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第一話

「おい、君、やめないか。迷惑だ」

 突きさすような視線と、棘を含んだ声音。誰かを攻撃し気持ちよくなりたいもの特有の声。(りょう)()はゆっくりと振り返る。

 声の主――七三分けに銀縁眼鏡の、くたびれたサラリーマン。緩んだスーツや跳ねた毛髪、かさついた肌――の随所が、日常生活に疲れていることを訴えている。

 五秒遅れて男の言っている意味を理解する。注意の理由――良哉の吸っている煙草。商店街の角。ベンチ。禁煙では無い――が、大勢が集まる場で吸うのは好ましくない。

 周りの人間も憤りを隠そうともしない。殺人犯を目の前にした裁判官のような表情で、良哉の方を見据えてくる。裁判官の目――自分が目の前の罪人に対する審判をするのだという、傲慢極まりない態度の表れ。既視感に眩暈を覚える。

 間違ってはいない――良哉はひとりごちる。おれは人殺しだ。妹を殺した。だが、奴らはそれを知らない――知るわけがない。生意気なサラリーマン――くそくらえ。

「ふざけんじゃねえぞ、ああ⁉ おっさん、何か文句あんのかよ⁉」

 良哉は凄んだ。男が脱兎のごとく駆け出す。周りの奴らは見てみぬふりをする。良哉は舌打ちを残す。くだらない奴――そう思う。ビビるくらいなら、最初から注意などしなければいいのだ。自分を風紀委員か何かと勘違いしている傲慢な人間。世の中はそんな奴らで溢れている。

 いつの間にか、人込みはまばらだった――大多数が散っていた。

 安全圏から石を投げることしかできない臆病者。他人に便乗するしかできない卑怯者。世の中はそんな奴の寄せ集めでできている。

 ドミノ倒しだ。個々の意思が薄弱なため、一人が倒れるとすべて倒れる。それぞれで支え合って倒壊を食い止めるという思考は、今の現代社会から消え失せた。嘘の書き込みに惑わされ瞬く間にそれが真実として出回る社会――ドミノ倒しと言わずに何と言おうか?

 注意してくれる人はあなたのために注意してくれているんだ――したり顔で大人どもは言う。

 でたらめだ。気に入らない人間を叱ることで、自分が優越感に浸りたいだけの話。自分の価値観しか認めない――ガキも大人もみんなそうだ。

 人ごみを無視して歩く――商店街を外れる。人がほとんどいなくなっている。騒ぎも聞こえなくなる。一連の流れを見ていたのか、スマートフォンをいじっている中年女性が、良哉に冷たい視線を向けてくる。良哉が目線を合わせると顔を引きつらせ横を向く。

「おまえらにおれのなにがわかるっていうんだ?」

 小声で呟く。誰にともなく。呟きは歪みを帯びている。歪み――良哉の人生そのもの。親父が歪めた。良哉自身が歪めた。

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