第6話「お茶会の誘い」
二人でドロドロになった日、結局メイド長にはしっかり怒られた。ニアの部屋にまでは辿り着いたのだが、頼みの綱であるメイドが居なかったのだ。そこでメイド長に捕まってあえなく御用。
仲良く二人一緒に怒られたのは別にいいのだが、ニアはミラをいい訓練相手として使えると思ったのか、ちょくちょく誘いを受けるようになってしまった。
正直あまり訓練というよりじゃれ合いに近くなってしまうので意味はなかった。ニアは引き摺ってでもさせるので、断ることもできない。付き合わない場合は拗ねてしまうのだから余計だ。将来のために仲良くなれると思って諦めるしかない。たまに体を動かすのも悪くない。
それが日課になりつつある数日後、姉のニアからお茶会に誘われた。夕食後にニアから突然手紙を渡されたのだ。口で言っても問題ないと思うのだが、招待状を送りたかったらしい。就寝の時間、ミラはベッドに入る前にニアからの手紙を開いていた。封には家の紋章入りの封綴じがしっかりしてあり、ミラは寝台脇に持ってきたペーパーナイフでぺりっと封を切る。中から出てきたのは春らしいピンク色の手紙だった。
手紙を開く。
綺麗な字でウキウキと書かれているのが分かる。字には性格が出るというが、本当だったらしい。
『大好きな妹、ミラ様へ。今度の春の日、お茶会を開くので来てくださいっ! 場所は中庭のテーブルだよ。あっ、王子も呼んでるよー。あなたの大好きな姉、ニアより。』
通常、手紙を出すとなればそれなりに形式ばったものになりがちだと思うのだが、ニアの場合関係ないらしい。普段のニアのまんまだ。手紙の書き方とか一応あるはずなのだが、かなり無視している。まさか、これを王子にも送っていないだろうか。
ミラは少々不安になった。自分にはよくても王子には少々まずい。まぁ、お付きのメイドあたりが検閲しているとは思う。でも、同時にとてもニアらしいと思った。ミラは無意識の内に笑みが零れた。
春の日は、今日を含めて三日後。
ミラは手紙を丁寧に仕舞い、ベッド脇の引き出しに、ペーパーナイフと一緒に戻す。サイドテーブルにある間接照明を消すと一気に暗くなった。もぞもぞとベッドで頭を枕に載せ、掛布団の中に入る。
目を閉じれば、今見たばかりの手紙の内容が思い出された。
――王子、か。ニアが呼ぶとすれば、王国第一王子であるジャン・フリッドだろう。ゲームでは悪役令嬢――ミラを婚約破棄した相手。ミラの記憶だと、ジャン王子とはすでに婚約関係にある。まあ、親同士が勝手に決めたものだが。生まれながらにして、ミラは王妃になることを求められている。……今更気付いたが、だからミラ記憶の中にある日々は、ニアよりも稽古量が多く、自分の時間が少ないのかもしれない。一つ納得するが、同時に疑問も生まれる。なんでニアではないんだろう? ジャン王子の婚約者は。気にしてもしょうがなくはある。子供の自分ではそこまで分からない。
ミラはジャン王子のことを思い浮かべる。
記憶が戻ってからは、初めて会うなあ……。
すでにジャン王子とは知らない仲ではない。十回に満たない顔合わせの末の、ミラのジャン王子に対する印象は寡黙な子供だった。ただ、ぼーっとしているというよりは、周りを観察している印象。その笑顔は張り付いたものに見えた。子供というよりも、子供を演じているという方が近い。ミラとして彼と是非とも距離を縮めなければならない。
なーんか、まだまだ距離が遠い気がするのよねー。
ミラのジャン王子に対する印象はその一言に尽きる。婚約者であるはずなのに、仲がいいとは言えない状況だった。姉のミラ、王国騎士長の息子であるジェイがいない、二人きりの時は特に。照れからくるものなのか、どうでもいいのかミラの記憶だけの今は分からない。
だがミラにとって、それでは困ってしまう。すべてはジャン王子との婚約破棄を契機に悲劇への転落劇は始まっているのだ。おまけに現状では竜の鱗を持っているという、何が起きるのか分からない爆弾付き。
