かった。
僕は頭のおかしい人間として扱われてしまうだろうか。
そう思うと怖かった。
結局『何でもないです』と逃げ帰ってしまった。
それから何度か警察署に足を運んだが、その度に震えが走った。
もちろん警察署の前に行くといつもカラスが鳴く訳ではない。
けれど、一度僕の中にこびりついた恐怖心は簡単には拭いきれるものでもなかった。
「ねえ、名取君。加藤君と八田君は私達のこと恨んでいるかな?」
「どうだろう。加藤の家に行ったときに僕も同じような事を考えたけれど・・・」
僕らはあの後加藤に家にも行った。
加藤の死の事情を話すためだ。
正直どんな罵詈雑言を浴びせられるのかと内心びくびくしていたが、加藤の両親はそんな言葉一つももらさなかった。
それどころか『大変だったでしょ』『怖い思いをさせたね』『もう大丈夫』と優しい言葉をかけてくれた。
僕はいたたまれなく、どうせなら恨んでくれた方がどんなに楽だろうと思うも、すぐにその思考を止める。
また僕は自分のことしか考えてないと気がついたからだ。
どんな気持ちで加藤の両親がその言葉を僕らにかけてくれているのか、そんな風に頭を切り替えることにした。
今回の事がある前ならもっと僕は自己中心的な考えだったろう。
加藤の死が、八田の死が僕の中を少し変えた。
それはきっと誰かが死ななければ変わらないような代物ではないだろう。
しかし、例え些細な変化であったとしても加藤や八田の死が無意味なものにはしたくはなかった。
「きっと恨んでいないよ。もし僕が彼らの立場ならそうだから」
「名取君は強いね。私ならきっと恨んでいる。私、名取君を怨んだ時期も一時あったし」
「そうなんだ」
「うん」
不意にカラスが鳴く。
「大丈夫?名取君」
僕はやはり震えていた。
「ああ、大丈夫。これでも少しましになったんだけどね。でも、ここじゃやっぱり落ち着かないかな。少し場所を変えようか?神谷さん」
僕はしゃがみこんでいた神谷さんに手を差し出す。
神谷さんは少し困った顔をして、首を振る。
「私はカラスはそんなに怖くないけど、そっちはまだ怖いかな。手をつないでいると、自分の事を相手に全て委ねてしまいそうで怖い。多分私がもっと自立した人間ならそんな事はないんだろうけど、結構難しいんだよね。これが」
神谷さんは力なく笑い、自力で立ち上がる。
「あの時私がもっと自分を持った人間だったなら、名取君や八田君を止められたかもしれない」
ぽつりとつぶやく彼女に僕は何も声をかけてやる事が出来なかった。
「また来るよ。加藤」
僕は墓に別れを告げ、青空を見上げる。
カラスはどこか遠くを見ていた。
これでこの物語はお終いです。
ここまで読んでくださった皆様に、感謝と謝罪を。
ありがとうございました。
すみませんでした。




