表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

08.魔術師ワンハムハイ(下)

私は封筒はちらっと見ただけでポケットにしまった。


「中を見なくてもよいのか?」


「はい。もう何度か目にしておりますので」


学院長は何も言わなかった。


「では既に勉強会が開催されていることも知っているな? そして真の意味もわかっているな?」


私はすぐに返した。


「王女さまのお見合いでしょう? 陛下がご自分でお決めになれば良いのにと愚考します」


学院長はため息をついた。


「私としては君に王女殿下のどなたかをたぶらかしてもらえないかと思っているのだが」


物騒なことおっしゃる方だ。もちろんこの部屋にはいろんな意味で防音防諜対策がされているだろうけれど。


「仮に上手く侯爵家の魔術師長を辞めることができたとしても、私はブラストアから動けませんよ。勉強会には他の魔術師も何人か呼ばれているでしょう。そちらにご期待された方がよいのでは?」


「君以外には無理だよ。知識も技量も実績も君に肩を並べられるものなどいない。一時いっときとはいえ学院ここにいたことのある君にはわかっているだろう? 魔術師ワンハムハイ」


私はこの学院の卒業生だが、人脈は殆どない。一番の知り合いが学院長というのはどういうことだろう。


「それはどうでしょう。私がこの学院に在籍していたのは1年にも満たないですからね。それでは話も終わりのようなので失礼します」


四男で家を継ぐはずも無かった私は、魔術の才能が有ったのでこの王都で学んだことがある。もちろん建て替えられる以前の学院だ。


私は学院長室を出た。私がこの学院に居られる時間はそんなに長くない。短時間で、いろいろ話をつけておかなければならない。ブラストアでは手に入れることが難しい素材はもちろんだが、北雪商会から依頼されているものもある。商隊は明後日ブラストアに戻るので、ぎりぎりだがまあ学院には十分な量があるはずのものばかりなので問題ない。


私は学院での用事を終えた後、商会に顔を出し、それから侯爵邸に戻った。そして自室で、今日学院長からもらった封書を開こうか少し迷ったが、2回目の勉強会が明日であることは既に知っていたので、中身は見なかった。



翌日、私は王宮の決められた部屋に入った。さて、ここで魔術師ワンハムハイたる私にできることがあるだろうか? 学院長には王女殿下を口説いてみるように言われたが、魔術師の特徴的な服装だけで、宮廷ではあやしげな存在として見られる。宮廷魔術師と服装が異なるからだ。宮廷魔術師以外の魔術師が王宮にくることなどほとんどない。


他にできることはこの場に何人かいる他の魔術師と情報交換を試みて渡りをつけるぐらいか? あちらにとっても私の地位は軽くないだろうし、私にとっても、この勉強会に呼ばれるような魔術師とよしみを結ぶのは今後のためによいことだ。私がブラストアに戻った後も、魔術についてやりとりできるような魔術師をさがしてみることにする。ここで突っ立ったままというのは時間の無駄でしかない。


私は王女様がいると思われる大きな円卓の中で、魔術師が混じった卓の空席に腰かけた。だが、私が自己紹介する間もなく、円卓の会話が進んでいく。どうやら今の話題は王都の貧民街をどうするかについての議論が交わされているようで、私にとっても興味深い話題だ。ここで黙ったままだとこれはまったく意味のない時間になってしまう。私は誰かが自分の意見を言い終わった後に口を挟んだ。


「私は王都の貧民街についてはなにも知らない。だが、貧民街をなくす方法は、仕事を作ってそれに駆り出すか、教育を施すか、あるいは金か力を用いて追い出すか、そのいずれかしかないのではないか?」


私の言葉にすぐ反論する者が現れた。


「教育だと?」


先ほど貧民街は焼き払って、軍の施設を作るべきだと主張していた軍人貴族だ。


「やつらを教育しても役に立つとは思えないな」


私はうなずいた。


「そういう考え方もあるだろう。だが貧民街にもいろんな者がいる。もう10年程前か、私はまさにこの王都の貧民街で、魔術の適正がありそうな子どもを5人引き取った。そのうち3人は一人前の魔術師になった」


こういった議論については、実績を語るのが一番わかりやすいと私は考える。魔術師とは必ずしも学院を卒業する者だけではない。私塾の出身者もいるし、師に見いだされて教えを受ける者もいる。


「残りのうちひとりは信仰に目覚め聖職者となり、最後のひとりは魔術の適性が伸びなかったが、計数に強く今はブラストアの役人として働いている。魔術師ゆえに才能を見つけるのが比較的簡単というのはあるだろう。だが他にも商会で働いている元貧民街出身の子も何人か私は知っている。よって教育は有効な方法の一つだと考えている」


私が例を挙げて説明すると円卓に沈黙がおりた。多分これまでは机上で論を戦わせていたのかもしれない。


「あなたはブラストアの魔術師ですか?」


この円卓の主と言って良いだろう、豪奢な衣装に身を包んだ王女が私に問いかけてきた。四人の王女の誰かはすぐにわかる。


「左様でございます、シルビア王女殿下。魔術師ワンハムハイと申します」


「あなたの評判は聞いています。王国内でも指折りの魔術師のおひとりで、ブラストア征服でも随分ご活躍されたとか。それにしても魔術師とは思えぬ体躯たいくをなさっているのですね」


「王女殿下から過分なご評価を頂きまして恐縮です」


私の体の大きさなどはどうでも良いが、ここはこの王女に渡りをつけるよい機会かもしれない。一方で踏み込み過ぎてもいけないが、それは途中で立ち去ればなんとかなるだろう。学院長の面目もあるので今日はここに参加したが、それで義理は果たしたと考えられる。この場限りの関係だ。


そして話題が魔術に関することでないのもよい。正直に言うと、魔術について同業者以外と語るのは徒労だと考えている。


「先ほど貧民街の子どもの教育について良い話をお聞きしました。ですが個人が救える子どもの数には限界がありますし、貧民街には常に多くの子どもたちが周辺から流れ着いてきます。そのような者たちをどうすればよいと思いますか?」


これも例を持って説明した方がよいだろう。私はブラストア征服後の孤児たちの話をした。


「残念ながらブラストアの征服の過程において、多くの死者と多くの孤児を出してしまいました。まず必要なのは孤児院でした。雨風をよけ安心して眠れるベッドと、毎日食べられる食事が必要なのです。我々は征服者であり、子どもたちにとっては親の仇です。ですからやはり多く発生した戦争未亡人たちを雇うことにしました。彼女たち自身に子どもがいることもあり、食べるためには例え征服者が雇用者であっても働かなければなりません」


シルビア王女はこうした社会貢献にご興味をお持ちのようだ。為政者になればさぞ善政をき、多くの貧民を救済されるに違いない。めったにない機会なので私は柄にもなく熱弁を振るった。


次の日、シルビア王女殿下から私宛の手紙がブラストア侯爵邸に届けられた。残念なことに私はやり過ぎてしまったようだ。返事を返さないわけにはいかない、そして返事の返事が更なる手紙のやり取りへとつながってしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