幸い、婚約者同士二人の交流を深めるためか、週に一度程度ジャン王子とは交流の機会があるようだったので、彼と会うことすら出来ないというのは無さそうだった。もっとも、流行り病のせいでしばらく会えていなかったので、対面するのはもう少し先――その交流の時になるだろうと思っていた。仲良くしておきたい筆頭であるが、ゲームではチョロインだったので、どうにかなると思いたい。ミラは決意を固める。
婚約破棄を避ける――これは絶対だ。
ゲームでは主人公とイベントさえ起きれば勝手に仲良くなっていたのだが、悪役令嬢であるミラとそう上手くいくだろうか。
ミラは頭の中でジャン王子と仲良し大作戦と銘打ち、夜深くまでその中身を考えていった。
◆
春の日、当日。お茶会は中止にはならなかったのだが、無事にも開かれなかった。雨だ。運の悪いことに大雨が降り、外のテーブルでのお茶会は中止になった。代わりに家の中――客間で王子達を出迎えることになったのだが――
「ニア、ほら、この紅茶美味しいよ」
「……うん」
「ほら、このクッキーも」
「うん、美味しい……」
隣に座るニアがポリポリと寂しげにテーブルの上に並べられているクッキーを食べる。王子達が来ても終始この調子だった。いつも煩いくらい元気なのに、存外わがままな部分がある。
よほど外でお茶会というのが気に入っていたのだろう。しかし、実際どうしようもない。外は豪雨で今日一日は止みそうにないのだから。
ミラ達の対面にいる招かれてやってきた二人――ジャン王子とその友人――王国騎士団長の息子であるジェイも困惑している。
確かにゲームでは三人が幼馴染みたいな描写はあったが、実際に目にすると感動する。もっとも今はそれどころではない。
隣でずーんと落ち込んでいるニアを見てられず、向かいの二人にお願いする。
「……お二人も協力して下さい」
「……うーん、そうは言ってもなあ」
ジャン王子は困り笑顔で答えた。お手上げ、とばかりに両手を上げる。
「分からん」
ジェイはもはや考えてもいないのではないだろうか。ピクリとも動かない顔が恨めしい。彼にはもう少し考える余地を持って欲しい。
ミラは困り果てた。幼い子供が悲しんでいる時にどうしたらいいのかなんて、皆目見当もつかない。見た目は子供だが、精神年齢は前世の二十代のままなのだ。灯里の頃はなにかと無軌道な子供は苦手だったし、今もその感覚は変わっていない。
かといって放っておくのも偲びない。このお茶会を開いて、集めたのはニアなのだ。心苦しい。
それに、せっかくジャン王子と仲良くなる機会でもあるのに、このままでは変な姉妹扱いされてしまいそうだ。もはや手遅れな気もしなくはないが。
ミラがうんうんと唸っていると、ニアがゆっくりと俯いていた顔を上げる。
「……ねえ、ミラ?」
「どうしたのニア」
「ミラとジャン王子がキスしているところが見てみたい。そしたらね、多分元気出るっ!」
ふんす! とでも言いそうな顔だった。しかし、楽しそうにしているのは彼女だけで、他の面子はシン、と静かになっていた。あまりの唐突のなさに思考が固まりかける。だが、瞬時に頭をフル回転させて、この状況を逆手に取るべく動き出す。
「だそうですが、どうされますか、婚約者様?」
ミラは王子の様子を探る。ここでどういう反応をするのだろうか。子供の発言とは言え、親がいれば大目玉を食らいそうではある。しかし、少しでも動揺してくれれば今後に期待が持てるというものだ。
「……ジェイ、行け。俺が許す」
「仰せのままに」
婚約者様であるジャン王子はミラを一瞥すると、ジェイに短く命令する。残念ながらしごく冷静である。ミラとして記憶が似たような状況を知っているので、ジェイが何をするのか大体予測がついた。
つまらないなー。もっと慌てふためいてもいいのに。
