一章 「唐沢村へ」 -1-
その日、僕達四人は車に乗って唐沢村と言う所へ向かっていた。
大学のサークル仲間で企画していたこの旅行は、結局不況のあおりを受け、集まったのは四人だけ。
今頃他のメンバーは就活で飛びまわっていることだろう。
「もう少し何かあっただろう」
助手席に乗る僕の後ろから声がかかった。
「ん?何が?」
「BGM。こんな陰気な曲じゃなくって、もっと陽気な感じのがあっただろって言いたい訳だ」
後ろの席にいた加藤拓也は僕の持ってきたドライブ用のCDが気に入らなかったようだ。
そもそも四人しか集まらなかった時点でこの旅行の話は無くなるはずだった。
けれどもこの加藤が我を通したせいで我々が付き合わされていると言っても過言ではない。
少しはそのことを分かっていればそんな不満は出てこないと思うのだが。
加藤の様子を見るに、そんな期待を持つのは無駄と思わざるを得ない。
「クラッシックの何が悪い。そもそもだな。テンポのいい曲をBGMにして運転すると自然とスピードが上がって危ないんだ。だから、こういう大人しいめの方がいいんだ」
「はあ、すみませんね。学がなくて」
ふてくされた様な加藤。
全く子供のような奴だと思う。
加藤は僕との会話をあきらめたように今度は運転している八田俊佑に声をかける。
「でもよー。八田も名取の趣味悪いと思うだろ?」
「さあ?僕は車運転する時、いつもは何もかけないから」
八田はいつも通り気の無い返事を加藤に返す。
無愛想と言う訳でもないのだが、感情がこもってないことが明らかである。
とは言え、八田に関しては普段からそうなので、別段不機嫌と言う訳でもなさそうだ。
それもそうかもしれない。
八田にとっては久しぶりの帰郷である。
八田の頭の中では僕らのことなど除外され、他の事が巡っているのかもしれない。
「ああー、なんか面白くねぇ」
昨今感情表現が苦手な人間が多いと聞く、その点この加藤は実に素直に感情表現をする。
不満はそのまま僕の顔の両側に現れた足として現れる。
加藤の大きく臭い足が顔の真横にあるのである。
まったく以って、不愉快極まりない。
どうしたものかと少し悩んで、僕は吸っていたタバコをその足に当てる。
「熱ッ」
すぐに足は引っ込み、僕の作戦は大成功する。
「ああ、ごめん。こんなところに足があるとは思わなくて」
「お前なー!」
「止めなよ。せっかくの旅行なんだから。もっと楽しくしようよ。ね?」
一触即発の僕等を止めたのは加藤の隣にいた神谷良子だった。
紅一点と言えば聞こえがいいが、完全に彼女も被害者だ。
加藤は僕の座席を殴り、僕はガクリと揺れる。
僕は加藤を見咎めるが、加藤は視線を合わせようとしない。
ため息一つ、車内は沈黙する。
会話なく進む車の中で神谷さんのせき込む音が聞こえる。
『ああ、それでこいつは』と合点いく。
きっと神谷さんは僕のタバコの煙のせいで苦しんでいるのだろう。
その事に気付いた加藤は僕に絡んできた。
音楽のことを言ってきたのは、タバコの事を直接言うと加藤が神谷さんに気を使っている事を気取られてしまうからであろう。
最も余計に気を遣わせているので、浅慮としか言えないが。
意外だが、加藤は粗暴だがフェミニストだ。
女性には変に気を使うが、同性の扱いは雑そのものだ。
何度加藤に殴られたことか。
加藤本人はじゃれ合っていると思っているようだが、男の全部が加藤のように頑丈にできている訳ではないのだ。
けれども『僕にも優しくしてよ』などとは口が裂けても言えないので、その横暴を許容するしかない。
僕は窓の外に煙を吐き、タバコの火を消す。
CDを止め、カーラジオのチューニングをいじる。




