01話 その天使、危険物につき
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「こちら19円のおつりです」
コンビニのレジ。お釣りがコイントレーに載せられたのを確認してから手早く回収すると、俺はレジ袋を手に取った。
バイトの女の子も別に野郎の手を触りたい願望なんぞないだろうから警戒するほどでもないんだけれども、用心しておくに越したことはない。
「あっ、ごめんなさい! レシート――」
バイトの女の子が伸ばした手が、俺に触れる。
――瞬間。
俺の股間はまばゆい閃光を放ち、爆発した。
すべての発端は朝だ。
蒸し暑い夏の空気に起こされて目を開けたら、俺の部屋に物凄い美少女がいた。
いや、唐突に何言ってんだコイツ、とか思われそうだけれど、そうとしか言いようがなかったのだから仕方ない。
勉強用に買ったは良いものの、現状では物置と化しているデスクに向かい、どっから持ってきたのか紙コップでジュースを飲む美少女がいたのだ。
壁掛けのデジタル時計に目をやれば、八月二五日の午前九時。気温は31℃だ。暑さで頭がやられたか、と思いながらまじまじと少女を見つめる。
背中まで伸ばされたさらさらの髪。整った鼻梁にぱっちり二重のまぶた。少し垂れ気味の優しげな目には、どこかに照明係でもいるんじゃないかと思うくらいきらきらの瞳。
どこかの制服か、白を基調としたセーラー系の夏服を身にまとった姿は清楚そのもの。
にも関わらず袖やスカートから覗く四肢は透けるように白く華奢で、視線が吸い寄せられてしまいそうになる。
――ダメだ。これじゃまるで俺が変態みたいじゃないか。
起き抜けの頭をぶんぶん振って深呼吸。
もう一度美少女を見ると、ガッツリ目が合った。
どこか不安そうに俺を見つめる姿は、庇護欲をバリバリに掻き立てる。華奢なのもそうだが、なんとなく小動物感があるのだ。
見つめ合うこと約二〇秒。
流石に気まずくなってきて声を掛けてみれば、変化は劇的だった。
「えっと」
「ひぃっ! ダメですよ!? 私はこれでも真四級の天使なんですからね!」
聞きなれない単語に思わず眉をひそめる。
何故だか目の前の美少女は両腕で自らを抱きしめるようにしてガードし始めた。
「天使……?」
「いくらアスモデウスさんが色欲の権化で私みたいな美少女天使を見たらヌチュヌチュのグチョグチョにするのが唯一の生きがいみたいなサイテーの悪魔だったとしても駄目です!」
「いや、あの」
「そりゃ悪魔の力があれば堕天することもありえますけど、このレリエル様を舐めてはイケませんよ! あっ、舐めちゃ駄目ってのも態度の事ですからね!? いくらあなたの魂が色欲を司る大悪魔アスモデウスのものだからって『舐める』って単語だけで私を裸に剥いて舐めまわす想像をするなんて下劣ですッ! このケダモノ!」
何言ってるか全然分からず戸惑っていると、レリエルと名乗った女の子はさらにテンションをあげていく。
「私だって夜の天使の異名を持った大天使……ってそういう意味じゃないですよ!? 夜の天使は別にベッドの上で癒しを与える存在じゃないんですからね! すぐそういう妄想に走るの本当に不潔です! そもそもベッド前にシャワーを浴びるのがマナーですからね!? まったく、これだからサカリのついたドーテーさんは困るんですよ」
「やかましいわッ!?」
小馬鹿にするような態度で童貞と言われて思わず反論すれば、レリエルはびくりと肩を震わせた。
「ごごご、ごめんなさい怒鳴らないで! 脱ぎます、脱ぎますし命令に従いますから酷いことしないでぇ……! せめてゴムはつけてぇぇぇ!」
「いやだから何で俺がエロいことする前提なんだよ!?」
「だってアスモデウスの生まれ変わりじゃないですかぁ……どうせ私のことも首輪をつけて『へっへっへっ、しっかりしつけてやるからな』とか言いながらあんなコトやこんなコトを――」
「するかぁぁぁぁぁッ!!! っていうか話を聞けよ!?」
見た目とのギャップが酷すぎる。残念美少女である。
そもそもアスモデウスって何だよ、とかレリエルがどうやって不法侵入してきたのかとか聞きたいことが山ほどあるのでとりあえず暴走を止める。
口を開けば卑猥な妄想を垂れ流すレリエルが、俺の質問にまともに答えられるかは微妙だけれども。
「アスモデウスとか天使とか言われても意味わからん。もう少しちゃんと喋ってくれ。っていうかそもそもどうやって入ってきた? 何が目的だ? お前は誰だ?」
俺の問いにレリエルは星屑のような涙を目に浮かべる。
何故か知らないけれどとんでもなく罪悪感が湧く……いやどう考えても俺は悪くないけども。
「私はレリエル。天界にも名立たる天使の一柱です」
「証拠」
「えっ」
「証拠出してくれ証拠」
見た目だけで言えば天使と言われても信じてしまいそうなくらい可愛いけれども、実際に天使を名乗られても信じられるわけがない。
