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九章 「山道を走らなければいけない理由」 -1-

 八田の兄はにやりと笑った。

「本当に弟はいい友人を持ったようだな」

「何?」

「君は一度も弟を疑った事はないのか?加藤君と共にいたのは弟だろ。疑って当然だろ」

 当然?

 そんな訳ない。

「嘘だ!そんなでたらめ僕は信じるものか!」

「少なくとも弟は自分が殺したと言っていたが。自分がカラスを襲わせたと」

 もう何を信じていいのか僕には分からなかった。

 八田の兄が何かの策略があって僕に嘘を言っているのか、それとも真実を語っているのか。

 僕は八田の兄が嘘つきである事を願った。

 信じたかった。

 僕にとって八田を疑うより、八田の兄が僕を殺そうとしていると考えた方が僕には楽だった。

 そして、思う。

 また低きに流れていると。

「八田自身がそう言ったのか?」

「ああ」

「動機は?」

「さあ、そこまでは私に話しはしなかった。途中でだんまりを決め込んでしまったからな。ただ、一つ思い当たるとしたらあの加藤君は私達の父によく似ていたと言う事だろうか。私も彼を始めて見た時、父がいるのかと驚いたよ。自分で殺したのだからそんな事はないのはよく分かっているはずなのに」

 八田の兄は自嘲する。

 加藤の『俺の事じろじろ睨んできやがるし』というあの言葉は本当だったのだ。

 自意識過剰だったのは僕の方だったと言う訳か。

「私達の父はあまりよい親ではなくてね。酒におぼれ、母や私や弟に手を出す最低の男だった。小さい頃、父はよく母に物を投げつけ、その度に私は母にすがり父に許しを請うたのを覚えているよ。そんな父を許せなかった。けれど、私は無力で結局殴られる母を見ているしかできなかった。あの頃、私と弟はよく父から逃げるためにあの木の元へ行っていて、何度もあそこで夜を明かした事がある。あの木は八田の家の聖地みたいな所。あまり入ってはいけない所だったから、父も私達がそこにいると知っていても手を出せずにいた。私達の唯一の逃げ場所だったんだ。カラス達が私の言う事を聞いてくれるのを気付いたのもその頃だったろうか。カラス達を使い父を殺そうと思えば、いつでも殺せた。けれど、父と同じような最低な人間にはなるまいと心に固く誓いずっと私は我慢してきたのだ」

 吐露される言葉の一つ一つが重く僕の心の中に響く。

 果たして彼の言葉を僕は信じていいのだろうか?

 答えるものは僕しかいない。

「だが、結局五年前に私は手を出してしまった。少し考えれば分かる事だ。私にもあの愚かな父の血が半分は流れているのだから」

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