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婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない  作者: 辻田煙
第2章「未来はなにも分からない」

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第25話「巨大骸」

 ミラはジェイを立ち上がらせ、自分も立つ。これ以上腕を見られると気付くかもしれない。


「ジャ、ジャンー、この後どうするー?」


「……そうだな、大分時間を使ったからここの階層主は厳しそうだし、もっと深くまで潜るか?」


 胡乱気な目をミラに寄越しつつも、話には乗ってくれる。とりあえず、難は逃れたように思う。写真が待ち遠しい。


「そうだねー。この一階層はもう倒されてるかも知れないし……、三階層辺り目指してみる? そこなら間に合うかも」


「俺もそれがいいと思う。二階層はとっくに誰か向かってるだろう。ここで時間を食い過ぎた」


 ジェイが腕を組んで言った。ああ、だめ。ジェイ、あまりジャン王子に腕を見せないで。バレちゃうって。


「分かった。三階層を目指そう。そこの階層主を倒す。もし、ダメだった場合はさらに下を目指すか、雑魚を積み上げるか考えよう」


「うん」


「ああ」


 ミラは内心ヒヤヒヤしながら、それに頷いた。


 階層主は下の階層に行くのを防いでる。下に行くには、階層主が守っているその先でなければダメだ。


 床に穴を空けて下に行けばいいじゃん、とも思うが、それは禁止されている。試験上も禁止されているし、他の迷宮でも同様だ。一般常識と言ってもいい。


「床に穴開けて、直接行けたらなー」


「まあ、それが一番早いよな。出来ないけど」


「ミラ、モンスターの餌にはなりたくないだろ? 大量のモンスターに喰われながら死ぬなんてごめんだろ」


「そうだけどさー」


 三階層に向け、まずは一階層の階層主――二階層への入口に向かって走っていた。ミラが思わず愚痴をこぼすが、他二人は賛同してくれない。それもそのはず。迷宮の床に穴を空けるのは危険すぎるのだ。


 穴を空けること自体は出来なくもない。まあ、あまりに硬くてそんなことは不可能に近いが、やれる奴はいる。というか、昔いたのだ。穴を空けたことで起きた現象――モンスタービーストで死んでしまったけど。仮に生きていても、恨まれて殺されていただろう。なにしろ、国一つ滅んでいる。


 迷宮の床に穴を空けられる一人に、自分も入ってはいる。さっきの床を転がった感じ、思いっきり殴ればいけそうだ。竜巫女の力は伊達ではない。なんのためにここまで怪力が備わっているのは不明だが、竜所以だからだろうか?


 迷宮は生物である。本当かは知らない。誰も確かめられていないのだ。ただ、今までの経験や知識の積み重ねで、そう言われることがある。


 その内の一つの現象が、迷宮に穴を空けた時に発生する。穴を空けると、まず起きるのは悲鳴。


 迷宮内を女性の悲鳴の様な声が響き渡るという。次いでモンスターが大量に発生し、迷宮内のモンスター、人間問わず喰い尽くす、らしい。文字通りお掃除されてしまうのだとか。


 件の実際に床に穴を空けた人間の話では、張本人は大量発生したモンスターに喰い殺されたらしい。さらに、残ったモンスターは迷宮の怒りを示すように、外に出て変異を遂げ、一国を滅ぼした。


 この話は、大分子供向けに脚色された上で、この国の全員が知っている。他の国でも伝承くらいは残っているかもしれない。


 王立学園に入学し、改めて学ばされたが――結論は一つ。死んでも、迷宮の床に穴を空けるな。たとえ、戦闘であっても。


 だから地道に走るしかない。


 道の先には人はいない。ただ、白い鍾乳洞の壁が続くばかり。


 数度分かれ道があったが、行き止まりに詰まることはなく、開けた空間に出た。天井が高い、灰色の岩窟の空間。すり鉢状になっている底の方には、がらくたのように積み重なっている大きな骨があった。


 なんというか、蟻地獄を思い出される。戦闘は終わったばかりのようで、戦利品を漁っている受験生のグループがいた。


 一回層の主は倒された後――蛇に絡まれていなければ、倒せていたかもしれない。


「すまん、ミラ、ジェイ」


「何言ってんのっ!」


 入口とは反対側にある、二階層への入口に向かって走る。すり鉢を降りながら、ミラは謝るジャン王子の背中を叩いた。


 手加減したが、バンっと威勢のいい音が鳴り響く。


「あっ」


「ミラ、なにやってるんだ……」


 ジェイの呆れた声が胸に刺さる。


 下り坂なこともあって、ジャン王子は走るスピードが加速され、「うおぉぉぉっ」と叫びながら、ただの屍になっている骸骨に衝突しそうになる。


 ジャン王子は鞘に入っている剣で、持ち前の運動神経を生かしながら剣を骸骨にぶつけて上手くスピードを落とした。


 戦利品を漁っていたグループから苦情が殺到する。ミラとジェイは慌てて下り、ジャン王子とともに二階層への入口に駆け込んだ。


「ご、ごめん、ジャン……」


「はぁ、はぁ、ミラ、俺を殺すつもりか……。あいつら、攻撃してきそうだったぞ」


「だって、なんか落ち込んでたから。つい」


 てへっと、わざと可愛らしく謝ってみせるが、ジャン王子は「はぁー……」と深い溜息を吐くだけだった。その反応はちょっと失礼じゃないだろうか。内心怒りのゲージが溜まりつついると、ジャン王子がぎゅっと抱き締めてくる。


「結果はともかく、ありがとう」


 彼の声が耳元で囁かれる。不意打ちの行為にミラはカチンコチンに固まってしまった。怒りゲージは吹っ飛ばされ、代わりにピンク色のゲージが溜まる。


「ちょ、ちょっとジャン、……離れて」


「いつも構ってくれないから、な。ダメだった?」


「ダ、ダメってわけじゃないけど……」


 心臓が持たない。男らしくなりつつある彼に抱かれると、どうしていいか分からなくなる。


「おーい、俺のこと忘れるぞ、お前ら」


「ジェイ、邪魔しないでくれ。せっかく、ミラが大人しく捕まってくれてるから」


「も、もう終わりっ!」


 今度は力加減を間違えずに、ジャン王子を押して離れる。名残惜しそうな彼の顔がまた、ずくっと胸を疼かせた。


「あー、離れちゃった……」


 ジャン王子は自分と同い年。だから、同級生なわけで――十三歳なのだ。本当にそうなのなか疑いたくなる事実だ。中学生くらいの年齢の子に、ドキドキしている自分に呆れる。だが、ほぼいつものことでもあった。冷静に考えると、かなりヤバい。


「ミラ、おいっ、ミラっ」


「あっ、ごめん。ジェイ」


 つい思考が彼方に飛んで行ってしまった。自分がチョロすぎるのか、ジャン王子の破壊力が強すぎるのか……。考えるのはよそう。不毛すぎる気がする。


「さっさと、三階層に向かうぞ」


「うんっ」


 ジェイに急かされ、また走り出す。通路は薄暗く狭い。ここは洞窟そのもので、湿った土の匂いが空気を占めていた。横幅が一人分くらいしか通れないせいで、走り辛い。密集するとモンスターからの襲撃に弱いため、距離を空けて走る。


 二階層へはなだらかな坂道を下った先にあった。

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