「どうせ証拠がなければ股間の取り調べ棒でキツい取り調べを、とか言い出すんでしょうこのヘンタイ!」
「言わねぇよ!? 証拠がなければ信じられないだけだっつーの!」
「もう! 疑り深いですねぇ……昔は天使が降臨したと言えばそれだけで村中が大騒ぎになったしヴァチカンからも人が来たというのに!」
レリエルはぷりぷりしながらも自らの髪を搔き上げる。
同時にレリエルの体から光が漏れた。全身を包むまばゆい輝きが背中と頭部に集まっていく。
光が形作ったのは純白の翼と光輪。
まさしく天使としか言いようがないそれを顕現させたレリエルは薄い胸を張りながらドヤ顔を見せる。
「天使! それも超上級です!」
「……それで、その超上級天使様がどうして我が家に?」
「それがですねぇ……」
レリエルは表情を一気に曇らせる。
「私、異世界の管理を任されてたんですよ。で、ちょ――――――――っとだけ目を離した隙に、勇者と魔王がやらかしちゃいまして、大陸が一個消し飛んだんですね」
「どんなことが起これば大陸が消し飛ぶんだよ!?」
「200年続いた人魔大戦の最終決戦はすさまじいものだったらしいですよ。私が隠しておいたはずの神罰兵器が持ち出され、100人単位の生贄が必要な極大魔法が飛び交い、最後は大陸が砕けて沈んだそうです」
「……目を離したの、ちょっとって言ってなかったか?」
「ええ。ほんの2000年ですよ! 赤ちゃんだって離乳食が終わらない程度の期間です!」
「どんな化け物の赤ちゃんだよ!?」
「わ、私がサボ――目を離してた期間は置いときまして。話を本題に戻します!」
こいつ、今サボってたって言おうとしたよな?
「激突の力が強すぎて時空間が歪んじゃいまして。勇者と魔王を筆頭とする何名かのスキルや魂がこの世界に迷い込んじゃったんです」
「えっ」
「で、色々調べた結果、色欲の魔王アスモデウスの魂の転生先があなただって分かったんですよ」
で、俺ことアスモデウスとやらを封印しに来た、というのが事の発端だった。
ちなみにこのアスモデウスは『色欲』、つまり性的なものを司るってくらいそういうことが好きだったそうだ。道理で俺を変質者扱いしてくるわけだ。
「とりあえず今世での罪を洗いざらい白状してください」
「罪って」
「どんなえっちなことをしたんですか!? 無理矢理とか、動画を撮って脅したりとか、家族を人質に――」
「俺は鬼畜かッ!? そんなことするわけないだろ!?」
「なんですか、じゃあノーマルなプレイだけですか?」
「ノーマルもクソもあるか! 俺は童貞だよ! 言わせんな馬鹿!」
「うわ……私みたいな美少女相手に真正面から童貞アピールですか。キモ」
このクソ天使まじでぶっ飛ばすぞ……!?
目の前でイキってる残念天使は俺の怒りなどどこ吹く風、頬に手を当てて溜息を吐く。
「困りました……何も悪いことしてないなら、ぶっ殺して魂だけ回収するわけにもいきません」
「困ったのはお前の思考だよ!? 怖ェわ!」
「とりあえず、アスモデウスの魂が覚醒しないように封印だけ掛けときますか。後はあなたが童貞のまま寂しい余生を送ってくれたら、死後にアスモデウスの魂だけ回収できます」
「何? 呼吸するようにディスらないと生きていけない体質なの?」
「はははっ、ナイスジョーク。天使が誰かをディスったりするわけないじゃないですかー」
うわ、本格的にぶっ飛ばしてやりてぇ……!
怒りを我慢する俺に、レリエルは何やらごにょごにょと唱え始める。先ほど光輪や翼を作ったのと同じくキラキラした光が集まり、そして俺に向けて発射された。
「積層型多重封印――展開っ!」
直後。
――パッッッッキィィィィィン!!!
ガラスが砕けるような音が俺の脳内に響いた。
同時に今まで聞いたことのないような声が聞こえてくる。
・――色欲魔神アスモデウスの封印が天使レリエルによって破壊されました。
・――アスモデウスの覚醒状態が0から1へ引き上げられます。
・――宿主『白神優斗』にスキル【魅惑のフェロモン】【ラッキースケベ】【絶倫】が付与されます。
・――天使レリエルは速やかに状況を改善してください。改善されない場合は反逆とみなし、堕天します。
性別すら分からない声が、意味不明なことを呟いている。
俺が反応するより早く顔色を変えたのはレリエルだ。
「だ、堕天は嫌です! そ、そうだ、とりあえず封印を! て、貞操結界!」
そして俺の股間に向けて光を発射した。
・――天使レリエルにより、『白神優斗』に貞操結界が付与されました。
・――『白神優斗』はこれより、運命の相手以外の異性と物理的に接触した場合、股間が半径1メートルを巻き込んで爆発します。
「ちょっと待てえええええええええ?!」
女の子に触ったら死に戻り……つまり触れないので他のラブコメとは一線を画す非常に健全な関係になりますね!