第1話 盾を所持した大男
人を乗せた荷台をガタガタと激しく揺らしながら幌馬車が荒野を疾走していた。
御者は切羽詰まった表情で手綱を必死に握り、何かに恐怖し怯えていた。
馬の駆歩が激しい為、振動の激しさで今にも荷台が横転しそうだった。
「……クソっ! このままだと追い付かれる!!」
「きゃあ!」
すると、振動の激しさに幌馬車の車軸が耐えられずへし折れた。
左部分の木造の車輪が外れ、荷台が左側に傾きそのまま横転し地面へと叩き付けられ、荷台は180度にスリップし停止した。
馬と荷台を繋ぐ綱が解け、馬は荒野の彼方へと姿を消した。
「し、死ぬかと思った……」
御者は横転する寸前で幌馬車から飛び降りた為、無傷で済んだ。
「ここにいたら、俺まで奴に殺される!」
明らかに何かに怯えている御者は、荷台に乗車している人間を救助せず見捨て、自分だけこの場を去った。
「……横転したのか?」
「一体何か起きたの?」
荷台に取り残された者達は何か起きたのか理解出来ず困惑していた。
中には30代の男性一人、30代の女性一人、5歳の幼女が取り残されていた。
困惑しつつも、男性は状況を把握する為に外の様子を確認する事にした。
どうやら無茶な駆歩の振動で車輪の車軸がへし折れ、左側の車輪が外れた為に幌馬車のバランスが崩れ横転した事が分かった。
御者も馬も逃亡した事も理解した。
「御者は逃げたのか? でも、何故?」
「あなた、何だか怖いわ……」
「あぁ、御者が逃げた理由には何かありそうだ。ここから早く離れよう」
危機感を感じた男性は先に荷台から降り、次に女性と幼女を荷台から降ろした。
その瞬間、ドドドドと何か地面をおもいっきり蹴り上げて走っているような音が聞こえ、振動も足元から伝わってきた。
音が聞こえる方角を見ると、目の前の視界に映ったのは大型猪系の魔獣の姿だった。
眼は真っ赤に染まり、身体部分の所々に炎が噴き出している。
猪の牙も鋭く太く、こちらに目掛けて猪突猛進で迫っていた。
「……う、嘘だろ? あれってフレイムボアか!?」
「なんであんなAクラスの魔獣がこんな荒野にいるの!?」
「俺にも分からん! とにかくここから逃げるぞ!」
男は女と幼女を急いで荷台から降ろし、その場を離れた。
猪突猛進で突撃してきたフレイムボアは、横転した幌馬車の荷台を軽々と真っ二つにし大破させた。
荷台から降りていなければ自分達も無事で済まなかったと実感した瞬間、背筋がゾクッとし恐怖がじわじわと波のように押し寄せてきた。
「数秒遅れていたら、私達……」
「……あぁ、間違いなく死んでいた」
危機一髪で助かったと安心した2人は一瞬気を許すも、緊迫感はまだ完全には解けていなかった。
本当の意味で安心するのはフレイムボアがこの場を去った時だ。
「絶対に音を立てるなよ?」
「うん……」
岩影に潜みながら、恐る恐るフレイムボアの様子を伺っていた。
フレイムボアは一体のみようだ。
突進を止め、口から垂涎し息を荒々しくしている様子。
周囲を警戒しつつ、獲物を探索しているようにも見える。
下手にこの場を行動せず、凌ぐ事を優先した。
中々この場を去ろうとしないフレイムボアは、荷台に積み込まれていた食料をムシャムシャと食べ散らす。
「……そ、そんな!?」
「私達の大切な食料か……」
フレイムボアに食料を奪われた事でショックを受ける男女。
彼らにとって食料は重要な物だったようだ。
だが、相手は大型の魔獣だった為、下手に手を出す事が出来なかった。
今は食料よりも自分達の命を優先する事にした。
怯えなら食料を奪われる様子をただ見つめている事しか出来なかった。
「……ダメ……ダメ!!」
岩影に潜んでいたはずの幼女が突然、大声で叫び出し岩影から飛び出した。
その行動は幼女なりにフレイムボアからこれ以上食料を奪われたくないというものだった。
「マリサ!!」
幼女の叫声に反応したフレイムボアは、真っ赤に染まった眼をジロッとこちらに向ける。
フレイムボアの眼は完全に白目を向いていた。
「あの魔獣、こっちに気付いたぞ!」
「白目を向いているわよ?」
「……やばいな。白目を向いているって事は、あのフレイムボアは理性を完全に失ってる。野生化したって事か!?」
理性を失い、野生化したフレイムボアは咆哮を放った。
フゴオオオオオォォォォ――――――!!!!!!!!!!
