21話 さかの乱入者3
「優斗さん、ちょっと歩きましょうか」
「エッ!? お父さんどうするの!?」
「もう! お義父さんなんて気が早いですよ!」
吐血して倒れた父を前に、友香子はナチュラルにイカれたことばを口走っていた。
いやまぁ想像はできてたけども。
「あ、そうだ。後で母や妹にも紹介させてくださいね!」
「いや、それがそもそも誤解――」
俺が言い終わる前に、ひゅっ、と風切り音が鳴った。
目にも止まらなう速さで動いた友香子が、匕首を俺の首筋に当てていた。
「紹介させてくださいね! ……それとも、私と一緒に死にますか?」
「ヨロシクオ願イシマス」
なんでこんなのばっかりなんだよ!?
もう少しなんというか、まともな人がいても良いだろ!?
ぽんこつ天使に暴走忍者、担任に至っては親父と同系列の結婚願望持ちである。そしてここに来て知り合った後輩はヤンデレである。
匕首を白鞘にしまった友香子が、離れを指差す。
「この時間なら、母はあっちにいると思います」
「ハイ」
いや、マジで挨拶に行くんですか。
なんて自己紹介すればいいですかね?
娘さんに脅されて婿になりそうな白神です、とかどうだろうか。
いや、スキルの影響があるとはいえ友香子自身がコレだし、父親だってアレだった。だとすれば母親に良識を求めるのがもう間違っているだろう。
どうしたもんか、と首を捻りながらもついていく。
にっちもさっちもいかなくなれば、最後は死に戻りで逃げることができる。ならば、とりあえずいけるところまでいってどうなるかを確かめるのが一番効率が良いのだ。
……後戻りできなくなる可能性もあるけど。
ゆっくりと歩いていると、玄関先から黒のリムジンが入ってきた。
「あ、妹ですね。丁度良いので紹介します」
「左様デスカ」
どうやら妹さんのお迎えに行っていたらしい車を止めて、中に座っていた小さな影を連れ出す。
「ええ!? 彼氏!? お姉に!?」
「彼氏じゃないわ、前世から魂の絆で結ばれた運命の婚約者よ」
ごめん、胃もたれするからちょっと待って。
ぴょいんと車から出てきたのは、友香子の面影がある少女だった。小学生くらいだろうか。健康的に日焼けした肌に、活発そうに見えるショートカット。円筒形のプールバッグを持っていたってことはプールで遊んだ帰りだろう。
「初めまして! お姉の妹で、獄門寧音って言います!」
「初めまして。白神優斗です」
俺が自己紹介を返すと同時、あけ放たれたままの車から、もう一つ影が出てきた。
「なんでお兄ちゃんがここにいるの!? レリエルさんは!? 呪いは!? っていうかなんで寧音っちのお姉ちゃんに手を出してるの!? ――もしもし、お母さん」
「待て待て待て待てッ!? 質問するだけしといて答えも聞かずに叔母さんに連絡取ろうとするんじゃないッ!」
るりだった。
……そういやプール行くとか行ってたけども、るりの友達って友香子の妹さんだったのか。
世間、狭すぎませんか……?
「妹さんですか? すごい運命――偶然ですね! 可愛らしい子です」
いや待て。さっきのもそうだったけど、何でも運命にするのやめようか。っていうか100歩譲ってもその運命は友香子とるりの運命であって、俺は関係無いぞ。
猫を被ってというか、一般ピーポーに擬態してというか、楚々とした雰囲気で挨拶をする友香子に元気印のるりも答える。
「妹じゃなくて従姉妹です! るりって言います!」
「……従姉妹?」
「はい! 私のお母さんが、お兄ちゃんのお父さんと兄妹なんです」
「……従姉妹……」
剣呑なトーンで呟いた友香子は、ゆらりと頭を振る。
「るりちゃんは優斗さんと仲良いの?」
「ちっちゃい頃からよく遊んでましたよ!」
「お風呂に一緒に入ったりとか?」
「お兄ちゃんが小学生の頃に何度か?」
「一緒に寝たりとか?」
「お兄ちゃんが小学生の頃に何度か……?」
段々と雰囲気がおかしくなる友香子に戸惑いながらもるりが正直に答える。
友香子はゆらりと頭を振って俺を見た。ぎぎぎ、と人体からは聞こえるはずのない音が聞こえた気がした。
「他の女とお風呂にベッド……浮気ですか……?」
「いや小学生の頃の話だぞ!? そもそも付き合ってないだろ!?」
「前世の約束はどうしたんですかッ!!!」
「そんな前世知らねぇぇぇぇぇッ!!!」
「もし浮気したら両手足を引きちぎられて犬の餌にされても文句言わないって約束だったじゃないですか!?」
「どういう約束!? どんなシチュエーションならそんな約束が交わされるんだよ!」
「前世の私が99回目の浮気を許した後の話です!」
意味不明な友香子の言葉に、るりは何故か俺を見る。
「……前世でもブライダルサラブレッド……?」
「だからその意味不明な造語を止めろ! 濡れ衣だッ!!!」
ここが地獄かと勘違いするくらいに味方がいない。
このままでは遅かれ早かれ友香子に刺されて終わるだろう。その前に自ら死に戻りするか。
いやでも痛いし。
脳内で状況を打破するための計画を練っていると、離れの障子が開いた。
そこから顔を覗かせるのは、友香子が和装したかのような美人さんである。
「あ、お母さん」
お母さん!?
妹ちゃんが呟いたから本当にお母さんなんだろうけども、友香子パパとの年齢差いくつだよ!?
