五章 「刻は来たれり」 -1-
夕刻である。
飛び込んできたのは桐嶋老人。
「俊介坊ちゃまが見つかりました」
動揺している風の桐嶋老人に少し怪訝に思っていると、
「お前も来るのか?」
後ろから続いて八田の兄が来る。
その言いようは朝のものとは違い、初めに会ったときと同じような冷たいものであった。
やはりこちらの方が正体らしい。
「ああ」
立ち直れというのは少々酷かもしれないが、このまま加藤のことを引きずっていてはそれこそ八田のためにはならないだろう。
十分一人で考える時間はあったはずだ。
そろそろ僕らの声に耳を傾ける余裕もできているかもしれない。
「そうか」
「あの、私も・・・」
神谷さんも声をあげるが、八田の兄は首を振った。
今度は下心などない。
けれど、
「いや、この前と同じように倒れられては困る。君にはここに残ってもらおう。桐嶋さん、家の方は頼みました。さあ、行くぞ」
その言葉に僕らは気づく。
八田が今どうなっているのかを。
神谷さんは茫然とした間をおいて、声を押し殺せず、泣いた。
僕は他人の家だというのに、怒りにまかせて柱を殴る。
拳はすりむき、血が流れる。
八田の兄はそんな僕を責めもせず、もう一度行くぞと声をかけ、家を出る。
僕は唇を噛みしめ、後を追う。
僕は山道を歩きながら悪態をつく。
今まで思考してきた事は何だったのだと。
もう少し気を使っていれば?
あの時、気を使うべきは過去ではなく、現在だったのだ。
八田の事を思い、少し一人にしてやった方がいいのではないかと考えた。
けれど、自責の念にとらわれ八田が加藤の後を追うなど、考えもしなかった。
しかし、それはもう少し考えれば、行き着ける可能性ではなかったか。
結局僕は自分の事しか見えていなかったのだ。
僕自身の苦しみを背負うだけで、八田の苦しみを背負う事を拒否していただけだ。
おそらく八田が最期の場所として選んだのは、自分の父親の最期を迎えた場所、そして、加藤が死んだ場所。
きっと少し前までそこには警察がいただろう。
警察があの場から離れるまで時間があった。
その間八田は何処かで身を隠していたのだろうか。
そう考えれば、時間的猶予はあったのだ。
八田を見つけ説得し、思い直させる事が出来たかもしれない。
もちろんできなかったかもしれない。
それは可能性の話だ。
けれど、その可能性に気付いてしまった僕はやはり悪態をつかずにはいられなかった。
助けられたかもしれない命。
それを僕は奪った。
視界はやがて開け、あの場所にやってくる。