幼女に目掛けて地面を強く蹴り上げながら猪突猛進に突進してきた。
「逃げろ! マリサ!!」
男女は慌てて幼女のもとへと駆け出し、身を呈して幼女の守りに入った。
「パパ! ママ!」
「マリサ!」
迫り来るフレイムボアから逃げようとするも、恐怖の余りに足がすくみ身動きが取れなかった。
このままでフレイムボアに殺されると悟った男女は幼女を強く抱きしめる。
幼女を怖がらせない為になるべくフレイムボアの方を見せないようにする為だった。
フレイムボアの身体の所々から噴き出す炎が更に強さを増し、全身が炎に包まれていく。
炎の塊と化したフレイムボアが突進してくる。
男女は死の覚悟を決めた瞬間、目の前に突如、碧色の輝きを放つ正六角形の鱗のような形が数枚繋がっている透明な壁が宙に展開された。
「な、何だ、この壁!?」
「どこから出てきたの!?」
突如目の前に出現した碧色の壁に男女が驚愕していると、その壁にフレイムボアは躊躇いなく野生の如く突撃してきた。
轟音を立てて壁に突撃するも全く怯まなかった。
フレイムボアは必死で巨体と力を押し付けるも壁はびくともせず、動く気配が微塵の欠片もなかった。
無傷な上に全くと言ってひびが壁に入っていない。
「……間に合った!」
「へ?」
何処からともなく男性の声が聞こえた。
すると、男女の頭上から尋常じゃない速度で何かか落下してくるのが見えた二人は、幼女を連れてその場を慌てて離れた。
さっきまで男女がいた位置に盾を所持した大男が地面へと落下した。
衝撃はあったものの、大男は上手く着陸したようだ。
「あなた方を助けに来た……」
「へ?」
「取り敢えず、目の前のフレイムボアを討伐する!」
大男はそう言って盾をフレイムボアに目掛けて翳す。
「バアル、数日前に食べたグロリアスの魔力は残ってるか?」
『残ってるわ、マスター』
「なら、その魔力の10%を使用して、フレイムボアに炎系魔法を撃ち込め!」
『りょうか~い♡』
盾は大男の指示で碧色の壁の前に白色の輝きを放つ中型の魔法陣を展開した。
『……さて、何の炎系魔法にしようかしら? そうだわ。せっかくだから、あのエセ勇者から得た炎系魔法【爆炎】にしてみますか♪』
魔法陣の輝きが白色から赤色に変色し、炎が噴き出した。
その炎は中心に集合し、炎の塊へとなった。
『準備出来たわ、マスター』
「じゃあ、フレイムボアを跡形もなく塵にするか……消えろ、【爆炎】!!」
大男が大声で魔法名らしき言葉を叫ぶと、魔法陣の中心で浮いていた炎の塊から凄絶な高温の爆炎がフレイムボアに目掛けて噴射された。
爆炎は一瞬でフレイムボアを飲み込み、痛みや死を感じる前に文字通り跡形もなく塵となった。
『討伐完了~♡』
「……取り敢えず、一体は討伐したな」
大男は碧色の壁を解除した。
「……壁が消えた!?」
「あのフレイムボアを瞬殺!?」
「あ、あなたは一体何者なんだ!?」
フレイムボアを瞬殺した大男に警戒しつつも何者なのかを問いかけた。
「俺か? 俺は……ガルト。ガルト・リッシュフォードだ」