下手したら友香子と姉妹って思われるくらい若いぞ!?
「さっきから騒々しいですね。全員、ちょっとこちらに」
現れたのが救いの神なのか、それともさらなる地獄に誘う死神なのか。
……友香子に匕首を突きつけられた俺は、選択する余地もなく離れに向かうのであった。
離れで区切られたもう一つの庭。
赤じゅうたんに大きな唐傘が設置されているそこに腰を落ち着けた俺たちは、友香子ママの歓待を受けていた。
いわゆる野点というやつだろう。
全員が座り、友香子さんから事情聴取を聞いたところで友香子ママはコクリと頷いた。俺の顔色や表情をつぶさに観察していたので、きっと真実が伝わっていると思いたい。
……いやだって匕首が首に添えられてたら話せないでしょ!?
言論の自由はどこに行った!?
俺は断固として抗議したい!
喋ったら斬られそうでできないけど!
「友香子。前世での結婚や約束は無効よ?」
「お母さん!? 何で!?」
何でじゃねぇよ。
「よく聞きなさい。前世の結婚が有効だとしたら、あなたと白神さんは今世では結婚できないわ。重婚は犯罪だもの」
「ッ!?」
「だから白紙に戻すの。良いわね?」
「分かった……! じゃあ改めて――」
「待ちなさい」
さっそく俺に結婚の申し出をしようとした友香子を、ママがささっと止める。
結婚のお話に絶対必要のないもの、なーんだ?
答え、匕首。
「ゼロに戻すんだから、ゼロから関係をつくりなさい。女を磨いて、前世なんて関係無しにベタ惚れさせるのよ」
「え? もう優斗さんは私にぞっこんだよ?」
捏造! 捏造です!
友香子ママが窺うように俺を見てきたので、首をぶんぶん振った。
頷いてくれたので通じたと思いたい。
「優斗さんが惚れているのは前世のあなたよ。今世のあなたはどう? 前世に頼りきりで、何かあるとすぐ匕首を振り回すじゃない」
「そ、それは――」
「良いから、女を磨きなさい。話はそれからよ」
「……分かった」
すげぇ……不承不承ではあるけども、あの友香子を納得させて匕首をしまわせた!
首元から金属の冷たい感触が消え、ようやく人心地である。
はぁ、と息を吐いて姿勢を崩す。
母屋から呼びつけられたのか、レリエルとサキさんも合流してきたので改めて休憩である。
「おー! 優斗さん、元気にしてましたかー!? 愛しのレリエルちゃんと会えなくて寂しかったですかー!?」
「やかましい。あ、足元気をつけろ! そっちの茶碗は200万はするからな!?」
「おや。分かるのですか?」
友香子ママが驚いた顔をしているが、俺の親父は古物の売買だけで世界中を渡り歩いて婚活を続けられるほど稼いでいる男だ。俺が小さい頃は国内だけだったけれども、買い付けにも付き合わされていたのでそれなりに観察眼は磨かれているのだ。
頷いた俺に、いくつかの茶碗が差し出される。
「瀬戸黒に織部ですか。良いものですね」
「これは?」
「んん……楽焼に見えますけど……贋作かも知れないです」
ガッツリ偽物にしかみえないけれど、他人様の持ち物なのであまりはっきり断言しないでおく。いや、表情的にはバレてそうだけども、一応ね。
「では、これは?」
最後に取り出されたのは、後ろに控えていた護衛っぽい組員さんが持っていたものである。手錠付きのアタッシュケースに木箱ごと収納された茶碗を一目見て、俺は思わず息を呑んだ。
「……ッ、まさか!? 天目、いや、でも……!」
パッと見では完全には分からないけれども、俺の目にはとんでもない逸品に見える。
「何ですか急に食器を見つめて息を荒くして……もしかしてそういう趣味なんですか? 優斗さんが食器と添い遂げたいならこのレリエルちゃん、遠くから応援してあげますよ?」
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 曜変天目って言ったら世界に4点しか残ってないはずだぞ!? 国宝級の代物だ!」
にっこり微笑む友香子ママに頭を下げる。
「他のものが絶対、という訳ではありませんが、自分ではこれの真贋は区別できません。すみません」
素直に力不足を認めたところで、友香子ママから拍手が贈られた。
そして友香子に目くばせ。
「友香子! 前世の因縁でも来世の運命でも良いから、絶対に白神さんと結婚しなさい!」
「エッ!?」
「友香子で不満なら寧音ではいかがですか?」
「いや、エッ!? エッ!?!?」
豹変した態度に理解不能な提案。思わず頭上にハテナを並べてしまうが、友香子ママは悠然と微笑む。
「獄門組のシノギは故買――げふんげふん、古物取引ですの。何でしたら、私が白神さんのお相手をしても良いですよ?」
「良いですよじゃねぇぇぇぇぇぇぇッ!!! 何言ってるのか分かってんのかッ!?!?」
「大丈夫ですよ。ねぇ友香子? 寧音?」
「もちろんです」
「んー……分かんないけど多分大丈夫!」
娘二人を売り込んだ上に自分までってどんだけ鑑定できる人間がほしいんだよッ!?
っていうか言い直したけど故買って盗品売買だろ!?
言わずもがなヤンデレの友香子。
何も分かってないのに生贄にされそうな寧音ちゃん。
そして旦那がいるのにガチっぽい雰囲気で俺に粉掛けてくる友香子ママ。
理解を超えた状態に、俺は思わず頭を抱えるのであった。