ジェイはすっと立ち上がるとニアの前に立った。ニヤニヤしていたニアの顔が段々強張っていく。ニアの頭にジェイの手が近付いていく。
「じぇ、ジェイ? ま、待って。ジャン王子ーっ、キスくらいいいじゃん。見せてよーっ」
ジェイがニアの頭に手をかけ、ぐっと力を込めた。まだ幼いとはいえ、騎士団長の遺伝なのかジェイの力は強い。この年齢ではさして体格などに男女の差はないはずだが、彼は一回り大きいし、強い。
ニアがふざけ、ジェイがお仕置きする。これは、わりとお決まりの流れだった。
「痛いーっ! ちょっ、バカジェイっ!」
「ニア、毎回からかうのはあまり賢いとは言えないぞ?」
「痛いって、離せーっ!」
ニアの悲鳴などもろともせず、ジェイはひたすらに力を込める。バタバタと動く彼女を抑えているのは流石としか言いようがない。ニアには竜巫女の力が無ければ、ミラもぼこぼこにされかねないのに。
「その辺で大丈夫だ、ジェイ」
「はい」
「っはー、もうっ、女の子に酷くない? ね、そう思わないミラっ?」
涙目でニアが訴えてくる。この姉は本当に都合が良すぎる。しかし、可愛いのでよしよしと頭を撫でてあげた。全体的に中性的なのに、甘え坊さんなのだ、ニアは。
「ミラありがとー、ジャン王子はヘタレー」
「あら、それには私も同意するかなー」
「ミラ?」
「ジャン王子、私はいつでも大丈夫ですよ、婚約者なんですから。ふふっ」
「……っ」
大人の余裕と言う奴だ。中身は二十代なのだから、子供相手にこのくらいは言える。多少積極的な方がもっとお近付きになれるかもしれない。今まではミラが引っ込みがちだったようだから。
王子の顔がみるみる赤くなっていく。ミラは内心でほくそ笑んだ。
ふん、どうだ。これが大人の魅力だぞ。
昨晩ミラが考えた作戦――恋愛面ではミラにメロメロに、友情面でも信頼を得る。これがミラの考えた作戦だった。そのためには、大人っぽい振る舞いでジャン王子を陥落したい。
「ミラ。その辺にしてくれ、王子も色々大変なんだ。色々」
「……ジェイ、余計なこと言うなよ」
「キス一つで大袈裟ですよ、ジャン王子は」
男達でこそこそと話し始める。その距離の近さにミラは妙なセンサーが反応してしまいそうになった。その性癖もないわけではないのだ。ましてや、相手はタイプの違う美少年二人。いらぬ想像も思い浮かんでしまう。
「ミラ、その目やめろ。なんだか気持ち悪いぞ」
「ああ、ニアお姉様。婚約者に気持ち悪いって言われてしまいました、どうしましょう」
「ミラ、ジャン王子はきっと構ってくれなくて寂しいんだよー、うん」
「お前らなっ……」
ジャン王子が憤慨する。
ミラの記憶だと、この四人で話すといつもこういう感じになるようだった。あまり貴族同士のやり取りには感じられない。以前はミラがもう少し大人しい反応をしていたようだけど、今のミラには相応しくない。
ニアはどうにもミラとジャン王子をちゃんとくっつけたがっているように思える。婚約者同士とはいえ、心までそうとは限らない。ましてや相手は一国の王子。将来の王妃候補ともなれば、幸せなことだけとも限らない。ニアは幼いくせにその辺のことを気にしている節があった。ただ単に楽しんでいるだけでもあるようだけど。ミラは思案する。
んー、とりあえずみんながいれば、仲が悪くはないのよね。でもどこか余所余所しいなー、王子。これでも、だいぶ砕けているのだろうけど。一切近付いてこないあたり、距離をまだ感じる。
逆でも同じだ。ミラが近寄ろうとしても一定以上の距離を近付いてこないのだ。表面上砕けた雰囲気は出しているのだが、どこかで線引きがされている気がする。
さて、どうしたものか。このままではダメなのは分かるのだが。
ミラは騒がしい三人を尻目にジャン王子を観察していった。
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